ブルーラグーン ④
「……ぉ、い……おい…起きろ、神裂っ」
おっさんの小声で微睡みから現実に引き戻される。
「……ん、ぁ?俺ぁ万馬券……俺の万馬券どこいったぁ、ぁ?」
ガヅン‼︎、と。
瀬後さんの拳骨で頭蓋が揺れる。
万馬券の幻想は消え去りジンジンする痛みだけが頭頂部に残った。
「そろそろ説法とやらが終わるぞ、シャキッとしやがれ」
「へぇ、へぇ……だからって殴るこたぁねぇだろ。おーいてぇ」
見れば周囲は拍手喝采。
どいつもこいつも俺が船をこいでたなんて気づいちゃいない。
それくらいあの豚坊主の話しに夢中になってたわけだ。
「お?」
ふと豚坊主の後ろに並んでいる数人の信者のうち、一人と目が合った。
豚坊主そっくりの魚面をした不細工な青年、歳は十代後半くらいか。
何故か俺の方を見て気まずそうに目を逸らした。
「どうした?」
「……いや、あの壇上に立ってるおっさんの後ろに並んでる奴らって」
「ありゃ陀艮宗の幹部と宗主
「息子?ってか何で瀬後さん名前なんて知ってんだよ」
「さっき言ってただろうが。お前どんだけ寝こけてんだ」
「いやぁ、いい夢見せてもらったぜぇ」
よく見ると、壇上に上がってる奴ら全員潰れた魚みたいな顔をしている。
きっとご先祖様が良くないモンでも食ったんだろう。
そんなことを考えていると壇上に立っていた連中が舞台袖に引っ込んでいく。どうやら集会とやらはこれで終わりらしい。
「そろそろ仕事の時間だな」
言って、俺は舞台袖に引っ込む水瀬竜司たちとホールに残っている信者たちを交互に見る。
「どっちがいい?」
「聞くまでもないだろ」
「オッケー。んじゃ俺は残ってる連中に聞き込みしてくるぜぇ」
無言でうなずき瀬後さんが立ち上がる。
あんな大男が歩いたら目立ちそうなもんだが、三歩目を踏み込んだ瞬間 瀬後さんは気配を霧散させていた。
「相変わらずお見事、お見事」
昔とったぬか漬けってやつかね。いや杵柄か?
まぁ、どっちでもいい。
「俺も依頼料分はしっかり働かねぇとな」
それから手近にいた信者たちに話しかけていった。
如何に宗主 水瀬竜司が素晴らしいか、陀艮宗に祈ってから悩みことが失せたとか、水虫が治ったとか、そんな下らない話しの合間に
「あぁ、柊さんね。ここ1〜2週間は見かけてないけど」
何人めかの信者に話しかけるとビンゴ、何かしら知ってそうな反応を示した。
「一年くらい前かな、家族で集会に来てね。旦那さんと奥さんと娘さん三人で」
「ほぅほぅ?」
「でもあの家族は駄目だね。宗主さま達がご好意で配ってらっしゃる配給目当てで来てたから。集会が終わって、配給が始まる時になると知れっと列に加わっててさ、罰当たりだよまったく」
「なるほど、なるほど」
「挙句酒飲んで酔っ払って、しょっちゅう近所の人たちと揉めてたらしいからね、何回か警察沙汰にもなってたし。そういえば、来なくなる少し前に大金が手に入る、とかなんとか吹聴してたけど、どこまで本当なんだか」
「海散さんもそんな感じでしたか?」
「いや、娘さんはそうでもなかったかな。両親と違ってちゃんと集会にも顔出して、真剣に宗主さま達のお話しを聞いて祈ってたね」
「祈ってた?」
「ああ、熱心にね。可哀想にあんな親元に生まれなければねぇ。でも宗主様に祈ればきっと極楽浄土に導いてもらえるさ」
信者の目つきが変わって話しぶりに熱が入ってきたタイミングで俺はホールを出た。
車の停めてある通りに戻ると既に瀬後さんが立っていた。
「よぅ、お疲れさん。首尾はどうだった」
「どうやらあの会館は陀艮宗の本部と竜司たち親族の住居を兼ねてるみたいだな」
「うへぇ、こんな所に住んでんのか?」
「奥は結構広いぞ。それに見張りっぽい連中もうろついてた。ありゃカタギじゃねぇな」
「まぁ、薬物混じりの香焚くようなところだ、マトモじゃねぇだろうな。他に分かったことは?」
「宗主の執務室があった」
「見張りは?」
「見回りが数人。だが常駐してるわけじゃなさそうだ」
その言葉に俺は口元をにやりと曲げた。
瀬後さんも同じような考えなのだろう、視線でどうする?と聞いてくる。
手筈は整った。
日が暮れたらさっそくお邪魔させていただこう。もちろん家主には内緒で。
「お前の方はどうだった?柊海散さんについて、何か有力な手がかりはあったのか?」
俺は信者たちからせっせと集めた情報をかいつまんで瀬後さんに説明してやった。
「つーわけで、柊家は陀艮宗のなかでも鼻摘みものだったらしい」
「大金が手に入るって騒いでたのが引っかかるな。住所は?」
「深い付き合いをしてる奴はいないみたいだったからな、誰も知らんとよ」
「そうか」
「だがまぁ、俺に一つ心当たりがある」
なに、大したことではない。
頼れる助っ人に見つけてもらえばいいのさ。
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