第10話【陽炎】

 ――夢を見た。

 窓の無い部屋に半ば閉じ込められ、今が何時なのかもわからない。

 目がおかしくなるような真っ赤な照明に照らされ、作業をこなす。

 一人ずつの時もあれば、相手の希望によっては集団の場合もある。

 全身に浴びせられたネバネバと鼻につく強烈な臭い。最初こそ嫌だったが、慣れてしまえばどうということはなかった。


 ここでは私たちは物のように扱われる。

 草木と違い、自分の口で意思を伝えらる存在にもかかわらず、だ。

 行き場を失った錬成人間にんげんもどきが最後に到達する場所は、創造主によってもてあそばれ、壊れるまで病的なまでの快楽を植え付けられる。

 それでもマシだと思えるのは、黙って従っていれば衣食住に困らないからだ。

 いつ追い出され、捨てられるかもしれないあの不安な日々に比べれば、ただ耐え続ければいいだけの話。


『......ちゃんも、いつか絶対出会えるよ』


 夢の終わり際。

 彼女は野に咲く花のように健気な笑顔で、私に微笑んだ。


 ――目が覚めると、両の瞳から涙が流れていた。

 スウェットの袖で赤くならないようそっと拭い、身体を起こすとベッドで眠る橘さんに視線を向ける。暑いのか毛布ははだけ、掛け布団も言葉では言い表せないクシャっとした形に。


 彼に拾われて今日で10日目。

 未だに彼は私と身体の関係を結ぼうとする気配もない。

 拾ってくれたお礼にと逆に誘ってみたが、すぐ様断られてしまった。それも二度も。

 前戯には自信があった私の自尊心は見事に打ち砕かれた。

 釘を刺されてしまったのでこれ以上私から仕掛けることはできないが、そろそろリミッターがバカになってくる頃合いだと思う。普通なら。他人同士の男女が一つ屋根の暮らして、何事も起きないはずがない。


 ――錬成人間は人間と同等に扱うこと。


 国連の宣言とは裏腹に、この国の性同意記録とやらは錬成人間には適応されない。

 子供を産めない錬成人間の女性は、人間の男性にとってリスクがなく都合がいい快楽を得るための玩具おもちゃ

 口ではもっともらしい倫理的なことを並べていても、誰も本能には抗えない。皆そうだったから。


 ......でも、できれば彼にはそうなってほしくないと思う自分がいる。何故かはわからないけど。


 少年みたいに寝相が悪い彼のために料理を作り、家事をし、他愛もない話で盛り上がり一日が終わる。極平凡な生活が、少しでも長く続いていけたらいいな。


 彼の目覚ましアラームが鳴るまであと一時間半。

 おそらく今日も私が朝食を作っている最中に目を覚ますだろうから、急いで支度をしなければ。

 住まわせてもらっている以上、彼に生活リズムを合わせなければいけない。

 難儀とは感じない。

 人に合わせるのは得意だから。

 心の中で呟いた皮肉に、思わず鼻が鳴る。

 まだ夢の世界にいる彼を起こしてしまわないよう静かに布団を押し入れの中へしまい、私の今日が始まる。

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