血筋と疑問

執事がアスター家のの当主であるルクス・アスターに騒動の詳細を知らせた後。

 騒動の中心のベネディクトゥスは紅目であること、そして魔力暴走によって母を殺害したことを理由でアスター家の別荘へと乳母と数人の使用人と共に生活することとなった。

 決定がなされてから一週間がたった今、騒動の中心人物であるベネディクトゥスはと、言えば。 


(このお姉さん、なんであんな禿でデブの権力欲しかないような奴と子供作りたいんだろう。俺への愚痴も大半だけれど、その理由が俺の父親の愛人になれないかもしれないとか……しょうもな)


 乳母の愚痴から言語を学んでいた。

 普通一週間で新しい限度を習得できるかと疑問だと思うが、そこはもともと確固とした人格を持ち、そこに集中力を集められるということ。それでも身体は幼く、どのような知識も集めることができるほど柔軟な脳を有していること。そしてベネディクトゥスの身体が非常に優れていることがあげられる。ついでに言うならば乳母はマシンガントークなうえに活舌がいいため、早口でも何を言っているかわかることが更に言語習得のレベルを上げた。


(それにしてもこの世界GoUに来て一週間。……こんなに一日が長いとは思わなかった。それに人から出てる謎のもやもやが気になる。俺からも出てるけど、これなんだ?魔力は魔術を使用する前じゃないと見えないはずだから、違うだろうしなー)


 ベネディクトゥスは自身が転生した世界についてこの一週間である程度知ることができた。ある程度と言っても自身が暮らしているエリュシオン王国のことのみである。これも例に洩れず乳母の愚痴から手に入れた。

 この世界には四つの大陸、五つの大国とその周辺に存在する小国が人類の拠点だ。もう一つ大陸があるが、そこは完全に魔族の領土として人類との不可侵条約を結ばれている。

 その中の一つであるパシフィス大陸に存在する大国がエリュシオン王国だ。他の大陸とは比べ物にならないほど昔から存在する王国で王家から代々国王を選出している。ベネディクトゥスの持っている知識ではここともう一つの大国、そして一つの小国しか知らない。それはGoUでメインとなる国がその3つだけだからである。他の国についても名前だけは出てくるのだが、どんな国かなどは一切明かされなかったために彼は知らないのだ。

 エリュシオン王国の最大の特徴は四大公爵家である。これはアスター家を含む三つの公爵家の総称で権力が貴族・王族に集中し、独裁政権にならないために立法、行政、司法それぞれの実質リーダーとなり観察するものだ。アスターだけは例外で全てを監視し、腐敗を除去するという負の仕事を行う。その為公では四大公爵は三大とされ、アスター家は侯爵家として扱われている。

 初めて聞いた時、ベネディクトゥスは強い苛立ちを覚えた。巨大な組織ほど腐敗した部分があることをベネディクトゥスは理解していた。それを隠すためのスケープゴートが必要で、腐敗した部分を駆除するための存在も必要なのも理解していた。していたが、自分がその対象になることに対して異常な程の屈辱感を感じた。まだ腐敗した部分を駆除するための存在ならいい。まだ許そう。表舞台に立てないことは腹立たしいが、誰かがしなければならないことだと納得できる。しかし、もう一つは別だ。なぜ誰もしたくない仕事をする存在を生贄にする。実際は公爵の最上位の一にいるはずにもかからわず、一つ下の爵位に甘え、本来の地位より下の公爵たちに媚び諂わねばならない。それを考えるだけで、脳が沸騰しそうだった。

 現世でもプライドの高さがあったがここまでではなかった。それを理解した時自分が新しい命になったことを改めて実感したのだ。

 正直前世に未練がないかと言われれば、もちろん未練はある。それでも一週間も赤子の姿で生活したら、もう無理だと諦めがつく。それになによりこの根本から腐った王国を破壊したいと思ってしまった。

 一度芯が入ると止まることができないのはベネディクトゥスの前世からの悪癖であった。そのため彼は元の世界にどのような形であるかは不明だが戻ることを脇に置き、乳母のやかましい愚痴が終わり、静かな時間を手に入れたベネディクトゥスは前世の知識と生れ落ちてからの知識を照らし合わせを始めた。


(この世界がGoUの世界なのは確定と言っていいだろう。王族の姓も三大……いや、正確には四大貴族の姓もまんまだ。それにしても驚いたな。ゲームでは三大貴族って紹介されてたのにこの世界では四大貴族だと聞いて、GoUの世界かわからなくなったぞ。……四大貴族ってことはこの家にも特異属性があるのか)


 特異属性。それは王族の血筋、勇者、聖女が持つとされる魔術の属性。魔力を持つほぼすべての存在が使用できる属性もあるが、それはもうしばらく時がたった後に説明されるだろう。

