ブルーラグーン ③
そんなこんなで翌日。
俺と瀬後さんはさっそく陀艮宗の集会が開かれる会館を訪れていた。
「結構人が来ているみたいだな」
運転席の窓を開けて、外を見ていた瀬後さんが呟いた。
「こんな真っ昼間から、どいつもこいつも暇だねぇ」
「こんな真っ昼間から競馬雑誌と睨み合ってる奴に言われたかないだろうな」
有意義な時間の使い方ってやつは凡人には理解されないらしい。
俺は読んでいた競馬雑誌を脇において顔を上げた。
「それで神裂、これからどうする」
「そうさなぁ、まずは敵情視察といこうか」
「視察っつっても……っておいっ、神裂!」
瀬後さんが止めるのも構わず俺は車から降りると集団に近づいた。
「あのー、すいませぇん。ちょっといいですか」
と言って、身近にいたご婦人に話しかける。
一瞬 怪訝そうな顔を向けられたが即座に懐にから取り出した陀艮宗のビラを見せると態度を軟化させた。
念の為 昨日駅前に行ってもらっておいたのだ。
「昨日 このビラをいただいて興味が湧いたので来たんですけどぉ」
もちろん入信なんて俺のガラじゃない。
神は信じているが仰いじゃいない、あくまで『地球は丸いと信じてる』のと同じだ。
それでもご婦人は俺が入信希望の間抜けに見えたのか、ニコニコとしている。
「あらぁ、いいと思いますよ。ウチはそこまでお堅いわけじゃないし、誰でもいつでも来ていただいて構いませんよ」
聞き込みの要点はいかに相手に喋らせるか、だ。
自分から喋りたがる相手なら引き出すのはなお容易い。
口八丁手八丁あの手この足なんでも使って口を緩めてやれば、聞いてなくても勝手に喋り始めてくれる。
ご婦人と喋ることしばらくして、いとまを頂いた俺は車で待っている瀬後さんのもとへ戻った。
「入会希望のビラを出せば誰でも入れるらしいぜぇ。やっこさん、よほど信者を増やしたいみてぇだな」
カルトの目的は大体同じだ。
マトモなカルトは信者から金を巻き上げる。イカれたカルトは、教義と信者を抱えて無理心中する。
さて、陀艮宗はどちらであろうか、と考えていると瀬後さんが呆れたように俺を見ていた。
「あんだよ?」
「……いや、探偵よりよほど詐欺師のほうが向いてるよお前は」
そんなこんなで入り口の職員に入会希望のビラを見せ、適当な偽名を使って潜り込んだ俺たちはやたらとデカいホールに通された。
中には100人以上の人間が集まり談笑している。どいつもこいつも、話しを聞いたご婦人のようなとろけた面をしている。
「なぁ、瀬後さん瀬後さん」
「なんだ」
「あそこに置いてある茶菓子って勝手に食っていいもんかね?」
「あ?あぁ……知るかそんなもん。あんま目立つような真似するな、座ってろ」
言って瀬後さんは適当な椅子に俺を座らせると両手を組んで辺りを見渡し始めた。
まるで子連れのお父さんだ。
まぁ、実際このゴリラみたいなオッサンはお父さんなのだが。
といっても既に離婚していて、親権は元妻の方にある。今でも時折り娘を連れて来るあたり夫婦仲が悪いわけではない。
俺も幾度となく瀬後さんの娘と顔を合わせているが、コイツがまた小生意気クソガキで、見た目は母親似だが中身は父親似ときてるから始末が悪い。
行く末はきっと
ガキの面倒なんて、想像しただけでも背筋が凍る、俺は一生独り身がいいね。コブなんかついたら女も寄ってきやしない。
「お前……いま絶対ロクなこと考えてねぇだろ」
俺が肩をすむくめたタイミングで、周囲の信者たちの視線がある方向へ集まっていく。
そちらを見ると、派手な刺繍の入った袈裟を着た恰幅のいい男が壇上に登っていた。
「この良き日にみなさんとこうしてお会い出来ることを神に感謝いたします」
そう言った男の顔はまるで潰れた魚のようにブサイクだった。
思わず吹き出しそうになってしまった俺の脇を瀬後さんが小突く。
「つーか、なんで仏教なのに神なんて語ってんだぁ、あのオッサン」
「オレが知るかよ、ったく……ん?」
「どうした?」
「いや……なんか、変な臭いがしないか」
俺は思わず自分の脇に鼻を寄せた。
「……お前じゃない。いやお前も臭いけどよ」
どうやら瀬後さんが気になったのは1週間洗っていないシャツの臭いではないらしい。
俺も鼻を使ってみると、確かに焦げついた甘い臭いがただよってくる。
「……神裂、見ろ」
言われ、瀬後さんが示した方を見ると壁に沿って平たい皿が天井から吊るされていた。
何かが焚かれているのか、薄らと煙が立っている。
「瀬後さん、こいつぁ……」
「ああ、間違いない。麻薬の一種だ」
なるほど、確かに俺たち以外の奴らは全員とろけたように豚坊主のつまらん説法に耳を傾けている。
俺は壇上で自信たっぷりに説法をとている豚坊主を睨みつけた。
「信者をシャブで騙くらかすたぁ、いい根性してんなぁ」
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