魔術と才能Ⅰ

ベネディクトゥスが生まれてから三年の月日が流れた。

 その間にベネディクトゥスは洩らしを数回行い、やはりその時に彼自身が見える靄の色が変化した。緑だけでなく他の赤や黒、更には洩らしたにもかかわらず色がなかったりとランダムな変化で洩らしたときにおこる現象も火が出たり、影が大きくなったりするが透明な時は何も起こらなかったりと特定するための不安定要素があり、解決することができなかった。

 それ以外にも体が成長して、自分の足で歩けるようになったことでかなり行動範囲が増えた。前までは階段などが邪魔をしてアルマの助けがなければいけなかった二階や危険ということで行かせてもらえなかった書庫などに行くことができるようになった。

 そして最も大きいのが言葉を話せるようになったことだ。単語での意思疎通ではなく、しっかりと文としての会話ができるようになったことで様々な質問をアルマや他の使用人にすることができるようになった。やはりというべきか、アルマ以外の使用人の態度は取り繕ってはいるが、ベネディクトゥスへの敬意はなく、《エペソス大森林》の最も近い町に問答無用で左遷されられた対象として敵意をもって対応していた。

 ベネディクトゥスは前世でも他人から向けられる視線や感情に敏感だったが、生まれ変わった今は生まれて間もないころからずっと悪感情を向けられ続けていたために自身に向けられる負の感情に対する異常な察知能力を手に入れていた。元来プライドの高い性格であったことが影響しての特徴であったものがより先鋭化されたものであった。

 この状態に通常なら我慢ができないベネディクトゥスもさすがに幼すぎる状態では何もできないと断腸の想いで彼らからの敵意の視線に耐えていた。しかし、決して彼らの視線に諦めたのではない。必ず見返してやるという反骨心を持ち、ベネディクトゥスはこの三年を過ごしてきた。

 それも今日で終わりだ。この館で最も権力のある執事から魔術に対する授業を受けることになる。農民ならもう数年たってから塾のようにボランティアで開いているものに参加するが、大抵は学校に入ってから初めてまともに魔術を学ぶ。しかし貴族、それも上位貴族に属する者たちはできるだけ早くに魔術を学び、他の学問に精を出すことが求められる。貴族にとって魔術とは道具であり、日常生活に必要なだけの物でしかなく、交渉には使うことがないために力を入れる必要がない。それでも農民に馬鹿にされるなどはプライドが許されるわけがないために学校卒業レベルのことを学校に入る前までにできるだけ習得させるのだ。

 執事のことはともかく魔術に触れることができるということでワクワクしているベネディクトゥスとは正反対に執事長の息子であるエーテスは辟易しながら、ベネディクトゥスの部屋に向かっていた。


(なぜ将来有望な僕がこんな片田舎に左遷され、なおかつ本妻の息子だとしても出来損ない紅目に魔術を教えなければならないのか。旦那様の命令だから仕方ないが、それでも僕の出世街道が阻まれたのは事実だ。ベネディクトゥス坊ちゃまに才能があろうと瞳の色が紫でない以上、家を継ぐことは無理だ)


 はぁ‥‥‥と面倒くさいと感じる感情が溜息として漏れる。そんな様子を見ていた周りの使用人たちも眉をひそめるが何か言うことはない。不快に感じるが、彼らもエーテス同様に左遷させられたことに対して不満を抱いているのだ。ゆえに彼の気持ちがわかるために自分が最も不幸な人間と言えるような溜息には不快に感じるが、それと同時に同情するのだ。

 不快な視線を無視しながらエーテスは目的の部屋の前にたどり着いた。見下している対象ではあるが、それでも一応は雇用主の息子。自分より立場上は上の相手の部屋に入るために一度身なりを整えてからドアをノックする。 


「どうぞ」


 すぐに部屋から声がかかる。幼い、されども覇気を感じる声だ。それがベネディクトゥスの声であることにわかったが、瞬時にそれを理解することができなかった。エーテスは彼の声を初めて聞いたことも一つの理由としてあるけれど、ここまでの覇気を持っていることに驚き、硬直したのだ。

 しかしそこはプロ。すぐに再起動し、一声かけてから入室した。


「‥‥‥失礼します」


 中に入室すると真っ先に目に入るのは窓を背にこちらを見ている幼児だった。黄金に近い金色の髪をうなじ辺りで結び、ガーネットのように真紅の瞳はこちらをまっすぐ射貫いている。先ほどまで馬鹿にしていた赤い瞳に畏怖の念を抱いた。彼の瞳には恐ろしいほど強い意志が孕んでおり、誰にも従うことをしない先導者、王としての気迫をその身に宿していることを示していた。

