公爵貴族のリベンジ~鬱エロゲに転生。モブキャラだと思ったら正体不明の黒幕でした~
綴木真白
プロローグ
照明を点けず、カーテンを閉め切った真っ暗な部屋の中、唯一光を発している
名前は苅谷晋三。今年大学に入った大学生だ。ストレートに大学に入ることができたために成人年齢は超えているが酒もたばこもできない子供と言える。
今は夏休みで大学生の異常に長い休みを利用して、彼女との旅行計画を立てていたところに、夏休み前日に当の彼女から別れを切り出され、夏休みの予定が空白になった悲しき
そのゲームの名は『ガーデン・オブ・ユートピア』。ジャンルとしては異世界ファンタジーの学園物が中心の物語。それだけ聞けばスクールラブのハーレム系ほのぼのなバトルありの日常ものか冒険ものだと思うだろう。しかし、この作品は違う。魔術と言う幾何学的なものはあるが、それ以外はリアルな部分が多く、弱者は虐げられ、貴族は醜い権力闘争を裏で行い、キャラクターの何人かは仄暗い過去を持つような、日常ですら何か闇を感じるような雰囲気を醸し出している。これがバッドエンドなどに行けば最悪だ。結婚まで出来る本作品はそこでゴールではなく、ラスボスを倒さなければいけない。しかし、もし結婚した後に高感度をおろそかにすると結婚した相手が寝取られ、敵として登場することもある。それ以外にも性奴隷、輪姦、薬漬け、拷問、殺害などが存在する。また非攻略キャラでも中には選択肢を間違えると敵キャラとして登場したり、攻略キャラでも裏切られることがあったりとフラグ管理と好感度管理が難しいことで有名なゲームだ。
しかし、これだけ難しいゲームだが、それが覆せるだけの豊富な要素質が存在する。主人公が立場の違う男女二人存在し、聖女のように多少の制限はあるが、たった一人と愛を誓う純愛ルートから男の夢であるハーレムルート。男同士の恋愛であるBLルート。そして男が挟まれば万死に値するGLルートまで様々だ。そして種族もヒューマンのなかでも王族も貴族もいるし、平民もいる。亜人種も種族が多く、ファンタジーの定番のエルフもいる。
そんな平均1000時間は遊べる内容があるゲームを俺は夏休みをすべて消費する勢いで攻略し始めた。すべてのイベントフラグを踏み、イベント踏破率を100%にすると貰える称号のために食事や排せつなどの必要な時間以外をすべてゲームに費やした。睡眠も寝落ち以外では寝ず、風呂にも一週間に一度しか入らなかった。一人暮らしだからできる生活だ。これだけ時間を費やしてもイベント踏破率は100%にならないのはさすがのボリューム量だと感嘆する。しかし、それも今日で終わる。今のイベント踏破率は98%。そして今進めているイベントも終盤も終盤の最終盤。これが終われば最後のイベントが出現するはずだ。
「やっとだ。これで俺は物語のすべてを知ることができるッ!」
『GoU』――ガーデン・オブ・ユートピアの略――はエロゲではあるが抜きゲーではなく、濡れ場は重要な意味のある時やバッドエンドくらいにしか存在しない。ラスボスは男女主人公に一人ずついるが、言動や行動が小物感が否めない。そのため、一週目をクリアした後のSNSでは真の黒幕がいるのではないかと言われていた。一度それが気になれば、解き明かしたいと思うのが人間というもの。未だイベントをすべて回収していなかった俺は一番早く裏ボスを見つけるために全力を注いだ。それが一種の現実逃避だとわかっていたが……。
そして今、やっと隠されているイベント以外のすべてを終え、踏破率が99%と表示された。
「よし、よしッ。これで裏ボスが誰かわかる!ネットなんて見てないからわからないけど、俺が一番だろ!」
自分が一番速いと考えると興奮で声が大きくなる。水も食事も面倒くさいと感じるほどに俺はゲームに没頭していた。
……それがいけなかったのだろう。不意に体がぐらッと揺れた。ただ疲れただけかと感じ、気をしっかり保つために頭を振る。しかし、それが一層バランスを崩す原因となり、俺は床に体を倒してしまった。
体を起こそうとしても腕に力が入らず、起き上がることができない。腕に入れた力が最後の気力だったのだろう。腕から力が抜け、再度床に寝る俺の身体は動くのが億劫になるほど重く感じるようになった。そして続くように唐突に抗えないほど強烈な睡魔を感じるようになる。必死に瞼を開け続けようとするが、その筋肉すらも命令に背き、徐々に視界が閉ざされていく。
それでも首だけは何とか見たい方向に動かせた俺は目が覚めた時の俺に託すことを決め、けれども記憶の最後としてタイトルを確認しようと画面に顔を向けた。
気絶に近い形での睡眠を前に暢気だと思うが、もう何回も経験していることだとすっかり慣れてしまった。それよりも章のタイトルに確認することを優先し、移っているラテン語を認識する。
(アンタレスウェールス……どういう意味だ?)
