ブルーラグーン ⑦

 指示書には、生贄の儀式は大神居市郊外の宇界森にある施設で行うと書かれていた。


 ご丁寧にも施設の場所まで地図つきで。


 あまりに出来すぎているもんで、俺と瀬後さんは罠ではないかと疑ったが、竜也は一人でも行く勢いだったので渋々ついてきたわけだ。


「うへぇ……深夜に野郎三人と森でハイキングたぁ、俺もツイてねぇなぁ」

「日頃の行いのせいだろう」


 森に入って早1時間弱。


 いよいよ根をあげそうになったところで、竜也が持っていたライトを前方に向ける。


「おい、アレじゃないか」


 見れば、切り立つ岩肌にぽっかり大きな穴が広がっている。


 近づいてみると微かに風の流れを感じた。どうやら地下に続いているらしい。


「気味悪りぃ洞窟だな。どうする瀬後さん」

「ここまで来て後に引くことはできねぇだろう」


 互いに頷いて暗闇の中を進んでいく。


 踏みしめた足元の感触が岩を加工した階段状に変化していくと、やがて平地にたどり着く。


「薄暗くて何も見えねぇな」

「おい神裂、ライター貸せ」

空阿が嫌がるからタバコはやめたんじゃなかったか?」

「いいから」


 差し出された手にジッポライターを置くと瀬後さんは岩壁に設置してある松明に火をつけた。


 あっという間に壁や床に沿って刻まれた溝に火が走り、明かりが灯った。


 そこは体育館ほどの広さをした天然の洞窟らしく、中央には仰々しい石の祭壇が置かれ、それを見下ろすように禍々しい半魚人のような巨大な石像が鎮座している。


「ぶっさいくな石像だなぁ、おい」


 そこで、


「聖なる御神体になんと罰当たりなことを」


 聞き覚えのある声が背後から聞こえた。


 振り返ると、予想した通り豪華な袈裟を着た魚面の醜男、水瀬竜司が立っている。


「やれやれ……こちらを嗅ぎ回る鼠がいると聞いて罠を仕掛けてみれば、まさかお前がかかるとはな竜也」

「これは……一体どういうことだ父さん!海散はどこにいる!」

「まったく嘆かわしい。宗主の息子ともあろう者が、たかだか娘1人にほだされるなぞ。安心しろ、禊が終わるまでは生かしている」


 水瀬竜司は呆れたと言わんばかりに嘆息した。


「……だから言ったろ、ぜってぇ罠だって」


 ここまでのくだりがあまりにも予想通り過ぎて思わず俺は言ってしまった。


 だってそうだろ?こんな安っぽい展開 今どき低予算のB級映画だって取り入れない。


「……お前か、竜也をそそのかした溝鼠め」


 濁った目をした水瀬竜司が俺を睨みつける。スーパーの生鮮食品コーナーで似たような目つきが大量に並んでいたのを思い出した。


「どっちかっつーと、オタクの息子が俺を頼ってきたんだがなぁ。まぁ、なんにせよ、ちゃんと子離れしないからこんなことになるんだぜオッサン」


 瀬後さんを見習えよ。

 この年にしてもうしっかり子離れしてるんだぜ。まぁ、法的強制力ってやつだが。


「息子にできた恋人に嫉妬するのは母親の役目だろ。親父のくせに、いい歳こいてみっともないぜ」

「ふんっ、人間の娘なぞにうつつを抜かす愚物むすこなど、こちらから願い下げだ」


 人間の、などと。

 まるで自分たちが人間ではない、というような口ぶりじゃねぇか。


「我々 陀艮宗は深き血を継ぐ高貴な存在。人間おまえらなどとは格が違うのだ。竜也、お前も陀艮宗の人間として最後にこの場を拝めた事を感謝するといい」


 言うと、水瀬竜司の背後からガタイのいい連中が現れる。


 ただしその姿は人間ではなく、まるで石像がそのまま小さくなったような半魚人の化け物ども。


 目鼻は異様に離れ、肌は青白く顎と一体化した首元にはエラのような深い皺が刻まれている。

 

 服は着ているが、どう見ても人間になり損なった不細工な魚だ。


「お坊ちゃんは後ろにいって離れてな」


 竜也を下がらせると、瀬後さんは四匹、俺は一匹に囲まれる形になった。


「オィ、オッサン、デキルダケ、クルシマナイヨウニ、シテヤルヨ」

「……あぁ?」


 瀬後さんを取り囲んでいた魚人がそう言って笑いながら肩に手を置いた。


 ……おいおい死んだわアイツ。


 どうやら地雷原でタップダンスを踊るのが奴らの趣味らしい。


「……今すぐこの生臭せぇ手をどけろ。そうすりゃ、苦しまないようにしてやる」


 瀬後さんの巨躯から怒気オーラが立ち昇る。瞬間、目の前にいた奴の顎を真正面から蹴りあげた。


「ァ、ギャッ‼︎」


 他三匹が怯んだ隙をつき、肩に置かれていた腕をねじり肘からへし折って、そのまま背負い投げる。


「ッ、ギィ……ッ‼︎」


 もう一匹の頭を鷲掴み顔面に膝蹴りを喰らわせると鼻の骨が砕ける小気味良い音がした。


「……ゥ、ォォオオッ‼︎」


 残った一匹が巨体に物を言わせて突っ込んでくるが、猛牛をいなすように躱して、すれ違い様 首筋に手刀を打ち込む。


 僅か数秒。


 最初の奴が白目をむいて地面に崩れ落ちた時には、瀬後さんに襲いかかった四匹全員がその場に倒れていた。


「………」

「………俺ぁ、暴力反対だ。ここで逃げても笑わないぜ?」


 目が合った奴にそう告げると、鋭い鉤爪を張り回しながら突っ込んできやがった。


「うぉ!……せ、瀬後さんっ!こっちの奴も頼むっ!」

「知るか。自分でなんとかしろ」


 瀬後さんは既に竜也のそばで腕を組んでいた。どうやら俺は護衛対象としてカウントされていないらしい。


「まて、まて、落ち着けって‼︎争いは何も生まない、ここは平和的にだなぁ」

「ッギシャァァア‼︎」


 乱杭牙の口を開いて今まさに噛みつかんとする怪物。その顔面に俺は痴漢撃退用スプレーを吹きかけてやった。


「ッィ、ァギャァァアアッ⁉︎」

「だから言ったろ。平和的に話し合おうって」


 どうやら唐辛子成分は魚にも有効らしい。


 顔を掻きむしりながら苦しむ一匹の股下から金的。男のプライドを破壊(物理的に)された怪物は泡を吹いて崩れ落ちた。


「遅せぇぞ神裂」

「荒事は専門外なんだから仕方ねぇだろ」


 俺たちは地面に転がる化け物どもを横目に、残る一人に向き直った。


「あ、ありえないっ!陀艮宗の精鋭が、こんな一瞬で……お前たちは何者だ⁈」


 追い詰められた悪役の定番みたいな台詞を叫びながら水瀬竜司は後ずさる。


「俺たちゃ専門家だよ。神話干渉事件を専門に扱う凄腕の二人組スイーパーって、聞いたことない?」

「神話干渉事件の専門家……まさかお前が、あの神話探偵カンパチ悟かッ‼︎」


「神裂悟だ馬鹿野郎っ‼︎」


 渾身の右ストレートが宗主の顔面を捉え、奴は鼻血を噴き上げながらぶっ倒れた。

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