 部屋に入ってから一度も視線を動かさず、体も動かさないエーテスを不思議に思ったベネディクトゥスは首をかしげる。


「なぜとびらのまえにたっているのですか、エーテスしつじちょう」

「はっ!い、いえ。少々窓からの日差しが眩しく、目がくらんでしまっただけなので問題ありません」

「そうですか。まあ、いいです。それよりそとにいどうしましょう。さすがにここでまじゅつをしようするのはきけんですからね」


 ベネディクトゥスの提案に否がないエーテスはそのままドアを開け、先にベネディクトゥスを通す。執事として普通のことだが、先ほどまで下に見ていたものに対して違和感なく行えるのは彼が執事と言う蝕にプライドを持っているからか、それとも認識していない心根の部分ですでに屈服しているのか。実のところ本人であるエーテスにもわからないことであった。もちろんベネディクトゥスはそんな彼の心など理解せず、暢気なものだ。


(ゲームとしては知ってるけど実際に魔術を使うのは慣らし以外だと初めてだ。あれもただ属性付与のような感じだったし、ちゃんとした魔術は今日が初めてかな。いやー!たのしみだ!)


 非常に能天気だった。肉体年齢的には問題ないと言うよりも精神も肉体に引っ張られているところがある。しかし、彼の視線からいら立ちを持っていないということはそういうことである。

 それから数分廊下を歩いてから裏にある庭に出た彼らは早速とばかりに講義を開始した。今は5月で日差しがあったかくなってきて昼に近い時間の今はちょうどいい気温のため温度調節する必要がないためである。


「ん゛ん゛‥‥‥それでは早速魔術の講義を始めましょう。よろしくお願いします、ベネディクトゥス様」

「はい。きょうがくるひをなんにちもまちました。はやくまじゅつをしようしたくワクワクしています!」


 歳以上に敬語を使いこなしていることに疑問を持つが、周りの話し方をまねていると考え、エーテスはそのまま講義を始めた。


「まず魔術とは体内に存在する魔力を使用して様々な属性へと変化させることで使用します。魔力の量は成長とともに増やすことができますが、最初から体内魔力が多いほど成長後の魔力量も増えることになります。すれば当たり前のことですが、使える魔術の回数が増え、強力な魔術を使い続けることができるのです」


 一度ベネディクトゥスが理解しているかを確認し、再び話し始めた。


「そして先ほど言った属性が魔術にとって大切なものです。属性とは四大属性と相反属性の6つが存在し、四大属性は適性はありますが初級と言える生活魔術は誰でも使うことができます。それ以上の魔術は適性がなければ使うことはできません。相反属性は適性がなければ生活魔法など存在しないので使うことはありません。持っている者が珍しいため持っていればそれだけでステータスとなります」


 そこでベネディクトゥスが手を上げる。質問があるということを言外で伝えているのだ。それを確認し、エーテスは頷くことで発言の許可を与える。

 それを確認したベネディクトゥスは元気に口を開く。


「てきせいはどうすればわかるのですか?もっていないてきせいをしるためにいちいちじゅもんをとなえるのですか?」

「ふむ‥‥‥いい意見です。そういう者のために魔道具が存在しています。しかし、今回は簡単な方法で調べましょう」

「それはどういったほうほうなのですか?」


 自身の知恵をひけらかすことができる状況に自尊心を満たし、鼻を大きくして意気揚々と解説を始める。

 さすがにそんな様子にベネディクトゥスも気づいているがそれで機嫌を損ない講義してもらえなくなるのは嫌すぎるために指摘せずに受け流した。


「それは——」

「それは?」

「全属性を混ぜ合わせた魔術を唱え、発動するのです!」

「えぇ‥‥‥」


 あまりの力技に引いたベネディクトゥス。それがゴリ押しであることを理解しながらもそれが合理的であることをエーテスは示す。


「おっと。この方法に無理があると思いましたね。私も最初思いましたとも。しかし、この世界には複合属性と言える二つ以上の属性を混ぜ合わせ生まれる新しい属性があるのです。それを強引に引き起こすことでどの属性が適正化を判断することができます」

「へぇー!!」


 複合魔術とはエーテスが説明したとおりに二つ以上の属性魔術を掛け合わせ新しい属性を生み出す高等技術であり、二つの属性に使用する魔力が均等でなければ複合魔術として発動しない。ごくまれに生まれたときに完全な状態で属性適正が混ぜ合わせになり複合魔術しか操ることができないものなどもいる。それらはいまだに解明されていない不可思議なものだ。魔力、魔術はほとんど解明されていないために仕方のない部分でもある。

