エピローグ
宇界森での一幕から数日後。
あの後 水瀬竜司をとっちめた俺たちは柊海散さんが囚われている場所を吐かせ、彼女を救出した。
可哀想に、あのボコボコに腫れ上がった魚面じゃあ二度とまともな飯は食えないだろう。
そして近藤さんに連絡し、事のあらましを伝えて陀艮宗に警察のガサ入れが入ると、拉致監禁以外にも出るわ出るわ余罪のオンパレード。
あえなく全員お縄について一件落着。
そんなこんなで、今日も今日とて、俺は相変わらず閑古鳥の鳴いているカダスにいた。
「……いいぞ、刺せっ、そこだ…‼︎いけ‼︎いけ‼︎ァ"ァ"ア"ア"ァ"ァ"ア"ア"ッ‼︎」
「うるせぇぞ神裂ッッ‼︎」
仕込みをしていた瀬後さんが包丁をぶん投げてきた。
俺はテーブルの上に突っ伏しながらそれを躱す。
ラジオから景気のいい競馬速報が聞こえてくるが、もちろん俺の景気はどん底だ。
「……ったく、毎度毎度飽きねぇなお前も。いい加減真面目に働くことを覚えろや」
「うるせぇー、俺がネクタイなんか締められるわけねぇだろ」
と、来店を告げる扉の鈴が鳴る。
見ると、そこには魚面をした不細工な青年と少しやつれた細面の少女が立っていた。
「よぅ、待ってたぜぇ」
「いらっしゃい」
水瀬竜也と柊海散は少し戸惑ったように顔を見合わせてから、二人揃って深々と頭を下げる。
「その節は大変お世話になりましたっ‼︎」
結局 竜也は今回の騒動で逮捕されることはなかった。積極的に警察へ情報を提供したのと、近藤さんが裏から手を回してくれたことが大きい。
「おぅおぅ、最初に来た時とはえれぇ態度の違いだなぁ、お坊ちゃん」
「い、いやぁ……まさか神裂さんたちがあんなに強いとは思わなくて」
竜也の表情はどこか研の取れたように清々しい。隣に立っている少女が一番の理由だろう。
「あの、この度は竜也くんと一緒に私まで助けていただいて、本当にありがとうございました」
海散はそう言うと小さな頭を下げた。
「こんな穀潰しに頭を下げる必要はないぞお嬢さん」
相変わらず瀬後さんは俺に手厳しい。
やっぱり更年期障害だなこりゃ。
「ところで、ずっと気になってたんだけどよぅ、竜也が言ってた海散ちゃんへの恩ってなんなんだ?」
俺が尋ねると、何故か海散の方が少し表情を赤らめて言った。
「私 前に一度だけ死のうとしたことがあって、川に飛び込んだんです。でも結局死にきれなくて、溺れてたところを竜也さんに助けてもらいました」
「ほぅほぅ、やるじゃねぇか」
視線を向けられた竜也はしどろもどろだ。
「いや、その……咄嗟にというか、なんというか。でも僕はこんな見た目だから、怖がられると思ったんですけど、海散はそんなことなくて……初めてだったんです、誰かに受け入れてもらえたことが」
互いに微笑み合う若者二人。
いやぁ、甘酸っぱいねぇ。
「それでお二人さん、これからどうするだぃ?」
「はい、とりあえず二人でどこか住める家を見つけて、そこで生活しようと思います」
そう言って竜也が隣の少女を見る。
優しげな表情を浮かべる二人の指には綺麗な海色をした指輪がきらめいていた。
「お熱いこったなぁ」
などと言って俺がちゃかすと、竜也が真剣な表情をしてこちらを見た。
「あの、神裂さん」
「ん?」
「すみません……依頼料の残りはまだ用意が出来なくて、でも、絶対全額払いますから‼︎」
まぁ、そうだろう。
実家があんな状態では、成功報酬など払えるわけもない。
だから俺は、
「瀬後さん」
「あいよ」
瀬後さんから渡された二百万の束を竜也に投げてよこした。
「……え?」
「ご祝儀だ。持ってきな」
「そ、そんな‼︎ダメですよ、こんなの……もらえませんよ‼︎」
「俺の金をどう使おうが俺の勝手だろ。いいから貰っとけ」
「お前の金じゃないがな」
瀬後さんにギロリ、と睨まれた。
細かいことを気にする男はモテないぜ?
「ですが……残りの報酬も支払えていないのに」
「んなもんツケといてやるよ。大体俺がどんだけあのオッサンにツケてもらってると思うんだ?お前からの報酬なんか焼石に水だぜ」
笑い飛ばすと、こめかみスレスレにアイスピックが飛んできた。
「おい、コレは店からの祝いだ」
などと言って、素直じゃない瀬後さんがテーブルに二つのグラスを置く。
シェイカーの蓋をひらいて注がれたソレは、深く澄んだ青色のカクテルだった。
「ブルーラグーン。若い二人の前途を祝して」
二人が差し出されたグラスを掲げる。
ブルーラグーン
込められた意味は『誠実な愛』
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