第11話【嵐はクレーム対応から】

 近年、レトロゲームの価値は日本国内の物を中心に、世界規模で益々高騰を続けている。

 そもそものきっかけは、日本のとあるお笑い芸人がこれまたとある有名レトロゲームを友達の家でする感覚で遊び、クリアするだけの動画番組を作ったところ、SNS上で静かに人気に火が付いた。

 番組を収録したDVDは毎回飛ぶように売れ、ゲーム実況というジャンルの祖を築き上げた彼は不動の地位を確立する。

 その人気に呼応するように売り上げを伸ばしてきた当店うちも、今では秋葉原を代表するレトロゲーム店の一つとして海外の観光ガイドブックに紹介されるまでに成長。

 毎日沢山の販売と買い取り業務に追われる中、久しぶりにちょっとした騒ぎが起きた。

 

「われんとこのホームページの買取表に箱・説揃ってりゃ30万になるっけぇ持ってきてやりゃあ、どういうことじゃ! 説明せぇ!」

「ですから何度も申し上げました通り、こちらのソフトは海賊版。つまり偽物の可能性が高いと」

「わしんこと信用できんのか!? 地方もんだと思うて足元見よるじゃろ! あっ!?」


 初対面の相手を信用しろという話は土台無理じゃありません?

 書類に記入された年齢より10歳は老けて見える40歳前半の男。

 方言丸出しでギャーギャー吠える度、隣で傍観する一ノ瀬さんが委縮していく。

 細かい無数の唾が顔をかすり、独特な体臭も漂う。全体が浅黒く変色した年期の入ったチェック柄の長袖シャツは、きっと昔々にお母さんから買ってもらった服だろう。


「ではお聞きしますが、こちらのソフトはどのように手に入れられましたか?」

「わしが子供の頃、死んだ親父に買うてもろうたんじゃ。それをわれ、0円なんかぬかしおって......どう落とし前つけてくれるんじゃ!」

「その割にはこのソフト、変に綺麗なんですよね。ソフトも差し込んだ形跡が無く、箱も説明書も経年劣化の痕跡がほぼ無いに等しい」


 新古品。全くの未開封品が市場に出回るのは有り得ないことではない。とんでもなく天文学的な確率だが。 

 

「当たり前じゃ! いっぺんも遊ばず最近までタンスの中で眠っとったんだ!」

「ではソフトを分解して、中の基盤を確認してもよろしいでしょうか?」

「......分解?」


 男の頬が引くつく。


「正規品と海賊版では、当然中の基盤に付いたチップのロット番号に明らかな差異がありまして。意外とあっさり判別できるんですよ」

「......もしこれが偽物じゃと証明されたら?」

「詐欺罪が適応されますね」


 男の血の気がサーっと引き、眉尻が力無く下がる。


「詐欺罪は罰金刑が無い代わりに10年以下の懲役。ですがお客様の場合、偽物を無理矢理買わせようとする脅迫罪もプラスされるとして、罰金30万以下が発生するかと」

「......ちぃと急用を思い出したけぇ。帰らしてもらおう」


 レジカウンター中央に置かれた偽物のソフトを慌ててリュックにしまい、男は小走りでフロアをあとにした。

 余程焦ったのだろう。出る際にドアにぶつかった鈍い衝突音が響いた。器物破損も追加、と。


「ありがとうございます橘店長。おかげで助かりました」

「いえいえ、気にしなくていいよ。これも店のおさの務めですから」 


 一ノ瀬さんが大きく安堵のため息を吐き出し、申し訳なさそうに小さなこうべを垂れる。


「噂には聞いてましたが、本当にいるんですね。あんな風にごねる人」

「一ノ瀬さんは初めてか。今回は少し特別なタイプだったけどね」


 この店での揉め事の8割は買取に関する件。

 レトロゲームは何でも高く売れると、面白おかしくテレビ番組が紹介し誤ったイメージを作り上げてしまい、それを真に受けた人間が時折査定にやってきては納得できず騒ぎを起こす。

 ウチでは誹謗を込めて『夢想家ドリーマー』と隠語で呼称している。

 誰が呼びはじめたか定かではないが、ナイスネーミングセンスだ。

 

「大体、地元の専門店に持って行かず、わざわざ新幹線を乗り継いでここまで査定に来ること自体がおかしいっつーの。無職の人間がさ」

「余程少しでもお金になるところで売りたかったんですかね」

「正規品なら大歓迎するよ。恐らくはバッタもんなの知ってて海外経由で購入したんでしょ」

「バッタもん?」


 どうにも一ノ瀬さんに仕事を教えていると中学校の教師みたいな気分に陥る。

 当の本人が童顔で背が低いだけに。


「ごめん。今日日きょうびの若い子はバッタもんって言葉知らないか。メモしなくていいから」

「あ、了解しました」


 何でもメモを取る姿勢は教える側としては嬉しい。あとは着実に知識と経験と自信を付けてくれれば言うこと無し。

 

「お客さんが記入した査定の書類、どうしたらいいですか?」」


 エプロンから取り出したばかりのメモ帖とペンをすぐに引っ込め、一ノ瀬さんは指示を仰ぐ。


「バッチリ防犯カメラに記録されてるから警察に通報してもいいんだけど。面倒だから店内ブラックリスト作成に留めておくわ。貸して」

「どうぞ」

「ありがと。一ノ瀬さん、ちょっと早いけどもう昼休憩入っちゃっていいや。変な奴の相手して疲れたでしょ」


 店長デスクに不届きなやからの査定書類を滑らせると、後ろから『では、お言葉に甘えて』と一ノ瀬さんの控えめな声音が届いた。

 今日このフロアのシフトは、オープンからラストまで俺と一ノ瀬さんの二人で回す。

 他のフロアも開けられるギリギリの人数でどうにか対処できた。

 木曜日はただでさえシフト希望者が集まりにくい上に、今日は主力戦力の有坂さんが体調不良で急遽欠勤となってしまっている。

 人が足りない時に限って何かが起こるとはよく言ったもんだ。


 その何かが起こり無事解決した今、これ以上の面倒ごとは起きないだろうと高を括っていた俺に、左太ももの上のスマホがぶるっと揺れた。

 きっと凛凪りんなさんの『夕飯何が食べたいですか?』メッセージだろう。

 仕事のある日恒例の俺と凛凪さんとのスマホやり取りは、忙しい合間の良い息抜きになる。

 癒されようと画面を覗いた瞬間、そこに表示された名前とメッセージを見て、つい喉からしゃがれた嫌な音が鳴った。


 千里ちさと


『今晩、あんたんちに厄介になるから』



         

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