第8話【スマホ】
その日の閉店作業をバイトリーダーでもある有坂さんに任せ、俺は定時より1時間早く仕事を上がった。
目的は駅前の大型の家電量販店。
1階が丸々スマホ専門コーナーになっているここに、俺は
夜も8時を回っているのに店内は特徴的なテーマ曲をバックに活気で賑わい、スマホ会社各社のテナントも忙しそうに接客応対をしている。これは丁度良い。ガラガラだと話かけられる率が高いが、見た感じ客の人数に対して店員が追いついていないのでゆっくり選べる。
とはいえ事前に色や機種もある程度決めてきた。
目当ての機種を実際に手に取り、なんとなく使い心地を体験しながら店員の手が空くタイミングを見計らう。
「どのような機種をお探しでしょうか?」
5分ほどでいかにも新卒風の初々しい男性店員がこちらに気付きやってきたので、即日の持ち帰りの旨を伝える。
俺が学生の頃なんかは夕方で即日の持ち帰りを閉め切っていた気がするが、世の中便利になったものだ。仕事帰りに立ち寄っても間に合うのは、社会人にとってかなりありがたい。企業側にとってはその分誰かの働き口が増えることになるし、維持費等の問題もあるので手放しに良いとは喜べないのだろうが。書類の記入を済ませた俺は、受付のカウンター越しにせっせと開通作業を行う男性店員に目を向けながら社内事情を推測してみる。
飽きて視線を彷徨わせ落ち着かずにいると、後ろの通路からおそらくポルトガル語のような早口の言葉が聞こえ振り向く。
ウチの店もそうだが、秋葉原の街は外国人観光客の落とすお金で生かされている。メイド喫茶のような一部の特殊な業種の店を除いて。
店員の顔が大きく緩んだ。どうやら無事に審査が下りたらしい。
家に着いたのは午後9時過ぎ。
夕飯を食べ終わる頃には時刻は10時を回り、徐々に足先からゆっくり深夜へと浸かっていく。
「実は、凛凪さんに渡したい物があります」
あんまり遅くなるのもなと思い、俺は凛凪さんの手が空いている今のうちに、赤字にロゴが描かれた紙袋を手渡す。
食後のティータイムを
「これは......受け取れません」
箱を開け中身を確認するなり、顔を横に振って突き返そうとする。
「あー、やっぱアイボリーって地味過ぎるよね」
「そういう問題ではなくてですね。住む場所だけでなく、スマホまで持たさていただくのはあまりに申し訳ないかと」
視線を横にずらし俯く凛凪さん。
「今日みたいに遅くなった時、連絡が取れないと何かと不便でしょ」
「確かにそうですが」
「連絡用で契約したけど、SNSはもちろんソシャゲも自由にやって構わないから。但し課金案件要相談で。面白そうなのがあったら教えてよ」
いい加減、家事の時以外はネットサーフィンか読書の二択は飽きるだろうし、スマホがあれば暇つぶしの幅も広がる。職業柄ソシャゲのようなゲームも一応チェック対象なので、身近な人から意見が聞けるのはとても助かるうえに一石二鳥だ。
「私、ゲームってやったことがありません」
「......マジ?」
「はい。大マジです」
言葉通りの真顔で凛凪さんは頷く。
今時ゲームをやったことがない人間は珍しいと思うが、家が厳しい、もしくは錬成人間として生まれて日が浅ければ
「だったら尚更やってほしいよ。きっと凛凪さんが気に入るゲームが絶対あると思うから」
「では、
「好きなゲームというか、昔からずっとやってるゲームはね......これ」
自分のスマホを開き、アイコンをクリックして凛凪さんに見せた。
そこにはドラゴンやスライム等のモンスターの他に東京タワーや雷門。中央には剣を振りかざした勇者のイラストが描かれ、今にもこれから冒険の幕が上がりそうな雰囲気。
「いわゆる位置ゲーって奴なんだけど、元々原点になったRPGゲームが大好きでさ。仕事の行きと帰りは必ずやってるよ」
「なるほど......これもゲームなのですね......」
ゲームをやったことが無い人間からしたら、位置ゲーと呼ばれてもピンとこないのは仕方がない。すこしづつゲームに興味を持ってくれたらそれでいい。ゲーム廃人にならないよう、そこは注意が必要だけど。
「協力プレイもできるし。試しにダウンロードしたら今度の休みにでも近所を一緒に散歩するのもありかもね。最初はレベルも低いから、強い人間が仲間に加わればグッと楽になるよ」
「それは名案です」
「どうしたの? 急に笑って」
凛凪さんの顔がクスリと笑みを浮かべた。
「いえ、ゲームの中でも一緒にいられるのは嬉しいなぁと」
「......なっ! バカなこと言ってないで、早くメッセの登録するよ! そのために契約してきたんだから」
「ふふ。ありがとうございます」
顔が熱を放つのを知覚しながらスマホを持つよう促し、メッセのアプリをダウンロードした後に連絡先交換を済ます。
思わぬ形で凛凪さんと近所を散歩する約束を交わしてしまった。
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