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暫く二人で考え込んだが、現状それらしい答えが出ない。取り敢えずこの二枚をチャック付きビニール袋に入れて回収し、室内の調査を行う事にした。
他に犯人に直接繋がるような手掛かりは発見できなかったが、手掛かり自体が全く無かったという訳ではない。
カーテンを全開にした後、サッシの部分を確認した時だ。
「ここ、埃がほぼ無い。ここのサッシの埃だけ拭き取られたように無くなっています」
「ほんとだ。別の場所にはそこそこ埃があるのに、ここだけ妙に綺麗だ」
指先で軽くなぞってみると違いがよくわかった。
「私が思うに、ここから犯人は外へ出たと思います」
「えっ? どういうこと?」
小さな両眼を見開いたルナアリスに煌月はその理由を説明する。
「甲斐さんと村上さんは、恐らく窓の外から矢を撃ち込まれたからです。後で調査に行きますが、その二人の死体の位置と矢が刺さった角度から考えるとですね。そういう状況だと考えられるんです。
甲斐さんと村上さんはどちらも仰向けで、死体を正面から見た時左方向から撃ち込まれていました。ベッドの位置と枕の位置から考えると、窓側に左半身が向く位置だった。窓の外から矢が飛んで来ないとこのような角度で刺さることはありません。死体を動かした形跡がない事から、殺害後にわざわざベッドに寝かせたとは考えられません」
「そうなの? 凄い、本格的に調べていないのにそういう事が分かるんだ」
賞賛の声と共に目を輝かせるルナアリスに、煌月は最早不愛想レベルの表情で頷く。
「窓から外に出ようとした時、高さ的にここに足をかける部分です。出入りした後犯人が痕跡を消す為に拭き取ったのでしょう。他の部屋は指でなぞれば線ができるくらいに埃が溜まっていたので、明らかに不自然です」
「足跡とかの証拠を消そうとして逆に証拠になったパターンだね」
「そうです。次に考える事はこの窓の開け方ですね。他の部屋と同じように左側だけ五、六センチ程開くようですが、ここから人が出入りした以上開け方がある筈です」
窓の周囲に煌月の鋭い視線が走る。
「これに関しては見当がついています。ここの右側の窓は他の部屋のと違って蝶番があるので、嵌め殺しではありません。必ず室内側に開かないようにしている仕組みがあって、それを操作すれば開く筈です」
上から下へと視線を走らせて仕組みを探す。その視線がある一点で止まった。
右側の窓枠のやや壁に近い所にボルトを発見した。頭が上を向いていてマイナスドライバーで回すタイプの物だ。
「これですね、ストッパーだ。これを外すと開く筈です。埃が取れた形跡がありますのでこれで間違いないでしょう。ちょっと開けてみます」
「でもこれ、工具がないとダメなんじゃないの?」
ルナアリスの指摘に煌月は表情を変えずに、懐から財布を取り出した。
「この大きさなら多分十円玉一枚で事足りますよ」
テーブルの上の十円玉には目もくれずに、自分の財布から十円玉を一枚取り出した。それをボルトの頭の溝に入れる。サイズはほぼ同じで捻ればそのままボルトは抵抗なく回った。
「工具は必要ないでしょう?」
「うん。流石は名探偵!」
ルナアリスは自分の事のように喜んでいる。
ボルトを外すと窓はあっさりと開いた。全開にすれば大人でも外に出ることが出来るくらいの大きさだ。
「木村さんを殺害した後でここから外に出る。何らかの方法で十五番と十四番の部屋の窓まで移動。外側から窓を開けて攻撃し、甲斐さんと村上さんを殺害。その後はこの部屋に戻り、証拠品を谷底に投げ捨てて廃棄。ボルトで窓を再度固定する。
全ての犯行を終えてドアから廊下に出た後、外側からドアのシリンダー錠とスライド錠を施錠する。これで犯行は終了です」
写真を撮りながら推理を示す。ルナアリスは頷きながらも指先で唇を叩いている。
「そうか、ここが証拠品の処分場所でもあったんだね。えーっと……ということは。窓の外を移動する方法と施錠されたドア、それと木村さんが残したダイイングメッセージ。この三つがこの部屋の謎だね」
煌月は一度頷くと開け放たれた窓の外に身を乗り出した。その先には落ちれば即死間違い無しの深い谷。遥か向こうの木々と雲一つ無い青い空。それと何も無い白い外壁。
「窓の外を移動した方法に関しては見当がついているんです。足場を作ればいいわけですからね」
一見すると足場も無ければ手や足を掛けられるような部分も無い。
スマホの動画撮影モードを起動させると上半身だけ外に出し、手を伸ばしてスマホで窓の上部を撮影する。雨が屋根の上に溜まらないようにする為の傾斜へとレンズを向ける。
ゆっくりと動かしながら室内からは完全に死角になっている部分を撮影し、撮影終了の音が鳴ると腕を引っ込めた。
「さてどうだろう」と撮影したばかりの動画を再生する。背の低いルナアリスにも見えるように煌月はしゃがみ、彼女は画面が見やすい位置へと空気が流れるように移動。
「……ありました。屋根の上、室内からは完全に死角になっているこの位置」
一時停止し拡大。映っていたのは間を開けて設置されている、フックに似た形状の金具が二本。腕と身長の長い煌月だからこそ見つけられたであろう位置だ。
「これが外から攻撃できたトリックですよ」
ルナアリスは唇を人差し指で三回叩いた。
「分かった! 多分十四番と十五番の部屋の外にもこの金具があると思う。板状の物にロープを輪っかになるように括りつけて、それを金具に引っ掛ける。そうすれば壁面を移動できる足場が出来るよ。犯行後はナイフ等の刃物で一カ所切断すれば、谷底に落ちて証拠は処分できる。勿論刃物も一緒に投げ捨てればいい」
ルナアリスが自慢気に披露した推理に煌月は表情を変えないまま、
「そうですね。この金具を使って足場を作ったとみて間違いないでしょう」
「でしょう。……あれ? でも待って……」
ルナアリスは小さな頭を傾けた。
「室内から窓の外を見た時に足場が見つかっちゃうかも……」
煌月は十五秒程考えた後、
「足場の位置が低めになるようにロープを長くすれば、見つからないように出来るかもしれません。他の窓が数センチしか開かないので顔を外に出せないですし」
「そうか、死角になる位置があるね」
納得して首を縦に振る彼女を無表情のまま煌月は見ている。
「次の調査に行きましょうか。ここも密室だったのでドアを調べましょう」
ドアまで移動する煌月をルナアリスは同意して追いかける。
「ここも補助錠が掛かっていた状態だったようです」
破損したコの字の金具は、一カ所だけが辛うじて壁にくっついたままだった。
そこから先の言葉は無く、静寂が室内を満たす中で二人はドアとその周辺を調べ始める。
結局ドア自体は他の部屋と同じ構造であり、糸を通す隙間すらないことが判明した。
「難問だね。不可能に思えてくるよ」
「ですが人間ががやった以上方法が存在するのは間違いありません」
犯人が中に入っていないという事は有り得ない。この密室の番人を動かした方法が、必ず存在している。
「考えても答えは出ないですし、ここは後にして隣の十五番に行きましょうか」
「オッケィ、次も収穫があるといいね」
「ですね。全く進んでいないという事はありませんが、一筋縄ではいかない事件なのは間違いありません」
この部屋の鍵も室内にあった。煌月は先程と同様に回収し、本物かどうか確認した。確かにこの十六番の部屋の鍵だ。
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