ブルーラグーン ⑥
その日の深夜、会館奥に忍び込んだ俺たちは、通路を巡回する見張りの目をかいくぐり宗主の部屋の前にきていた。
「開けられそうか?」
「こんなちゃっちぃ鍵 カダスの金庫に比べりゃぁ楽勝よ」
「待て……最近やたら会計と残金のズレが多いと思ってたが、まさかお前」
「しぃーっ、しぃーっ、瀬後さん静かにしろって」
どうにも興が乗ると口元がゆるくなってしまうのが俺の悪い癖だ。
瀬後さんは渋々といった様子で周囲の警戒にあたる。
その間 俺は懐から取り出した革の巻物を開き、中からピッキングツールを取り出した。
鍵開けと女の扱いは同じだ。
優しくするだけじゃぁ飽きられる、時に緩急をつけて責めてやるのがミソなのさ。
そうすればどんなにお堅い女でも、
「はぃ、一丁あがり」
簡単に開いてくれる。
「やっぱりお前は探偵より泥棒稼業がお似合いだな」
「お褒めにあずかり光栄だ」
俺たちは部屋のなかに体を滑り込ませると、そっと扉を閉めた。
持ってきていたペンライトをつけその前に手をかざす。こうすれば外から見た時 明かりに気づかれづらい。
「おぉーぅ……こいつぁすげぇ」
思わずそう漏らしていた。
部屋の両側には高そうな絵画とガラス張りの巨大なケースが並び、黄金色にきらめき数々の品が納められている。
「なぁ、瀬後さん……これちょっと」
「ダメだ」
「いや、先っぽだけでも」
「ダメだ」
どれも悪趣味なデザインをした王冠やらネックレスやら腕輪やらだが、そんなものは売っぱらってしまえば関係ない。
瀬後さんにはああ言われたが、やはりここまで来たからにはちょっとした小遣い稼ぎをしてもバチは当たらんだろう。
俺がガラスケースに手を伸ばそうとした瞬間、廊下から近づいてくる足音がした。
「やべぇ…っ!」
「どうするっ!」
慌てて辺りを見渡し、大型の執務机の後ろに俺たちが飛び込むのと扉に手がかけられたのはほぼ同時だった。
「んん?鍵を閉め忘れていたか」
水瀬竜司の声がして室内に明かりがついた。しかもどうやら一人ではないらしい。
「宗主 彼女は今どこにいるのです?」
どこか聞き覚えのある若い声。
「何故 あの女のことをそこまで気にするのだ」
「それは……み、三日後に控えた生贄の儀式の為にも僕に何かできることはないかと考えていまして」
「心配するな、儀式は滞りなく行われる。いずれお前にも手伝ってもらうが今はその時ではない」
「……分かりました。そういえば宗主 先ほど幹部の方が宗主を探しているようでしたが」
「そうか、では私は先に行く。お前は部屋の戸締りをして戻っていなさい」
水瀬竜司の気配が入り口へと去っていった。
残るは一人だが、どうにも出て行く様子がない。まぁ、理由を考えれば当然だが。
「……いつまでそこに隠れているつもりだ。さっさと出てこい」
やっぱりな。
俺は瀬後さんに目配せをして立ち上がる。目の前には醜男——————水瀬竜也がいた。
「あれぇ、バレてましたかお坊ちゃん」
「そんな呼び方はやめろ」
「……どういうことだ神裂」
瀬後さんが今すぐ竜也に飛びかからんばかりの殺気をこめて睨みつける。
「落ち着けよ瀬後さん。依頼人様に暴力はよくねぇよ」
「依頼人だと?この男がか?」
「ああ、そうだろ?」
「……そうだ。アナタたちに依頼をしたのは僕だ」
この部屋に飾られている品々を見た時、海散の家にあった指輪のデザインと似通っているように感じた。
おそらく誰かが贈り物として彼女に渡したのだろう、と。
「ほらよ、忘れもんだ」
だから俺はポケットにしまっていた指輪を竜也に投げ返してやった。
「その指輪を売れば、クソな両親に身売りされずに済んだのになぁ。海散さんはそれをずっと隠してたみたいだぜ」
「ど、どうしてそれを……」
「これでも一応探偵だからな」
竜也は受け取った指輪に視線を落とすと、きつく目をつむって肩を震わせた。
「彼女は……陀艮様に捧げる供物として売られたんだ、僕の父に」
「両親はどうした」
「分からない……だが、おそらくはもう…」
まぁ、実の娘を売ろうなんてロクでもないことを考える奴らだ。当然の末路といえばそうだろう。
「このままでは彼女は三日後に殺されてしまう。その前になんとか見つけないと……」
「ふぅん、それで俺たちを頼ったわけかい。で?その儀式とやらは何処でやるんだ」
「……私はまだ司祭としての教えを受けていない。生贄の儀式について知ったのもつい最近のことなんだ」
竜也は悔しげに表情を歪ませた。
なるほど、それで父親に直接聞きに来ていたのか。結果は芳しくなかったが。
「儀式に関する手がかりはどこかにないのか。ここはアンタの親父の部屋なんだろう」
瀬後さんが部屋の周囲に目をやりながら呟いた。
しかし悪趣味なショーケースや絵画が飾られているだけで、どこにもそれらしいモノは見当たらない。
「僕もこの部屋を隅々まで調べたが目星いものはなにも……」
となると、残された可能性は一つ。
「ここかなぁ?……っと」
かけられていた額縁を取り外すと、壁に何かをこぼしたような赤黒いシミがついていた。
「何だこれは?」
俺の後ろから竜也がしげしげと覗きこんでくる。どうにも潮臭くてたまらん。
「……血、か?」
「さっすが瀬後さん。でもただの血じゃねぇ。こいつぁな……」
と、俺はシミに手をかざす。
「╲/╲︿_√﹀\_︿/︺╲╱﹀」
耳を犯し、脳を凌辱するようなおぞましい俺の声に二人は耳を塞いだ。
それは正しい反応だ。
そして、壁のシミが沸騰するように浮き立ち、埋め込み式の金庫が現れた。
「こ、これは……隠し金庫か?」
「まぁ、古今東西金持ち魔術師が考えることは大抵同じってことだな」
「……アナタは魔術師だったのか?」
腫れぼったい目を見開いて竜也が俺のそばから一歩離れた。
おいおいおい、そんな反応をされたら流石の俺でも傷つくぜ。
「……魔術師がそんなに珍しいかぃ?お前さんのところの
「………」
「よせ、神裂」
と、いたいけな若者につられてついつい口が滑っちまった。俺はニヘラと笑って竜也に頭を下げる。
「悪りぃ、悪りぃ、冗談だよ。そんな真剣に取るんじゃねぇよぅ」
そしてピッキングツールを鍵穴に差し込んで、あとはお手のもの。
少々手間取ったが4〜5分程度で扉を開けると、中はA4サイズの茶封筒が仕舞われている。
手にとって確認し、俺は二人の方を見た。
「こいつぁ……ビンゴかもしれねぇな」
封筒には、生贄の儀式に関する詳細な指示書が入れられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます