第7話 二人での初投稿

「おはよう」

「おはよう」


 そう言いながら俺たちは学校まで歩き出した。これが二人にとっての初のカップルでの登校であり、ゆえに俺はとても緊張している。彼女との登校なんて経験したことがないから当たり前だと思う。


「そういえば寛人さんは大丈夫だったのですか?」

「何が?」

「いつも二人で登校されてるから」

「ああ、今日は用事があるからと言ってごまかしておいた、今頃あいつは俺が今頃荷物運びしてると思ってると思う」


 勘のいいあいつのことだからもしかしたら気づいてるかもしれないが。


「そうですか、なぜ本当のことを言わないのですか」

「驚かすためだよ、今まで女っ気がなかった親友が突然彼女連れてきたら驚くだろうなって思って。てか莉奈はそういう友達いないのか?」

「私はあんまり友達いないし、優斗君みたいにあまり人と話すタイプでもないし」


 やっぱり友達はあまりいないのか。それにしては昨日積極的だったな。いつもあれぐらい積極的だったら友達の一人や二人出来ると思うのだが。


「俺も話すの寛人ぐらいだけどな、主に話すの」

「私はそもそも人と話すことがほとんどないので」


 莉奈は少し悲しそうな顔をする。その顔を見て俺は心なしか慰めたくなる。俺は数年前の経験があるから、友達がいない悲しみは理解できるのだ。


「そりゃ見てたらわかるよ、でも今日からは一人じゃないだろ、だからそんな悲しそうな顔をすんな」

「ありがとう優斗君」


 そう、今日から二人での新しい毎日が始まるのだ。



「ん?そういえば今更だけど変わった?」

「何かですか?」

「優斗さんから優斗君に」


 今気づいたのだが、呼び方が変わっている。


「ああ、昨日考えたんですよ。呼び方変えようって」

「俺が昨日呼び捨てにしていいんだぞと言ったからか?」

「はい! 呼び捨ては無理でも君付けにしようかなって」

「そうか」

「そういや昨日は妹がすまんな、あいつうるさいだろ」

「そうは思いませんでしたけど」

「まああいつは馬鹿だから、そう思っても構わないんだぞ」


 俺はそう言いながら、車が来たのに気づいて少し壁の方による。


「でも、私小さい子好きだし」

「そうか、でもあいつは他の子とは別と考えた方がいいと思うぞ、わがままだし」

「いいよ、そのほうがかわいいし」

「今日の夜に現実を思い知るがいいよ」

「そんなにわがままなの!?」

「おうわがままだぞ、世界一のな」

「そうなんだ」


 実際あいつには本当に困っている。あいつが泣くたびに俺たちが慰めなければならないし、そもそもあいつはしょうもないことですぐに泣くのだ。おもちゃ買ってほしいだとか、かまってくれないだとか、そういうくだらないことでだ。


 会話が途切れ、そのまま二人で無言で進んでいく。まるで昨日あんなに話していたのが嘘のようだ。しかし、当たり前だろう。なにしろ昨日付き合ったばっかりなのだ。


 しかし、本当気まずい。俺はどうにかしてこの状況を打破しなければならない。しかし、俺も彼女がいた経験など全くないし、友達も今は寛人と彰人ぐらいしかいないので、本当に会話を作るのに何をしたらいいのかわからない。本当に陽キャにコツを教えてほしい。


