魔術と才能Ⅱ

 しばらくするとベネディクトゥスの放った魔術は込められた魔力を使い果たし、ゆっくりと消滅していく。その様子をエーテスとベネディクトゥスは何もせず、ただじっと火柱が消えていくのを眺めている。

 二人の顔に張り付いている感情は両極端であった。歓喜と畏怖、初めて魔術を使えたことに対する興奮とよくわからないが自身が魔力を見ることができる優越感、反対に自身よりもはるかに強力な魔術を使われたことに対する失意の念。それでもエーテスはすぐに持ち直した。彼はすでに魔術と言う分野で自身が才能に優れているだけだということを知っている。ただ四大属性に適性があると言っても火属性以外の三属性は中級が何とか使える程度でしかない。そして火属性に関しても上級がせいぜいだ。その上に存在する最上級、超級にはどうやっても到達できない程度の才。しかし、それでも彼は才能があった。それは他社が己よりも優れていることを理解し、称賛できる心。そして何より天性の権力者なり得るものを見つけることのできる嗅覚を持つ。その才能を自覚しているからこそ、彼は特技として魔術を上げるが、それがすべてではないことを知っているのだ。

 初めての魔術に満足したベネディクトゥスはホクホク顔でエーテスのほうに振り向く。 


「どうでした?ぼくのまじゅつは」

「…‥‥素晴らしいの一言です。ええ、最初からあれほど巨大な火柱が上がるのは才能と言って間違いないでしょう」

「さいのう‥‥‥たしかにさいのうですね。ただまじゅつにかんしてかはぎもんですが」

「どういうことです。ベネディクトゥス様の魔力制御は長年鍛錬した者と同等の精度。それが才能以外のなんだというのですッ!」


 エーテスの言葉に熱意が乗る。

 彼はすでにベネディクトゥスを自身の主として据え、その実力を把握し、成長させるためのカリキュラムを作ることを念頭に置いている。ゆえに、彼は適正属性から魔力操作、魔力量まで把握しようとしているのだ。

 彼の熱量に引きながらもベネディクトゥスは何とか自分の考えを述べる。


「たしかにぼくのまじゅつはだいせいこうといってもいいくらいにまざりあっていました。しかし、ぼくにはそれはかんたんなものだったんだです」

「だからそれが才能だとっ‥‥‥いや、何かあの魔術の精度に秘密があるのですね?」


 感情を排除し、こちらに質問するエーテスの様子に鷹揚に頭を縦に振る。

 聡明なエーテスの株がベネディクトゥスの中で上がり続けている。


「その通りです。エーテスさんの言った通り、僕には通常の人とは違うものを有しています」

「それは、どんなものでしょうか?」

「それは‥‥‥まりょくをにんしきしていることです」

「!?」


 ベネディクトゥスの異常性にエーテスも息をのみ、瞳を大きく見開いている。

 それは通常ありえないことだからだ。魔力とは目に見えない不可思議な力で、魔術を使用した後で初めて魔力を視認することができるのだ。それも事象としてみることができるだけで厳格には魔力を見ているとは言えない。それがこの世界の常識で、それ以外に魔力を見ることなど普通ありえないのだ。

 そんな当たり前を当然ベネディクトゥスも理解しているだろう。それでもベネディクトゥスは魔力を認識・・していると言った。つまり、彼は魔術を使う前段階で魔力が見えているとエーテスも理解したのだ。

 さすがにそんな状態にエーテスも同様したが、すぐにベネディクトゥスが魔力を見える理由を探り当てた。


「そ、それは多分特異体質による影響でしょう!」

「とくいたいしつですか‥‥‥?」

「はい。‥‥‥どうかいたしましたか?」


 特異体質という言葉にベネディクトゥスは忌避感を抱いた。元々日本で暮らしていたベネディクトゥスにとって特異体質とはあまりいいことで使われるものではなかったからだ。その為少しだけだが顔を顰めてしまった。

