第17話【家出】
「
狭い1DKの部屋の中、人の気配を感じられない。
確認するように玄関の靴置き場を見たが......一足分、凛凪さんが出会った時に履
いていたロングブーツが無くなっていた。
「......うっさい。なに?」
玄関横のトイレから不機嫌極まりない表情の千里が現れ、怪訝な眼差しを向ける。
「千里、凛凪さんがどこに行ったか知らないか?」
「ああ。あんたが風呂に入ってる間に出て行ったわよ」
「......は?」
「余程後ろめたいことでもあったんじゃないの。散々世話になったあんたに、何も言わずに出ていくなんて」
――
たった一週間一緒に住んだだけで知った気になる妹をすぐにも怒鳴りつけてやりたい。
だが今は無駄な時間を消費している余裕は俺にはない。
風呂の間に出て行ったということは、まだそう遠くへは行っていないはず。
ましてや凛凪さんに
とりあえずスマホと財布だけを手に、俺は部屋着のまま外へと飛び出した。
5月の中旬を過ぎても、夜間は日によっては微妙に冷え、肌寒さすら感じる。
が、風呂上りと極度の興奮状態により体温が高まっている俺には全く関係ない。
駅までの道程を、通り過ぎる相手の顔をちらと確認しながら向かうも、凛凪さんらしき女性は見当たらない。
改札の前に到着し、10分ほど待ち伏せしても結果は変わらず。
男の自分でも家から駅は歩いて多く見積もって15分。
凛凪さんの足ならそろそろ駅に到着してもおかしいくないのに、一向に姿を現さず首を傾げる。どうやら駅に向かった線は外したようだ。
時刻は夜11時。
路線バスの最終も終わり、手持ちのお金があまり多くない凛凪さんがタクシーを使う選択肢は限りなく低い。同様にマン喫を利用するのもだ。
となると――まだ近所にいる可能性が俄然高くなってきた。
雨風を防げて、お金がかからず休める場所............そうだ! 公園!
家の近所には三ヶ所の公園があり、いずれも面積が広く、確かそのうちの一箇所には屋根付きのベンチもあったはず。
早急に駅に見切りをつけ、来た道を再び戻ろうと走る。走る。とにかく走る。
――20分後。
思い当たる公園に到着し、薄暗い園内を数少ない外灯を頼りに目的のベンチの前までやってくると......いた。
屋根の天井に備え付けられた灯りが、凛凪さんの鮮やかな金髪を照らし、煌々と輝く。
「......
特に驚きも逃げようとするわけでもなく、凛凪さんは膝の上に手を置いたまま、出会った時のオーバーオールドレス姿でこちらを向く。
「どうしてここが?」
「ハァハァ......なんとなく、ここにいるかなぁって思ってさ」
思い出と呼ぶには日が浅い、ほんの二週間前。
俺と凛凪さんはこの公園に揃ってやってきていた。
目的はスマホの位置ゲーの大型モンスター討伐クエスト。
大型モンスターが現れる時刻までの間、このベンチに座り、お手製のサンドイッチを食べながらちょっとしたピクニック気分を味わっていた。
凛凪さんとは向かい側のベンチに腰を落ち着け、上がった息を整える。
「千里から話は聞いたよ。いくらんなんでも勝手に出て行かなくたって。しかも俺が風呂入ってる間に黙って」
「ごめんなさい。和人さんに止められるのをわかっていたもので」
「当たり前だよ。千里の奴にまた酷いことでも言われた?」
「違います! これはあくまで自分の意思です。なので千里さんには一切の責任はありません! 悪いのは全て私......」
「んなこと言ったらそれは俺の責任だよ。凛凪さんと恋人同士という設定にしようと言い出したのは俺なんだから」
曇った表情で自嘲する凛凪さんを真向から否定する。
初めから千里に正直に話していれば良かったのか?
いいや。
身元不明の
じゃあ友達の妹とでも嘘をつけば良かったのか?
それもダメだ。
疑り深い千里のことだ。誰の妹かを問いただし、裏を取ろうとするに決まっている。
結果的に恋人同士という設定が、俺たちの生活を続ける上でのベストな選択だったのだ。
「それに凛凪さん、俺が風呂に入っている間、脱衣所にやってきたよね。何か言おうとしてたんじゃないの?」
「あれは......単に脱いだ部屋着を洗濯機の中に入れようと入っただけで」
凛凪さんの頬がピクリと動く。
「家を出ようとしてるのに、律儀だね」
「当然です。家事を任されていた者が、部屋を散らかすようなマネをしてどうするのですか」
なんとなく気付いていた。
俺が風呂に入っている間、一度凛凪さんがこっそり脱衣所に入ってきたことを。
着替えてそのまま家を出ることもできたのにも拘わらず、わざわざ自分が脱いだ服を脱衣所の洗濯機まで入れに来る――気付かれる危険を犯してまで。
凛凪さんは家を出ることに未練があるのでは? そう疑わずにはいられない俺は自意識過剰か?
「は......くしゅっ!」
「そんな格好では風邪を引いてしまいます。私なんか放っておいて、早く家に戻ってください」
「いいやダメだ。俺が着替えて来るまでの間に凛凪さん、ここを離れるでしょ?」
「そんなことは......ないと思われます」
「思われますってなに」
たどたどしい言葉使いに、鼻を啜りながら苦い笑みを浮かべてしまう。
風呂上りにろくに頭も乾かさない状態で外出し、走り周りもすればそりゃ鼻水の二・三滴も垂れるわな。
できればゆっくり説得したいところだが......深夜の公園で行うのは危険が伴う。
運良く俺がやってくるまで何事もなかったからいいようなものの、この辺りは深夜になると特に物騒。確か去年末から大声で徘徊する不審者に、帰宅途中を狙った強盗・障害事件が立て続けに起きていると、スマホで注意喚起の情報が送られるまで。
となると......家以外で落ち着いて話せて、尚且つ寝泊まりができる場所............あっ、その手があったか。出費は大きいが、悠長なことは言ってられない。
「じゃあさ、せめて今晩は朝まで俺に付き合ってくれない」
「......いいですけど。どこへ?」
「ふふーん。それはね」
「それは?」
顔を上げる凛凪さんに、俺は努めてドヤ顔でこう決めてやった。
「ホ・テ・ル♪」
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