一反木綿

「おれじゃないおれをくびにまいているきぶんはどうだ」


ぬるぅりと背後からあすなろ抱きされ、叫ばなかった俺偉い。


「きゅ、急に出てきてそんな事言われても困るっ」


「おれじゃないおれにかおをうずめて、まんぞくか?」


「埋めてねぇし!てか出掛ける時に居ない方が悪くね?」


「…ぐす…」


「あ、あ、泣くなよ…ほら…外すから、ほら、な?」


一反木綿がくれたショールを急いで外す。

くれた物をつけたのに泣かれるとか謎すぎるけど、泣かれたくないからほらなんにも巻いて無いよってアピール。

一反木綿がじっと俺の首を見つめる。

もっさりとした黒髪の隙間から覗く瞳はかなり切れ長。

怒ってるのか、と思う程目付きが鋭い。

本人はそれを気にしているっぽい。

俺は結構好き。

小さな黒目が俺だけ見てるとか、なんか嬉しいのだ。


「おれだけまけ」


そうして右手が俺の首を守る様に包み込む。

後ろから背高の男に抱き締められ、手は首。

旗から見るとやばい瞬間。

俺からすると超幸せな時間。

公園の暗がりでよかった。

ただの恋人同士のいちゃいちゃなので、擦れ違うひと通報すんなよ。


「じゃあ出掛ける時も家に居てくれよ」


「…」


「風来坊が文句言うな」


「…ぐす…」


「泣くなよぉ」


だって、とぎゅうって包み込まれる。

一反木綿はデカいから、こうやって抱き締められたら、身体全部包み込まれる感覚に襲われるのだ。

ついでに手もデカくてペラいから、本当に首に布を巻いている感じになるのだ。

まぁ妖怪一反木綿だもんな。

包み込めて正解で、包み込むのが本能なんだろう。

ついでに風来坊な気質も。


「…帰ろっか」


風に吹かれて気の向くまま、何処かへ行って何処かに去る。

一反木綿はそういう性格だ。

だけど必ず俺の元に帰って来てくれるから。

今日も帰って来てくれたから。

身を任せ、帰ろって、素直に言えた。


「…うん…かえる、おまえのいえにかえる」


俺のそんな言葉を待っていたかのように、一反木綿が笑顔を浮かべた。

真黒な歯が見えた。

カっと顔が熱くなってしまう。


「ちょ、こっち」


「ん?」


くっついたまま木陰に向かう。

一反木綿は大人しくついてきてくれる。

今はまだ分かって無い。

でも大丈夫。

どうせ、上目遣いで見つめたら。

そんな俺をじっと見つめてから、ゆっくり察して、キスしてくれるから。

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