「しかし、不思議ですね」


 莉奈が口を開いた。


「何がだ?」

「なんかこういう経験初めてで、何をしたらいいのかわからないです」

「そうか、俺もわからん」

「え?優斗君もですか」

「ああ」

「なんでですか?」

「なんでって、俺が彼女いない歴十六年だったからだろ」

「いやそれは知っていますけど」

「なら何がなんだ?」

「優斗君って友達いますし、会話するの得意じゃないんですか?」

「どこを見てそう思うんだよ、俺なんて会話下手だよ」


 もし会話上手だったら中学の時あんなことにはなってないだろうし。


「そうなんですか?」

「当たり前だろ、会話がうまかったらもっと友達いるだろ」


 まあ友達欲しいわけではないけれど。いっぱいいたら面倒くさいだろうし。


「まあそうですけど」

「そういう莉奈こそどうなんだよ」

「私に友達がいるように見えますか?」

「いや、実はいるかもしれないだろ」

「さっき言いましたよね、友達いないって」

「そうだったなすまん」


 そういえば言っていたな。悪いことをした。


「傷つくんですからね」

「ごめん」

「まあでも今日から学校でぼっちになることはありませんから」

「それは俺がいるからか?」

「違います」

「は?」


 すぐさまそう言った。意味が分からない。付き合った意外に何か変わったことがあったかな。


「冗談です」

「おい」


 冗談だった。本当面倒くさい冗談だ。


「それは置いといて、優斗君もこれからは彼女いるって言っていきってもいいですからね」

「告ったほうが言うなよ」


 それは俺のセリフだと思う。


「別にいいじゃないですか、優斗君も私の勇気にもうちょっと感謝してください」

「そういうものなのかな」

「そういうものです」


 そう言って莉奈は胸を張る。俺は納得したふりをしたが、莉奈の言い分にどうしても納得がいかない。しかし、莉奈に何か言ってもおそらく面倒くさいだけである。


「そういえば今まで誰かと登校することってあったのか?」


 俺はふと思いついて聞く。高校の時はなくても小学、中学の時にはあったかもしれない。いくら友達がいないとは言っていたといえ、流石にずっとボッチはないだろう。たぶん。


「あるわけないじゃないですか、私を何だと思ってます?」

「勇気の塊」


 俺は秒でそう答えた。


「え?」

「だって今までの感じを見ていてそうとしか思えないから」


 一見見るとただのボッチだが、本当の莉奈は勇気の塊だと思う。それは俺に対してきわどい発言をしていることからもわかる。まあ俺も結構きわどい発言はしていると思うが。


「私としては今のは臆病者と言ってほしかったんですが」

「どう見たら臆病者に見えるんだよ、めっちゃ積極的だったじゃねえか」

「優斗君に対してだけですよ、それは」

「どういう意味だよ」

「人は必要な時にしか勇気を出さないものでしょう」

「つまり、俺との時にだけ勇気を出すということか?」

「はいそうです」

「意味が分からねえ」


 中二病なのか? 俺にはわからないが、必要な時にしか勇気を出さないというのは、俺以外に友達が欲しくないということなのか?


「意味が分からないってどういうことですか」

「そのままの意味に決まってるだろ、友達欲しいわけではないっていうことか?」

「友達は欲しいですよ、私だって好きでボッチなわけじゃないんですから」

「ならなぜ本気を出さないんだ?」

「そ、それは面倒くさいからです」


 莉奈は若干言い訳みたいな返事をする。


「おい、俺に対しては面倒くさくないのかよ」

「優斗君は好きな相手だからです」

「つまり俺の前と別の人の前では態度が変わるということか?」

「そうです」

「俺といる莉奈が本当の莉奈という解釈でいいのか?」

「まあ、いいと思います」

「わかった」

「ところで、その、手を繋いでもいいですか、嫌だったらいいんですけど」


 莉奈が少し恥ずかしそうに聞く。


「いいよ、別にそんな言わなくても勝手に繋いでも」

「ありがとうございます」


 そう言って莉奈は俺の手を握る。今までに感じたことがないような不思議な気持ちだ、母さんと手をつなぐのとも違う、由衣と手をつなぐのとも違うのだ。莉奈の手が冷たくて暖かい、暖かくて冷たい、独特な感じだ。彼女の手を握るってこういうことなんだと深く感じられる。


「なんか手を繋ぐの恥ずかしいですね」


 感慨に浸っていたら莉奈が言葉を発した。


「繋いでみたら嫌だったのか?」

「いや、嬉しいです。周りの人はカップルだと思ってるでしょうね」

「いや、カップルだろ」

「そうなんだけど、でもやっぱり実感が湧かないです」

「今はそれでいいさ、俺も実感湧かないんだから」


 周りの人がちらちらとこちらを見てくるような気がして俺も少し恥ずかしくなった。これで、俺は今ようやく付き合い始めたという実感を得たのかもしれない。

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