そこまで考えて、プツンッと電源が切れたように意識を失った。
◇ ◇ ◇
——パシフェス大陸エリュシオン王国公爵アスター本家屋敷の一室。
ベッドで苦しそうに喘いでいる女性がいた。その周りには多くの看護師の女性がおり、皆顔に汗をかきながら懸命に女性の世話をしている。彼女があげていた声も徐々に大きいものになり、これからが本番なのだと告げているようだ。それは周りの看護師たちも感じている者で、皆覚悟が決まった顔つきで出産に立ち会っている。
それも数十分と経つと女性の息は荒いが叫び声を上げることはなくなった。女性の顔には安堵があり、助産師たる老婆の腕の中に自身が生んだ赤ん坊の姿を見、静かに涙を流した。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
「ええ。ありがとう。これでわたくしはまだこの家にいていいのね……」
その言葉に老婆は女性に対してひどく軽蔑の念を抱いた。昔から貴族の出身に立ち会ってきた彼女の中で最も軽蔑すべきタイプの女性なのだと感じたのだ。それでもこれも仕事と割り切り、自身の腕の中で穏やかな呼吸を行うこの名前を聞き出すために口を開く。
「それで奥様。この男児の名はなんとするのです?」
「え?……ああ、忘れてたわ。そうね、ベネディクトゥスなんてどうかしら。わたくしに祝福をもたらしてくれたのだからこれくらいの名がふさわしいでしょう?」
自覚がないようだが、女性の口は醜く歪ませていた。それには老婆以外の周りにいた看護師たちも嫌悪感を抱いた。しかし、それを表に出すことはない、上級貴族であるアスター家に嫁がれた形だとしても彼女の権力は自分たちより上で気分を害した場合どうなるかなど、生まれた頃から王国にいるものなら誰でもわかることだ。しかし、それでも漏れ出てしまうもので、部屋にいる女性以外の全員がその感情を抱けば、流石に女性もわかってしまう。
周りから嫌悪されていることがわかった女性は顔を赤くし、吼える。
「何よ、その態度。貴方たちわたくしが何者なのかわからないのかしら!アスター家の本妻よ!あなた達のことなんてすぐにごみのように捨てられる立場だというのがわからないの!?あなたたちにわかるわけないわよ!好きでもない人とのこどもを作ることなんて苦痛以外の何物でもない!それでも作らなければ馬鹿にされるのよ!あんな顔しかよくないビッチと比べられてわたくしのプライドが許されるわけないじゃない!!」
荒い息を吐きながら看護師たちをにらみつける女性はふとここまで騒ぎ立てても、何も反応のない自身の子に対して不安感を抱いた。老婆からむしり取るように子を腕の中に抱いた彼女は歪んだ笑顔のままベネディクトゥスに呼びかける。
「わたくしの子。愛しいわたくしの子。貴方の美しい紫色の瞳を見せて?」
聞いてくる方が気分が悪くなるほどに甘ったるい声で女性は我が子を呼ぶ。ベネディクトゥスはその声にぐずり、気分が悪そうに顔を顰めた。そんな自身の子の様子がわからないのか、女性は執拗に揺らしてベネディクトゥスを起こそうとする。
やがて、観念したようにゆっくりと瞼を上げたベネディクトゥスの瞳を凝視する女性は次の瞬間に目を大きく、それこそ瞳が零れ落ちそうなほど開き、発狂した。
「あ、紅……。ど、どうして。どうしてえええええ!なんで紅なのよおおお!あなたは紫じゃないといけないの!?紅じゃ何も意味ないじゃないの!?また有無の!?いやよ?絶対嫌!!ねえ本当は紫なんでしょ?見せてよ!見せなさいよ!!ねえ私の子?愛してあげるわ。だから紫色の輝きを見せて?ねえ!?」
「お、奥様。今は首が座っていないのです。そんな乱暴にしてしまってはベネディクトゥス様がなくなってしまいます!」
老婆の忠告が聞こえないほどに精神を病んだ女性をベネディクトゥスは赤子とは思えない冷めた目で見て——いや、観察していた。
そこまで見ていたベネディクトゥスだが、すぐに興味を失ったのか再び目を閉じようとした。しかし、その動作を女性はしっかりと見ていて、さらに激しくベネディクトゥスを起こそうと揺らし始めた。
揺らされ続けているベネディクトゥスが心なしか怒っているような気がする。
いや——
(ああ!鬱陶しいなんだよこの夢!しっかり揺れるし、揺れのせいで気持ち悪いし、最悪だ!この女も意味がわからん!発狂してるし、周りも止めないしなんなんだ!もっと寝かせてくれ!)
事実怒っているのだが、それを言葉に出せるほど——当たり前だが——体が発達していない。しかし、それ以外の器官は別だ。それこそ心臓や胃、肺、そして魔力を生み出し溜める器官。
ベネディクトゥスの中にいる男の感情の吐露に魔力が反応する。彼の中に存在する貴族、それも公爵の子として疑いようのないほど大量の魔力が彼を中心に解き放たれる。
ベッドの近くにあった水瓶は破壊され、シャンデリアが大きく揺れ、不快な音を出し、窓は罅が入りボロボロになった。そして、そんな魔力の最も近くにいた女性は出産後の体力のない状態で暴れていたところに負の感情を伴った魔力を浴びたことであっけなく死亡した。
静かになったことがやっとゆっくり寝れるようになったことで笑顔で眠るベネディクトゥスと尋常ならざる魔力量に壁側まで飛ばされ、唖然と、そして恐怖の感情を顔に浮かべた看護師たちと言う両極端の様相を呈していた。
その後騒動を聞きつけ駆け付けた執事が来たことで彼女たちは再度動き始めた。
先ほどまで壁にたたきつけられ、呆然としていたとは思えないほど俊敏な動きだった。それはきっと一刻も早くベネディクトゥスという異常な赤子から逃げたいという行動の表れであった。
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