第30話【過去からの魔手】

「――すいません。店長様はいまお手すきでしょうか?」


 レジカウンターからバックヤードの俺のデスクにまで、その低く通った渋い声が耳に伝わる。

 どこか取引先の業者の人か、もしくは稀にやってくるセールスか何かか? と思い、イスから腰を上げ顔出すと、そこにはスーツを着た見慣れない男性が。


 一見人の良さそうな穏やかな笑顔を浮かべているが、直感としてそれが上辺だけの人を欺くための面だというのが、男の雰囲気から感じとれた。

 裏表の激しいタイプがよくやる擬態だ。


「私が店長ですが」 

「初めまして。わたくし、こういうものです」


 手渡された名刺には、



『株式会社リゼル


 

        オーナー 久世恭一 』


と書かれていた。

 これだけではどんな企業なのかわからず、思わず「はぁ」と小さく声を漏らしてしまうも、とりあえずマナーとして自分の名刺も男に差し出す。


「この名刺だけではどんな会社かわかりませんよね。わかりやすく言えば、主にコンセプトカフェ等を運営する会社と思っていただいて結構です」


「そのコンセプトカフェのオーナーさんが、どうしてうちみたいな他業種の店舗へご挨拶に?」

「今月からこの近くで新しくコンセプトカフェを立ち上げまして。そのご挨拶に伺いました」

「そうですか。わざわざありがとうございます」


 隣にいる有坂さんに名刺を渡し、デスクの上に置くよう目配せする。


 秋葉原は飲食店、特にメイド喫茶やコンセプトカフェの入れ替わりが顕著に激しく、うちのように裏通りに面したそういった店舗の半年後の生存率は極めて低い。

 大手でも苦戦は免れなく客の奪い合いだと、以前商工会の人から耳にしたことがある。


 そんな仁義なき戦いに身を投じる他業種のオーナー様が挨拶にやって来た――店長としての感が警戒しろと強く告げている。


「レトロゲーム、私も好きでして。今でこそ全体的に値段が高騰してしまいましたが、私が子供の頃はどれも手に入りやすい値段で、よくお世話になりました」


「昔は安いソフトは一本10円で買えたりしましたけど、今はギリギリワンコインで買えるくらいの値段にまで上がってきてますからね」


「やはり海外からの人気が高いのが関係しているのですか?」

「八割形は」


 世間話を繋げながら男の見た目年齢を推測するに、おそらく30代後半か行って40代前半。

 最低でも自分より5・6歳は上だと、話しの内容から察する。

 もっともレトロゲームを手軽に遊べた年代だ。


「それだけ人気があって外国人観光客に買われたら、いずれこの国のレトロゲームは無くなってしまうのでは?」

「そこがこの業種の不安要素ではありますね」


 自分のことはあまり話さず、相手の話題に載って会話を重ね、警戒心を解こうとする。

 コンセプトカフェのオーナーだけあって、相手を気持ち良くさせる話術に長けている。

 男と会話をしていると妙な心地良さに襲われ、思わず警戒心が緩んでしまいそうに陥る。


「私としたことが、つい余計な話を」

「いえ」

「今日は挨拶以外にも、実は店長さんに一つお尋ねしたいことがございまして――」


 話しが脱線したことに頭を下げた男は、上着の内ポケットの中から一枚の写真を取り出し、レジカウンターへと置いた。

 その写真を見て、俺は思わず目を見開き驚いた。


 そこに写っていたのは紛れもない――凛凪りんなさんだ――。


「こちらのお店に、私の系列店で以前働いていたキャストによく似た人物がいると情報が入りましたもので」


「......確かによく似てはいますが、違うと思いますよ」


 男に悟られぬよう、慎重に答える。

 生地が薄いと写真越しにもわかってしまう、異様にスカートの丈が短いハイネックのドレスを着た、凛凪さんと思わしき人物。


 その写真の左端には、源氏名の『ゆかり』の名前。


 ――間違いない。

 この名前は数日前にうちで騒ぎ起こした人間が凛凪さんに対して呼んでいた名前と一致する。

 

「ちなみに、その方は今日ご出勤で?」

「いえ、今日はお休みです」


 嘘ではなく、凛凪さんが偶然にもシフトが入っていなくて助かった。

 もしもこの場にいたら、きっと前回以上にややこしい問題に発展していたかもしれない。


「そうですか。それは残念です。本人であれば、是非返したい物があったのですが」

「返したい物?」

「こちらの話です。忘れてください」


 わざとらしく笑みを浮かべる男はこれ以上の長いは無用と判断したらしく、


「あまり長話するのもご迷惑でしょうから、私はこの辺で失礼させていただきます。宜しければ是非一度遊びに来てください。サービスいたしますので。それから、もしもこの方が私のことを覚えているようであれば、是非一度連絡を寄こすよう店長さんからも言ってあげてください」


 そう決めつけた言い方で告げるなり、写真を回収し、小さく頭を下げて帰っていった。

 防犯カメラで男が完全にフロアからいなくなったことを確認すると、奥にいた有坂さんが怪訝な顔で戻ってきた。


「なんスか、あのおっさん。明らかにカタギの人間の雰囲気じゃないッスよ」

「......だね」


 緊張から解放され、大きなため息を吐き出す。

 有坂さんの目から見ても男が只者ではないと映ったようで、開口一番に感想を述べてきた。


「コンカフェのオーナーがわざわざ挨拶に来るなんて。まさかキャストのスカウト!?」

「いや違うでしょ」

「......なんかてんちょー、ノリ悪いッスか」

「そりゃこんなこと初めてだからね。気は張ったよ」


 たまにニュース等で報道されているが、メイド喫茶・コンセプトカフェの中には、背後にあまり者たちが付いている店舗も存在する。

 一時を境にそういった店舗は増えたものの、最近は区のパトロールや警察の監視のおかげでかなり減少したと、これまた商工会の人から聞いた。


 だが減少しただけで完全にいなくなったわけではなく、ひょっとしたらあの男もそういった店舗の関係者の可能性は否定できない。


「さてさて、てんちょーも構ってくれないことだし、気を取り直してSNSで今週の目玉商品の宣伝もしときますか......って、何コレ? どういうこと?」


「ん? どうした?」


 動揺し声のトーンが落ちた有坂さんの手元のタブレットを奪い取ると、うちのSNSのページが表示されていた。

 そこのコメント欄の一部を見て、俺の落ち着き始めた胸の鼓動が再度慌ただしく騒ぎ出した。




『この店には、体を売ってる錬成人間ホムンクルスがいる』





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