 四大公爵はその血筋に王族の血が入っていると言われている。そのために彼らは特異属性を持ち、他の貴族たちより一線を画す。ゲーム時代でも彼らはパーティを組めるシナリオでは相当強く調整されていた。他の王族も攻略対象として一緒に行動するが、やはり同様で強いキャラであった。その分攻略難易度が高かったが。


(どんな属性魔術かわかんないけど、強力なはずだ。空間属性とかかなー。夢が広がるなー)


 そこまで考えると空腹感が襲ってくる。自由に体が動かせないため、ベネディクトゥスは小さな声だが、乳母に聞こえるように発音をする。


「ぁあぅ……」

「はいはい。なんですか。……ご飯ですね。待ってください」


 そう言った乳母はワンピースのゴム襟をグイッと下げ、その体に付いている豊満な双丘をベネディクトゥスに近づける。ベネディクトゥスが双丘に存在する突起を加えたのを見て、乳母はホッとして、小さく溜息を吐く。


「ふぅ。騒がないし、夜泣きもしないから育てることに苦労はしないけど、なんで紅目なのかしら?……はぁ、私が考えてもわかるわけないわね。この子が紫目ならなー私は今頃公爵様の子を孕んで愛人になって裕福な生活を送れたんだろうな~」


 誰かが聞いていたら馬鹿馬鹿しいと嘲笑されるような内容を口にする。もし彼女が孕み子を産んだとしてもその瞬間に彼女は殺されるだろう。アスター家当主は小物で器が小さい奴だが、プライドは一人前に備わっているのだ。そんな男が貴族でも何でもない女を生んだ後に残すことなどありえない。子供だけを手に入れて、自身の地位を盤石にするための駒として利用するだろう。

 能天気で貴族のことを理解していない彼女にはわからないことだ。ゆえに、今の彼女の状況はギリギリで踏みとどまっている一歩踏み出せば死が待っている状態なのだ。これがベネディクトゥスが紫目なら本邸で暮らし、一年もせずに孕まされ、産んだらその短い命を散らしていたことだろう。彼女は自身の不満の対象に生かされているのだ。

 それを知らない乳母も、世界を知らず成長を待つしかないベネディクトゥスにもわからないことだった。



◇ ◇ ◇

 

 

 ベネディクトゥスが生まれてから半年が経過した。その間ベネディクトゥスの周りで起きた大きな変化は乳母であるアルマが愚痴をこぼすことが極端に少なくなったという点である。どういう心境の変化なのかは身近で見ていたベネディクトゥスも理解できておらず、ただうるさくない静かな生活を美人な女性と暮らせるとしか考えてなかった。

 そしてベネディクトゥスが自由に動ける——と言っても自室のみだが——範囲が増えたことで多くのことをできるようになった。すでにベネディクトゥスは単純な単語なら話せるようになっているのでそれと動作を持って、アルマのことを動かして様々なことを知識として吸収していた。


「あぅあ、あぅあ」

「はいはい、なんですかかわいい子」


 この半年でアルマはベネディクトゥスのことを「かわいい子」と呼び、実の息子のように育てている。心なしか女性としての色っぽさを身に着け始めている気がする。

 ベネディクトゥスもそんなアルマを嫌うことなく姉に対する態度で接している。現に今も気になる本を指さして抗議をしている。アルマもそんな愛し子の様子に頬を緩め、抱き上げる。抱き上げられるとベネディクトゥスはうれしそうに顔をクシャッとして笑った。その様子にアルマはうれしく感じ、慈愛を込めたまなざしを腕の中にいる愛し子に向ける。


(アルマに抱き上げてもらうの好きだなー。体に心が引っ張られてるからだろうけど、めちゃくちゃ嬉しい。これが、愛……?)

「それで何を読んでほしかったのですか?」

「あぇ、あぇ」

「どれどれ……『神人ネメスと天空の国エデン』ですか。全世界で最も有名な絵本ですね。そういえば、これは読んだことがありませんでしたか。いいでしょう、では本日はこの本を読んで差し上げます」


 アルマは近くの椅子に座り、膝の上にベネディクトゥスを乗せる。座り心地の良いところを彼自身が見つけ、アルマにもたれかかるように体重を預けるのを見てから、アルマは椅子の近くにあるテーブルの上に置いた先ほどの絵本を持ち、開く。

