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煌月は暫くその場に留まってホール内の様子を窺った。厨房から料理を運ぶ者も出始めたが、煌月が気にしているのは他の参加者の動きではなくホールそのものだ。
窓の一つも無い閉鎖的な空間。脱出ゲームの演出なら、確かに閉じ込められたと感じるような会場をセッティングしたと納得できる。だがここにもカメラの類が見当たらない。
ゲームマスターは主催者だろうが、賞金を出すと言っている訳だしゲームの進捗状況は気になるだろう。外から内部を確認出来る手段としてカメラが必要な筈だ。それなのに設置してないというのは不自然だ。雑な演出だったことも合わせると、このゲームは何かおかしい気がする。
何度か考え直してみたが納得がいく自然な形にならない。不信感がじわじわと膨らんでいく。
「客室の鍵が入っているのはその箱か?」
考え込んでいた煌月の背後から鷲尾が声を掛けた。
「あ、そうです。部屋割りは決まってないみたいなので、各々適当に取っていってます」「ふーん、そうか」
鷲尾は左手で箱を引き寄せ、中を覗いた後に右手を入れた。
「何だ? 普通の鍵じゃないな。こんなの見たことねぇぞ」
取り出した鍵を見て目を見開いた。
「ウォード錠というらしいです。確かに一般的な鍵ではありませんよね」
「ふーん、まぁちゃんと使えるなら何でもいいけどな」
鷲尾は階段の方へ歩いて行ったが、煌月はすぐに呼び止めた。
「鷲尾さん背中にゴミが付いてますよ。多分さっきの謎解きでくす玉を開けた時の紙吹雪です」
「えっ、あ……」
煌月に対して半身になった鷲尾は左手で自分の背中を引っ掻くように触れる。運良く引っ掛かって取れた。
「取れたみたいです」
「すまんね」
軽く手を振ってから階段を上っていく鷲尾を見送った直後、今度は村橋と氷川がやってきた。
「さっきからずっと立ってるみたいだけど疲れない?」
「まだ余裕がありますので大丈夫です」
「あらそう? 何か考え事してるみたいだけど?」
村橋は値踏みするように煌月の顔を見ている。
「ええ、この城は何かおかしい気がしまして。色々考えていました」
「そうですね。ちょっと息苦しいような気がします」と氷川は少し不安そうな表情。
「おかしいというか不便よね。厨房に行ったけど食事はセルフみたいだし。高級ホテルとまでは言わないけど、もっと気を利かせてほしいわ」
村橋以外にも、態度や口に出さないだけで内心良く思っていない参加者は他にもいるだろう。
「私はまだ見ていませんが客室は案外良いかもしれないですよ」
煌月は客室の鍵が入った箱を指差した。
「上の客室の鍵が入っています。部屋割りは決まっていないので、他の方は適当に取っていますよ」
「あらそう? じゃあアタシも」
村橋が上半身を傾けながら箱に手を入れた。煽情的な胸の谷間がより強調される絶妙な角度だ。ちなみに煌月からは、身長が高すぎて逆に胸元が頭部の死角になって見えない。
箱から出てきた鍵は、紺色のマニュキュアが塗られた指先に摘ままれている。
「あら? 珍しい鍵ですね」
村橋の手にある鍵を氷川は横から覗き込む。
「中々見ないですよね。ウォード錠というらしいです」
「へぇ~、城には特別な鍵って事かしらね」
村橋も興味深そうに鍵を眺めている。今度は氷川が箱に手を入れて鍵を取り出した。白くて細い指先が無骨な鍵を掴んでいる。
「早速客室に行ってみますか。豪華な部屋だと信じてね」
村橋は目を細めて煌月に微笑んでから、踵を返して階段へと歩き出した。氷川も村橋の後を追う。
「ん? 氷川さんちょっと。右耳のイヤリングが無いようですが、何処かに落としたのではないですか?」
氷川の左耳にだけ五センチ程のロザリオのイヤリングが揺れている。ロングヘアーだと大きさ的に隠れがちで、正面からじゃないとちょっと見えにくい。髪が流れたことで一瞬だけ煌月の目に映った。
「いえ、これはわざと片耳だけに着けているのですよ」
「へぇイヤリングは両耳に着けるものだと思い込んでいました」
「こういう飾り方もあるということです。お気遣いありがとうございます」
氷川は左耳に流れる黒髪を左手で掻き上げてイヤリングを見せる。その仕草は、異性をどこかに引き込むように錯覚させる。
「片方だけのイヤリングか」
次は男子高校生組が鍵を取りに来た。
「そうだ、掴んだ鍵の番号が偶数か奇数か当てるゲームをしようぜ」
北野の提案に他の二人が乗った。ゲームとなれば手を抜かないのか、三人とも表情は真面目で真剣だ。
「三人とも仲がいいですね」と煌月が話しかけると、
「そりゃあ拙達は歳も同じですし戦友ですし」
「俺達は馬が合うんだよな~」
佐倉と甲斐は笑っていた。彼等だけの絆があるようだ。
「そうだ五鶴神さん。中に残っている番号って分かります?」
「いやそれは反則だろうリョウ」
北野は苦笑いだ。
「私は番号を見ていた訳じゃないので聞かれても分かりませんよ」
「そうなんですか。目論見が外れてしまった」
何番の鍵が残っているかも分からない以上ただの運試し。それが逆に良いのか、彼等は楽しそうに箱に手を入れていく。結局誰も当たらなかったが、愉快そうに笑ってそれぞれの部屋に向かって行った。彼等は女子高生組と違って、隣同士の部屋にならなくても全く気にしないようだ。
楽しそうに客室へ向かう三人組を見送るように立っている煌月の元に、ツインテールとリボンを揺らすルナアリスがやってきた。
「私も鍵を貰うね」
彼女はテーブルに乗り出すようにして小さな手を箱に入れた。手が小さいからか、元々大きめの鍵がもっと大きく見える。翡翠のような瞳で手の中の鍵を眺める。
「随分と立派な鍵だねぇ。煌月さんは何番の鍵だったの?」
「そういえばまだ取っていなかった。私が最後ですね」
箱を覗き込むと最後まで残った一本が横たわっていた。
「残り物には福がある。……いや部屋割りに当たりも外れも無いでしょうが」
元々煌月は一般的な成人男性よりも手が大きいが、鍵は掌からはみ出している。
「五番ですね」
タグには五番、鍵にはエーデルワイスが描かれている。
「五番かぁ。私はねぇラッキーセブンだよ。桜の花がキレイなの」
背伸びをして、天に掲げるようなルナアリス。その小さい手には七番のタグが付いていて、鮮やかなピンク色の桜が描かれた鍵があった。
「二つ隣ですかね」
「多分そうだよ。そうだお腹空いたよねぇ。一緒に何か食べない?」
見下ろした先にいる小さな少女は無邪気に笑っている。
「それならウチも混ぜてよ。ちなみにウチの部屋は一番奥の十六番だからさ、食べ終わった後が暇だったら遊びに来てよ」
木村が左手の鍵を小さく振って見せながら二人に近づいてきた。荷物を部屋に置いてきたようで足取りは軽い。
「そうですね、何か食べましょう。料理人が居る気配が無いので、豪華な夕食にはありつけそうにないですけどね」
煌月は鍵が入っていた箱の蓋を丁寧に閉じた。そして五番の鍵をもう一度見遣る。
エーデルワイス。花言葉は日本だと勇気、英語だと大胆不敵だったか。
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