ヴァイオレット・フィズ ②
取り立てに来た竜子をなんとか説得した俺たちは、車に揺られながら鬱蒼としげる森のなかを走っていた。
「いやぁ〜、にしても助かったぜぇ。竜子が長ドス持ち出した時は焦ったけど、なんとか首の皮一枚繋がりそうだな」
「お前がそのまま斬首された方が世のため、人のためになるぞ」
ご機嫌ななめの瀬後さんがハンドルを握りながら、いつもより二割りましで毒付いてくる。
「依頼内容は護衛だったか」
「ああ、依頼人の娘さんのな。内容が内容だけに依頼料もたんまりだぜぇ。竜子んところに支払ってもまだお釣りがくらぁ」
「……それだけ危険ってことだろ」
瀬後さんは後部座席に目を向ける。
そこには革張りの重厚な黒鞄が積まれていた。今回の為に用意した仕事道具だ。
俺は電話口で言われた依頼内容を思い返す。
『……私の娘が怪物に襲われているんです。お願いします娘を助けて下さい、私たちは今
「怪物……、ねぇ」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもねぇ。お、あそこじゃねぇか?」
指定された住所にたどり着いた俺たちは、森の中にたたずむ古さびた洋館に出迎えられた。
「こいつぁ……また何ともおあつらえ向きというか、なんつぅーか」
「本当にこんな所に人が住んでるのか?しかも小さい子供が」
夕暮れのなか周囲を鬱蒼とした森に囲まれ、幾重にも蔦が張り付いている洋館は住居というよりも廃墟に近い。
玄関扉のノッカーに手をかけたところで、ガチャリと内側から鍵の開く音がした。
「お待ちしておりました。あなた方が……」
顔を覗かせたのはやつれ気味の中年男性だった。
「依頼を受けて来ました神裂です。こっちの大男は俺の329番助手の瀬後さんです」
ゴツん、と。
後ろから後頭部を殴られた。
「いつから俺がお前の助手になったんだタコ」
「わ、私は
日代は俺たちを交互に見やってから少し疲れた様子で笑ってみせた。
迎えられた玄関ホールを通って客間へと来るとソファに座るよう促される。
「えぇーと、確か依頼内容は娘さんの護衛でしたよね?」
「えぇ……はぃ、そうです。ですが、その……」
日代の受け答えはどうにも歯切れが悪い。
まるで、これから自分の言う事をためらっているような。
「日代さん、俺たちは専門家ですから、どんな荒唐無稽な話しでもきっちり聞きますよ」
言って、隣に座る瀬後さんに視線を向けると無言でうなずいた。
「……娘が、
日代はそう言うと、
怪物は夜になると館を囲む森から現れて周辺を彷徨いている。一度だけ娘の部屋に無理矢理入り込もうとしたことがあったが日代自身が撃退した。
その際見えたのは、人間くらいの大きさをした立ち上がった獣のような、尖った耳と鼻、鋭い爪、灰色の皮膚の怪物。
以来、娘の部屋は館の最上階の屋根裏に移して夜の見回りもしているらしい。
「ふぅむ、なるほどねぇ……娘さんが怪物に狙われる理由に心当たりは?」
「ありません……娘は元々 日光にあたると炎症を起こしてしまう特殊な病気を患っていまして、ずっとこの館で静かに暮らして来たんです」
日代は客間に飾られているいくつかの写真に視線を向けた。
どれも室内で撮ったものだが、そこには楽しそうに笑みを浮かべる少女と日代が写っている。
俺はその写真を見ていて不思議に思っていたことを尋ねた。
「失礼ですが、奥さんと一緒に写っているものがありませんが」
「……妻は、紫を産んですぐ病気で亡くなりました。元々病弱でしたので」
「あぁ……そいつぁ失敬」
立ち上がって日代は並べられた写真立ての後ろから、別のモノを持ってくる。
そこには若かりし日代と産まれたばかりの赤ん坊を抱く優しげな女性が写っていた。
「妻の
「それじゃあ、ずっと日代さんが娘さんを?」
「ええ。男手一つ育ててきました。親の贔屓目かもしれませんが、優しくて良い子に育ってくれたと思います」
そう語る日代の瞳は穏やかな色をしている。
そして、何故か横で話しを聞いていた瀬後さんが目を潤ませていた。
「ちょ……瀬後さん、さっきから無言だと思ったら、なに泣いてんだよ」
「……ぐす、俺にも
涙ぐむ瀬後さんと日代さんは、同じ一人娘を持つもの同士なにか通じるものがあるのか、互いに握手を交わしてうなずき合っている。
「……ま、まぁ、話しは分かりましたんで、とりあえずその娘さん、紫さんに会わせてもらってもいいですか?」
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