 それはエーテスにも見られたがそのまま話を進めた。


「いえ。それでとくいたいしつとはどのようなものなのです?」

「はい。特異体質とは魔力を多く持つモノの中にごく稀が発現する特殊な体質のことです。

 現在まで確認されている特異体質は【魔力を感じる触覚】【瞬間的な記憶】【動体視力の強化】【地獄耳】【未来予知】そして【魔眼】上げられます。特に魔眼は数が多く魔術一歩手前の物からただ目がいい物まで様々です。今回ベネディクトゥスの発現している特異体質も魔眼に該当します」


「それだと【まりょくをかんじるしょっかく魔力を感じる触覚】もかのうせいとしてあるとおもうのですが?」

「いえ、それはただ感じるだけであり、識別することはできない物らしく、今回のベネディクトゥスの魔力を識別‥‥‥すなわち属性すらわかることはありえません」


 なるほどとエーテスの知識量に感心しながらベネディクトゥスは頭を振る。執事では研究職についても大成しただろうと思ってしまうほど魔力、魔術について知っていると言える。あのゴリ押し適正属性テストも彼は疑問に思いながらそれ以外に探り様がないため、それを使用しているのだろうと考えを改められる。


「そ、それでベネディクトゥス様には今どのように私、若しくはご自身が見えているのですか?」

「え、あ、そうですね。みえかたはからだのまわりにいろのついたもやのようななにかがただよっているのです。それがまじゅつをはつどうするときになるとはつどうするぞくせいにあわせいろがつよくなるのです」

「なるほど。‥‥‥では私が今から発動する初級魔術を当てていただきましょう」


 言うが早いか、エーテスは魔術の行使を開始する。ベネディクトゥスの視点ではエーテスの周りの黄色の魔力が強くなり、他の色が薄くなり始めた。

 それを見てベネディクトゥスは確信する。


「つちぞくせいのまじゅつをつかおうとしていますね」

「っ!?正解、です。これで貴方様の持つ特異体質は決定したでしょう。種類は魔眼。識別名として【魔力視】です」

「【まりょくし魔力視】のまがん‥‥‥いいですね。気に入りました」


 主が自身の名付けた識別名に納得がいってもらい気分がいいエーテスはすぐにその気持ちを静め、一度咳ばらいをして次の話題に移行する。


「では次、というより本来はこっちが四大属性の適性の後にやろうとしていたことなのですが、少々アクシデントあり、今日最後の項目となります」

「それはもうしわけありませんね‥‥‥」

「い、いえいえ!嫌味ではありません。むしろ滅多に表れない特異体質の所有者に会い、その効果を目の当たりにしたのです。私は幸運なものです。

 では、次は相反属性の適性を調べます。と言っても今回は先ほどの四大属性なんかよりも複雑で、なおかつ判別が難しいものです」

「どうやってはんだんするのですか?そうはんぞくせいはぞくせいとしてかたちにあらわれることはほとんどないときいていますが?」

「然り。そこで相反属性を有しているかを調べるためにはこの花を使います」

「それはっ?!」


 エーテスが出したのは半透明な花びらを星のように咲かせている花であった。それだけならただ綺麗な花でしかないが、その花は花びらから白い光のような何かを常に落としながら、淡く輝いている。

 それはベネディクトゥスもよく知っている花であった。なにせ前世ではそれにお世話になったのだから。


「これは魔素花。魔力を元にして育つことが理由として付けられた名前です。王国では女性へのプレゼントとして人気で花びらが透明なものほど良質な魔力で育ったことを意味します。魔力の属性によって色が変わりそれに従って花言葉が変わる。通称世界で最も花言葉が多い花です」

「はい。しっています。ですが、それほんとうにかんしょうようでしかないただきれいなはなだったはずですが‥‥‥?」

「その通りです。しかし、一般的には知られていないことですが、魔力について学んでいる人は知っていることですが、属性にはある程度方向性というものが存在します」

「ほうこうせい?」

「はい。例えば火属性は増幅。水属性は減衰。土属性は固定。風属性は変化など単一ではあまり考える必要のないものですが、これは魔術に気にしなくとも現れるのです」

「‥‥‥なるほど。つまり、まじゅつをしようするときにほうこうせいをしっていればよりこうりつてきにまじゅつをこうしできるということですね」

「ご明察です。そして相反属性は四大属性とは異なり特殊な方向性を持っております。

 光属性は放出、そして祝福。対して闇属性は吸収と呪詛」


 そこで一度ベネディクトゥスは今手に入れた情報と前世で手に入れた情報を照らし合わせてみることにした。


(魔素花は確かにイベントの時の好感度上げで渡すことがあったからわかる。色も数種類あったことも確認しているがフレーバーテキストまでは確認してなかったからわからねー。いや、それはまあいいか。それよりも重要なのが魔力で育つということだ。つまり、魔力をため込んでいるということ。それなら俺の考えていた訓練に使えるかもしれない!あー、俺はやっぱり運を味方につけているな。ついてるぜ!)