 ベネディクトゥスの興味津々な様子に胸を張るエーテスは承認欲求を満たされる快感に任せ、解説を続ける。

 

「かくいう私は四大属性全てに適性を持つテッタレス。その御業をご覧に入れましょう。危険ですから少し離れてごらんください」


 言われた通りにベネディクトゥスはエーテスから離れ、魔術を使用されても安全な位置にまで移動して魔術の発動を観察する。

 エーテスはおもむろに胸ポケットから杖を取り出し、呪文を詠唱する


「『燃えろ、力の象徴よ。湧きあがれ、生の源よ。吹け、命の芽吹きよ。膨れろ、豊かな土地よ。我が身に宿る超常の元素よ。力を示したまえ』」


 呪文を詠唱し終えると同時に彼の前方10メートルほどに魔法陣が出現する。それは赤、青、緑、黄色と色を重ね、全てが重なると魔力が膨れ上がり、魔術を発動する。勢いよく炎が燃え盛り、その周りに爆発が起こり、溶岩のようなものが噴きあがっている。

 ベネディクトゥスがいるところまで熱気が来るほど辺りを熱している魔術を見てベネディクトゥスは呆然とその光景を眺めていた。初めて見たしっかりとしたまじゅつであったことに感動し、魅入っているのだ。

 それから数秒して込められた魔力が尽きたことで魔法陣が消滅する。先ほどまで起こっていた災害のような状況は嘘のようで、魔術を使用する前に戻ったようだった。ベネディクトゥスもエーテスも黙ってしまっているために辺りに静寂が訪れているが、すぐにエーテスが講義を再開する。


「私は四つの中でも火属性がとりわけ強いために使用するときに火を中心に複合魔術が形成されます。先ほどの円柱は火と風の複合属性の《焔属性》。爆発を起こしたのは火と水の《爆発属性》。溶岩のようなものは火と土の《溶属性》です。意図的に火属性を弱めない限り私はこの三つが複合属性として出てきます。‥‥‥さあ、次はベネディクトゥス様の番です。私が行ったような詠唱は必要ありません。思いっきり魔力を使い魔術を使用すれば、自ずと適性の魔術が発動します」


 促されるままにエーテスと位置を交換したベネディクトゥスは、先ほど見た魔術を見て一つ確信したことがある。


(さっきエーテスが魔術を使うとき、彼の周りにあった靄の色が更に強くなった。特に赤色なんて鮮やかすぎるほど強くなって他の色を侵食しながら混ざり合った。俺が洩らしたときの靄と同じ変化だ。つまり俺は魔術の属性を見ることができる!じゃあ、俺の適性は火と風そして多分黒いから闇属性だ。透明なやつはわからないがそれ以外は確定と言っていい!なら焔属性を最初から使えるな!‥‥‥よしっ!)

「『のぼれ、ごうかよ昇れ、業火よわがみにやどるちから我が身に宿る力をまきにもえさかれを薪に燃え盛れてんをやけ天を灼け、フレイム』」


 ベネディクトゥスは即興で考えた詠唱で魔術を発動しようとする。先ほどエーテスが言ったように適性が二つ以上あってもどちらか一つに比重があり、そちらを中心に魔術が発動する。エーテスが焔属性を使う場合、火の勢いを風が勢いつかせるというものになる。これは風の適性が他よりも低いため少し手助けするだけという結果が生じるからだ。通常人間は魔力を見ることがないため感覚で調整する。その為どちらかの比率が多くなり、勢いがあるだけなど、不完全な状態で魔術が発動するのだ。

 それが魔力を見る目を持つベネディクトゥスが複合魔術を発動するとどうなるどうなるだろうか。完全に一対一の比率で属性魔術を混ぜ合わせる。するとエーテスの炎魔術の数倍の威力となる。


「バカな‥‥‥」


 ベネディクトゥスが発動した焔魔術は天を焼くほど登る火柱を生み出した。その高さは10メートルは超えるだろうと言えるほど高く、にもかかわらず、周りに火が飛び移っていない。すなわち、火の回りを風が渦巻き完璧な形で炎の柱を形成しているのだ。

 エーテスも初めてでここまですさまじい魔術を使う様を見たのは生まれて初めてだ。それに絶句し、そして最後の彼の防波堤たる自尊心も砕かれた。彼は自然とベネディクトゥスに向かって膝を折り、跪いていた。

 彼は直感したのだ。ベネディクトゥスの能力を。自身では測れない圧倒的な才能を前に畏怖し、忠誠を誓うことを決意したのだ。

 それにベネディクトゥスは気づかない。彼は初めての魔術に歓喜し、はしゃいでいるのだから。だが、今ここから彼の物語は始まる。

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