第7話【変化】

「おっ? てんちょー、今日も愛妻弁当ッスか」


 店の長である俺の休憩時間は基本一番最後。従業員全員が取り終わってから。

 およそ休憩室とは呼べないような、レトロゲームの山で溢れかえった4畳半ほどの狭いバックヤードで遅い昼食を取る俺に、有坂ありさかさんが声をかけてきた。


「何度も言ってるけど、愛妻じゃないから」

「細かいことは気にしない。いずれ結婚するなら愛妻でも別にあってるじゃないッスか」

「超絶自己解釈やめて」

 

 栄養バランスを考えて盛り付けられたこの彩り鮮やかな弁当は、もちろん愛妻などではなく凛凪りんなさんが作ってくれたものだ。

 我が家の家事担当に任命された凛凪さんが、俺のためにと仕事のある日は毎日用意してくれている。

 今日のおかずのメインはだし巻き卵に肉団子。口の中をスッキリさせるきゅうりとわかめの酢の物も添え、食べる人間のことをおもんぱかった献立に優しさを感じる。


「彼女さんが料理をするようになったのはアピールッスね」

「何のアピールだって言うんだよ」

「結婚ッスよ。ケ・ッ・コ・ン」


 どうして女子はこう話を色恋沙汰方面に持って行きたがるのだろうかねぇ。


「彼女さん、同い歳でしたっけ」

「よく覚えてるね」


 存在しない架空の恋人を作った本人もうろ覚えだったが、多分合っている。

 職場の人間には凛凪さんが来るよりかなり以前から同棲相手の彼女がいる......という設定で通していた。

 年齢=彼女イナイ歴をバカにする輩はどこにでも存在し、その鬱陶しさから身を守るために流れ出た嘘は、自分で作っておいてたまに設定をド忘れしてしまう場合もしばしば。


「夜の営みは週どのくらい?」

「人が飯食ってる時にその手の話しする?」

「いいじゃないッスか。減るもんでもあるまいし」

「俺の精神的体力が超必殺技並みに減るんだよ。ノーコメントだ」

「大丈夫。94や95の時みたいなエグイ減り方はしませんって」


 格ゲー好きにしかわからないであろうネタをぶっ込む当店のバイトリーダーは、往年に大ヒットし、今でもほぼ毎年新作が作られている世界的有名人気格闘ゲームの熱狂的

なファン。

 首のチョーカーはその中でもっとも好きなキャラを意識したものらしいが、申し訳ないけど背中のブルドッグの刺繍が入ったスカジャンで台無しだ。地方の痛いヤンキーにしか見えない。


「......あのぅ」


 有坂さんの後ろ、棚の横からひょっこり小さな頭が顔を出す。


「どうしたの一ノっちゃん」

「お客様が買い取りをお願いしたいそうで」

「だってよ。早急にお仕事にお戻りください」

 

 追い払うような手の仕草で払えば、有坂さんは口をへの字にしてレジカウンターの方へ戻っていった。

 いまさらボロが出ることはないにしても、神経を使いながら昼食を摂るのは勿体ない。なにより凛凪さんに失礼だ。


「あ、一ノいちのせさんはちょっとこっち来てくれる?」


 有坂さんについていこうとする一ノ瀬さんを、まるで猫でも呼ぶかのように手で招く。


「ふぇっ!? は、はい」


 不安気な瞳は潤々うるうると揺れ、全身はわかりやすく強張っている。


「そんなに緊張しなくていいから。仕事の話しとかじゃなくて、単に世間話として一ノ瀬さんに訊きたいことがあってさ」

「......はぁ」


 安堵したのか、太股の上に添えられた手から力がほんの少し抜ける。

 堂々としていればボブで背の小ささもあって漫画に出て来る座敷童みたいな子なんだけど、怯えた様子は初めて散歩に行く子犬のそれ。


「今時の若い女の子の間では、どんなスマホの柄が流行ってるの?」

「スマホの柄......ですか?」

「そっ。有坂さんに訊いてもほら、あそこまでデコってる人間に訊いても、ね」


 ファッションセンス同様、スマホもファンキーにヘビ柄・ドクロ模様でカスタマイズした彼女に訊いたところで参考になりはしない。

 俺は極普通の一般女子の好みが知りたいのだ。


「すいません。私も流行りとかは疎い方で」

「じゃあ一ノ瀬さんはどんな柄のスマホ使ってるの?」

「私は......これです」


 ポケットにもぞもぞと手を入れ、画面側を自分に向けて控えめに印籠を出すように見せた。

 鷲掴みにした澄んだライトブルーの端末と比べ、一ノ瀬さんの手はなんと小さいことか。


「うん。一ノ瀬さんらしい色だね」

「私らしい?」

「何て言うか一ノ瀬さん、見てて安心感があるんだよね。入社して二ヶ月だからまだまだ経験も知識も不足な部分はあるけど」


 一ノ瀬さんは今年、都内の高校を卒業したばかりの18歳。

 鈍くさそうに見えるが仕事は着実に覚えてくれている。

 何でウチみたいなレトロゲーム屋と言う名の古物取り扱い店にこんな可愛い子が? メイド喫茶ならもっといい時給で雇ってくれますよ? 等と穿うがった目で見てしまった面接時の自分が恥ずかしい。


「フロアに居てくれるだけで空気が和むんだ。実際、一ノ瀬さんが来るまで下の階の連中はちょっとしたいざこざが多かったんだけど、今はかなり落ち着いてるし」

「そうなんですか? 皆さん、とても優しい方たちばかりで助かっています」


 違うんです。

 彼奴あいつら、一ノ瀬さんに惚れてるからなんです。

 良い格好したい魂胆丸出しの、哀れでみっともない汚れた野獣どもなんです。

 

「てんちょー、セクハラはその辺にして私の一ノっちゃん返してくださいよー」

「いや誰のもんでもないだろ。あと断じてセクハラじゃない。失敬な」

「私、本体系の動作チェックしますね」

「よろー」


 絶賛買い取り作業中の有坂さんが眉を寄せてやってくるや、一ノ瀬さんは背を向け仕事に戻ろうとする。


「――もしも誰かへの贈り物でしたら、その人のイメージカラーに合った色の物を贈ってみたら良いと思います」 


 戻り際、振り向いた一ノ瀬さんはそう告げお辞儀をした。

 イメージカラーか.......。

 贈る相手の顔を頭の中に思い浮かべながら、再び弁当へとかぶりつく。うん、冷めても美味い。

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