 アルマが内容を流し見、口を開き、ベネディクトゥスに語るように話し始める。


「『今から昔も昔、未だ王国も生まれていないような大昔。創造神は一人の人間を造り上げた。ネメスである。彼は創造神より生まれてすぐにこう、仰せつかった。【汝、この星を見守る父となれ。母を作り、子を産ませよ。そして自身の子らの軌跡を見るのだ】ネメスは自身の父たる創造神の言っていることがわからなかったが、それでも命令されたことをなそうと決めた。まず自身の肋骨を一本取り出し、それと土をこねることで女性を生み出した。ネメスは彼女のことをエヴァと呼称した。ネメスとエヴァは創造神の天命に従って多くの子供を産み、そして育てた。全て子どもが育ち、ネメス達のもとから離れた後は彼らの生活を監視しつづけた。子が死に、エヴァが死んでもネメスは子孫たちを見続けた。時に子孫の造り上げた国のことを尋ねられれば、子孫の軌跡を元に助言をしたり、時に家族同士が喧嘩をしていたら、その間を取り持ち和解させたり、時に時に……子孫からの多くの問題を聞き、解決したネメスは不意に一つの疑問を抱いた。【己が子孫を助けなければどうなるのか】と。気になった彼は早速行動に移した。するとどうだろう。多くの子孫は近くにいた子孫同士で殺し合いをするではないか。これにひどく驚いたネメスはその殺し合いで勝利した子孫に訳を聞いた。子孫曰く【あのものは私よりもあなたの愛を受け取っていたことが腹立った】と。ネメスには疑問であった。自身は子孫に対して平等に愛していたはずなのにどうして受ける側の彼らがそこに優劣をつけるのかと。そしてそれを理由に争うことを。しそこでネメスは理解したのだ。自分が彼らと同じ目線で見ているから理解できないのだと。ゆえにメネスは決意した。自身もわが父たる創造神と同様に天より見守ろうと。誰一人としてたどり着けぬ世界から我が子らを見守ることが使命なのだと。そこからネメスは自身に仕える天の使いを肋骨を使い12人製造し、文字通り天へと昇った。ネメスは天に作りし国をエデンと名付け、永劫地上の子を見守っている。めでたしめでたし』」


 それはどこにでもある絵本であった。一神教の神メネスが今でも天から見守っていることで我らは愛されているのだと教えることを幼児でもわかりやすく、絵にしたものだ。

 絵本を読み聞かせ終えたアルマはふぅッと一息ついてから、膝の上にいるベネディクトゥスを見る。彼は目を輝かせ、読み聞かせを聞いていたようでとても興奮し、頬を上気させている。


(‥‥‥すげー!その神も魔術を使って空に国を作ったのか?なら絶対に重力とか空間を操作する奴だ!強キャラだ!神だから出てこないだろうけど、絶対作中最強キャラだ!!)

「よかった。前まで魔術とかのことばっかり興味を抱いていたから、普通の赤ちゃんのようなものには興味を抱かないのかと思ったけど、杞憂だったのね」


 アルマが考えている方向とは違うところで喜んでいるベネディクトゥスは興奮を抑えられぬまま両手を思いっきり振り上げる。その行動に従うようにベネディクトゥスの視界にある自身から立ち上がっている赤と緑と黒が交じり合っている靄の色が強く緑色に変化する。

 すると、突然下から強風が襲い掛かり、アルマのスカートを思いっきりめくってしまった。


「きゃああ!えっ?何!?‥‥‥あっ!まさか、貴方がお洩らし・・・・したのね!」

(は?洩らしてないが?)


 アルマの言っていることが理解できずベネディクトゥスは首をひねるように頭を傾ける。内心では幼児として仕方ない部分に対して許容しているが、実際に漏らしてないときに漏らしたと言われることに対して強く否定する程度にはプライドが残っている。

 ベネディクトゥスが首を傾げたために理解していいないことと解釈したアルマはわからないだろうということを理解しながらも可愛い育て子に対して説明する。


「お洩らしていうのはね。魔力を勝手にあふれてしまうことを言うのよ。今のあなたがしたように勝手に適性の魔術が発動することもあるのよ。今のは風属性の魔術だからよかったけどこれが火や土だと少し大変で小火ぼやが起きてしまったり部屋が土まみれになっちゃうらしいわ」


 アルマの説明を聞き、小さいながらも首を縦に振る。ゲームでは教えられない裏の設定を聞いてうれしくなり、幼いからか感情がすぐに出る彼の表情は非常ににこやかだった。アルマもつられて笑顔になり、穏やかな空気が流れる。その空気を断つのは壁にかかる時計。12時を告げる小さな鐘の音にアルマが気付いたことで終了した。


「あら。もうこんな時間。じゃあ少し待っててね、私の愛しい子。すぐにご飯を用意しますから」


 ベネディクトゥスをベビーベッドの上にそっと横にし、アルマはすぐにキッチンへと向かった。

 その間暇になったベネディクトゥスは先ほど見た光景について考えを巡らせる。


(さっき洩らしたときに俺の周りの靄の色が変わった。それまでは三色が交わったものだったはずなのにその時だけ変わって、すぐに元通りになった。‥‥‥じゃあ俺は魔力が見えてるってことか?いやけど、アルマの様子とか原作の説明として魔力は通常見えない。魔術を発動するときに形として見えるって説明されていた。わからん、がいずれわかるか)


 結論が出ると同時にアルマが離乳食を持って帰還した。もうこれ以上靄のことを考えることはやめ、ただ機械的に口を開けるのだった。

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