ブルーラグーン ②
バー・カダスのメニュー表にギムレットは載っていない。
それでもこのカクテルの名前を店で出すことには意味がある。
「ギムレットを頼みたいんだ」
フード男がふたたび言った。
どうやら意味は分かっているらしい。
俺の探偵事務所は他では手に負えない、特殊な依頼を引き受けることがある。
その際 依頼人だと分かるようにする為の合言葉がギムレットだ。
ギムレットの依頼は表向きの探偵稼業ではなく裏側の副業みたいなもので、危険が伴うが実入もデカい。
「どうする神裂」
ブルドッグを差し出してきた瀬後さんがそう尋ねる。
「どうするもこうするも、依頼人様がお困りなんだ。手を差し伸べるのが情ってもんだろ」
普段は人を足蹴にしている俺でも、だ。
「引き受けてくれるのか?」
フード男がフードの奥で少し驚いたような気配を見せる。
「もちろん。アンタも他に行く当てがないからウチに来たんだろ?」
「……その通りだ」
言ってフード男は無造作にポケットをまさぐると中から筒状に丸められた札束を二つ取り出した。
厚みからして一本100万程度、それが二つだ。思わず浮きかけた俺の腰を上から押さえつけるように、瀬後さんが頭を鷲掴みにしてきやがった。
「……ふぅむ、本物みたいだな」
ぱらぱらと札を飛ばして瀬後さんが確認する。
「当たり前だ。それは前金として支払う、残りは成功報酬だ」
前金で200万。しかも成功したら更に貰えるとは。俺には目の前の潮臭いフード男が海から上がってきた天使に見えた。
「なるほどな」
言って、瀬後さんは二つの札束を自分のポケットに仕舞った。
「……おいおい、何のつもりだよ瀬後さん」
「その依頼 オレも手伝ってやる」
「本気かよ?こないだ腰痛がひでぇって言ってなかったか?」
と、俺が口を開きかけたところで、カウンターテーブルが震えた。
見れば、俺が置いた手のひらの、ちょうど指の間にアイスピックが突き刺さっている。
商売道具を凶器にするとは、なんつーバーテンダーだ。
「……だそうだ。まぁ、このオッサンはただのバーテンじゃねぇ、腕は保証するよ」
向き直ってフード男を見る。
先ほど瀬後さんが投げ放ったアイスピックの動きに腰を抜かしているのか、小さく「……よろしく頼む」と呟いた。
まったく情けないね。
俺なんてもう何十本投げられたか分かったもんじゃないというのに。
「それじゃあ詳しい依頼内容を聞こうか」
それから暫く俺たちはフード男の話を聞いた。要約すると内容はこうだ。
「つまり、俺たちはその何とかっつーカルトに拉致されてる
差し出された写真にはまだ十代半ばくらいの少女が笑顔で写っている。
「
フード男が食い気味に訂正した。
そう陀艮宗。何でも仏教系新興宗教で、ここ大神居市を拠点として活動しているらしい。
「瀬後さん聞いたことあるか?」
「そういえば最近 そんな名前の書いてあるビラを駅前で配ってるヤツがいたな」
「へぇ」
ちなみに俺はまったく知らなかった。
フード男曰く陀艮宗は信者を洗脳して金を巻きあげたり、挙句は人身売買じみたことにまで手を出す悪徳集団とのこと。
「んじゃ、その陀艮宗とやらが柊さんを拉致してるって証拠はあるのか?」
「……証拠は、ない。でも間違いないんだ」
まぁ、そうだろう。
もし証拠があるなら俺たちに頼らず警察に駆け込めばいいのだから。
「アンタと柊海散さんはどういう関係なんだ」
瀬後さんが尋ねるとフード男はうつむいて黙ってしまった。
まさかストーカーが別のストーカーから女を取り返そうとしてるとか、そういった話じゃないだろうな。
そんな風に考えていると男が口を開いた。
「……彼女には恩があるんだ、このままにしておくわけにはいかない」
フード男の声は震えていた。
「……だからどうか頼む、お願いだ。彼女を助けてほしい」
けれど、その声には一本芯の通った想いをにじませていた。
「まぁ、前金はもう貰っちまったしなぁ」
俺が言うとフード男はうつむいていた顔を上げた。
瀬後さんは何か言いたげに口元で薄く笑っている。
「いいぜ。その依頼 神裂探偵事務所が引き受けた」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます