第12話【妹】
今から30年前。
橘家の二卵性双生児の兄として、俺はこの世に生を受け誕生した。
一卵性と違い、二卵性は双子でもあまり容姿が似ていないことが多いらしく、俺たち兄妹も言わなければ誰も双子だと気付かない。
性格も幼少期の頃は特に対照的だった。
人との関りを極力避けていた引きこもり体質な俺と、社交的で自分から積極的に行動を起こそうとする妹。
後者に人が集まるのは言うまでもない。
社会に出るとそのカリスマ性を存分に活かし、今では母親が代表を務める製薬会社で代表の右腕にまで上り詰めた。
人生の成功者街道を
「あんた、何かあれば私に報告しろっていつも言ってるわよね? 30歳にもなってほうれんそうもできないバカなの?」
仕事から帰ってくるなり、タンクトップにデニム地のショーパンを装った妹は、その気の強そうなつり目を向け罵倒する。俺が靴を脱ぐよりも早く。
「いい大人なんだから、女性の一人や二人と同居しててもおかしくないだろ」
「一人や二人って......聞いた? 他にも女がいるんだってよ。こいつ、甘いツラしてなかなかゲスいでしょ?」
「は、はぁ」
俺が帰ってくるまでの間、千里の相手をしてもらっていた凛凪さん。苦笑を浮かべ、ジャケットをハンガーにかけ隣に座り目が合うと、困った表情で呻く。
「言葉のあやに決まってんだろ」
「知ってるわよ。あんたにそんな二股するような気概は持ってないこともね」
「ていうか何で家に来たんだよ。前回来たのまだつい最近とかだったろ」
「母さんが様子見て来いってうるさくて。いい加減自分で身に来ればいいのに」
大学入学を気に実家を出て行ってからというもの、母は千里を使っては定期的に俺の様子を見学、もとい監視をさせている。
30歳のいい大人になった今でもそのルールは変わらない。
血の繋がった息子のことを一切信用していないのにはもう慣れっこだ。
「話はこの人に聞かせてもらったけど」
「この人、じゃなくて凛香さんな」
「いまはどうでもよくない。そんなこと」
低血圧な千里は普段から機嫌が悪そうに喋るが、今日はそれに輪をかけてのダウナー気味。
凛凪さん、俺が帰って来るまでの間、本当にご苦労様でした。
「この子、未成年じゃないわよね」
「当たり前だ」
凛凪さんの実年齢を知らないのでなんとも言えないが、多分未成年ではない......はず。
「二人の出会った場所は?」
「えーっと、浅草の雷門前。友達とはぐれた凛凪さんに声をかけたのが出会いだったんだよ」
「はい。あの時はとても助かりました」
いつかこんな日が来ることを予想して、千里には俺と凛凪さんは恋人同士という設定でやり過ごそうと事前に決めていた。
そのために二人が出会った場所や初めてデートはどんなところに行ったか等、細かい部分まで入念に口裏合わせを行った。
千里はとことん人を信用しないタイプ。
少しでも
俺と凛凪さんの関係。特に彼女が記憶喪失の
「初キスはどこで? どっちから?」
「深夜の公園。俺からだよ」
「付き合って今日で何ヶ月目?」
「今年の二月からですので、まだ三ヶ月目ですね」
「お互いの好きになった決めては?」
「凛凪さんの優しくほんわかしたところ」
「......雰囲気でしょうか? 隣にいて落ち着く感じといいますか」
怒涛の質問ラッシュをクイズ番組の回答者の要領で交互に答えていく。
「......なんかあんたたち、不気味なくらい即答されて逆に怪しい。打ち合わせでもした?」
「するわけないだろ。ねぇっ?」
「そ、そうです。恋人のことはスラスラと口から出さるものなのです」
もっともらしいことを言ってるが、俺も千里も年齢=恋人いない歴の人間なので経験がない。よって誰にも答えの確認のしようがない。
「まぁいいわ。最後に凛凪さんの苗字を教えて」
「苗字......ですか?」
心臓がドクンと飛び跳ねた。
そういえば不便なので名前は決めていたが、苗字に関しては全く何も決めていなかった。
助けを求める凛凪さんと怪しむ千里の刺さる視線が痛い。
「
「はい。私の苗字は種崎です」
「なに、その思い出したかのような感じ。自分の彼女の苗字を忘れてたわけ?」
「普段苗字で呼ぶ彼氏がどこにいるよ。こちとらまだ付き合い始めて日が浅いんだから仕方ないだろ」
即興で苗字を名付けられた本人は何やら嬉しそうな様子だが、千里の疑いの眼差しは緩まる素振りはない。
「これで納得したか? そろそろ夕飯食べてさせてくれ。せっかくの凛凪さんの食事が冷めちまう」
「質疑応答はこれでいいわ。続きは夕飯を食べたら始めましょう」
「まだやんのかよ!」
「この程度じゃ信用できないわね。今度は......そうだ」
千里の目が細い時ほど、ロクなことを考えていないのは兄だからわかる。
「私たち三人でお風呂入りましょう」
ほらな。言った通りだったろ?
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