神話探偵 神裂悟の事件簿
★野
第1話 ブルーラグーン
ブルーラグーン ①
「カンザキさん、アタラシイ子入ってるから、ちょっと寄っていきなヨ」
九頭竜町駅前に広がる歓楽街を歩いていた俺はそんな声に肩を止められた。
「ディエン、お前んとこの店こないだ営業停止くらったばっかだろぉ」
「ソッチはもうタタンダからネ。もう大丈夫だネ」
何が大丈夫なのかは分からないがディエンは人懐っこい笑みを向けて俺の腕をつかむ。
あいにくこっちは競馬に負けてスカンピンだ。ただ飯を食わせてくれるなら相手が婆さんでも構わない。
「えぇっと、今の所持金はぁ……186円か、これでも行けるか?」
ディエンは笑顔のまま唾を吐いてどこかにいってしまった。
失礼な野郎だ。
今度あいつの店に警察が来たら不法入国の斡旋業のことをチクってやる。
俺はそのまま歩いて歓楽街から裏道に入る。汚い路地を進んでいくと見知った店の看板が見えてきた。
バー・カダス
そして店が入っているテナントの二階部分には「
俺の職場だ。
所々看板の塗装がはげかかっている部分もあるが、逆に奥ゆかしさと赴き深い雰囲気をかもし出している。
あまりにも深すぎてほとんど依頼人がこないのが玉に瑕だが、プロは仕事を選ぶというし、とくに問題はない。
「戻ったぜぇ」
カダスに入るといつも通りの
カウンター奥でグラスを拭いていた
俺は無視して店内の階段をのぼり事務所に向かおうとしたが、
「おい、待て
巨漢がジロリと睨んできた。
いや、ギロリという感じかもしれない。
「何だよ
「競馬に計画もクソもねぇだろ……ってお前、こないだ貸した金また溶かしやがったのか」
「競馬じゃねぇ、パチスロだよ」
「どっちも同じだ、このクズッ!」
瀬後さんは今にも拭いているグラスを叩き壊すような勢いだ。ちょっと早いが更年期障害というやつかね。
野郎のヒステリックなどみっともないので俺は話しの水を差しむけてやった。
「まぁ、その話しは置いといて、要件はなんだよ?」
「ッチ……お前に客が来てるんだよ。さっきからずっと待ってる」
言って瀬後さんは店の奥のボックス席を指し示す。気づかなかったが、確かに人影がぽつねんとしていた。
話しを向けられた客がゆっくりと立ち上がってこちらを見る。
フードを被っているため素顔は見えないが体格からして男だろう。
「アナタが神裂か?」
いきなり呼び捨てとは初対面のくせに失礼な奴だ。懐の深い俺は気にしないが。
それにしてもやたら若そうな声をしている。
「アナタがあの神裂悟なのか?」
「どの神裂がいるのか知らねぇけど、神裂は俺だよ」
「……こ、こんな軽薄そうな男が?」
フード男は失礼にも確認するような視線を瀬後さんに向けた。
残念そうにうなずくあたり瀬後さんも大概失礼だが。
「さっきから随分な態度だな、アンタ。依頼しに来たのか貶しに来たのか、どっちだ?」
「……ぁ、ああ、」
「要件はなんだ?浮気調査か、素行調査か?張り込みまでするなら別料金だぞ」
どうにも煮え切らん依頼人だ。
俺はカウンターに座ると瀬後さんにブルドッグを注文した。もちろん料金は依頼人のツケで。
「文無しに出す酒はねぇ」
すげなく言われてしまった。
どうしたもんかと思っていると、いつの間にかフード男が俺の隣に座ってきた。
近くに寄って初めて気づいたが、鼻腔の奥がツンとする独特な潮の匂いがただよってくる。
こんなセンスのない香水をつけてるようじゃ、女を口説くのは無理だろう。
浮気調査の線はないな、となると素行調査か。ストーカーの片棒を担ぐような依頼ならお断りだ。
そう俺が結論づけたところでフード男は口を開いた。
「……この店にギムレットはあるか?」
ぴくり、と。
カウンターの奥に立っていた瀬後さんが反応した。
「……なんだよアンタ、そっちの依頼人か」
にやりと笑って視線を向けると、瀬後さんが渋々グラスを取ってくれた。
どうやらブルドッグにありつけそうだ。
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