「ふふふ。なるほど。それでぼくはなにをそのまそはなにすればいいのですか?」

「(何か楽しそうだな?)ええ、まずこの二つの属性の気持ちを乗せて魔素花に魔力を浴びせるのです。これでベネディクトゥス様に適性があれば、簡単に効果が出るはずです。まずは光属性からお願いします」


 ベネディクトゥスは言われた通りに魔素花に魔力を浴びせる。この時ベネディクトゥスは茶番だと若干白けた気持ちを抱いているが、それを見せることはない。

 エーテスは魔力視の魔眼で見れる魔力は一度認識したものでないと仮定しているのでベネディクトゥスが一度も見せたことのない闇属性を認識しているなどわかるはずがないのだ。そして聞かれないことをいいことにベネディクトゥスはエーテスから知識を絞り取ることを目的としているために純情で興味津々な様子を多少演技している。実際彼の知識は面白いものが多いため素で感心しているところはあるが、それでも自分で理解しているところを教えられることほどめんどくさいものはない。

 ベネディクトゥスは光属性の適性がないことはわかっているので適当に魔力を魔素花にぶつけた。当然何も起こらない。


「ふむ。光属性は適正なし、か。では次は闇属性をお願いします。軽く魔素花にだけ当てるようお願いします」

「わかりました」


 ベネディクトゥスは言われた通りに魔素花にだけ闇属性の魔力を当てた。すると効果はすぐに表れた。魔力に当たった魔素花は異常な速さで枯れていったのだ。先ほどまできれいに咲いていた半透明の花びらも黒ずみ、雪のように落ちていた魔力も埃のように灰色に変化している。


「かれた?」

「おめでとうございます!ベネディクトゥスは闇属性の適性があるのです。素晴らしい!特異体質に闇属性。そして未だ発現していない特異属性・・・・!これだけあれば貴方様は間違いなく王になれる!このエーテスも貴方に永遠の忠誠を誓うことをここに宣言いたしますッ!!」

「あ、はい‥‥‥」


 唐突な宣言にとりあえずの返事しかできなかったベネディクトゥスは宣言の後に何やら呟いているエーテスを視界に入れ、先ほど彼が言っていた言葉を反芻する。


(特異属性ってなんだ。いや、多分あれだ。攻略キャラの何人かと主人公たちが持ってた特別っぽい属性。大体必殺技の時にしか使うことができなかったけど、あれが特異属性なら俺が持っている理由はなんだ?それに大公爵家と言っても王になることは不可能なはずだ。なのになぜエーテスは俺が王になることができるような言動をするんだ。

 わからない。わからないが、俺はこの世界で生きるための目標なくただ惰性に生きることなどできない。すでに俺は当主にもそして後妻の女にも下に見られた。屈辱だ。あってはならないことだ。たとえ赤い瞳が彼らの蔑みの対象だろうとあいつらよりも俺の方が上であるべきなのだ。馬鹿にされたまま終わっていいはずがない。‥‥‥嗚呼、ならなってやろう。エーテスが、部下が望むのだ。馬鹿にされないために俺は王となろう)


 これ以上、今日は何か知識を得ることは難しいだろう。すでに太陽は沈みかけている。

 気になることは明日以降に聞くことを決め、ベネディクトゥスはエーテスに声をかけ、屋敷へと歩みを進める。

 もしベネディクトゥスの目を見た者がいたならば、顔を蒼白させることだろう。それほどまでに彼の瞳の中には狂気が渦巻いていた。

 ベネディクトゥスの目はまさしく決意を抱いた狂人男の目であった。

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