第7話 悪夢



「はよ行け! ここはわいが食い止める!!」

 ――人が死ぬ光景を見た。


 そんなもの、世界中のどこの国、どこの地域でも見られる。


「こういうシーン、映画とかでよくあるやんな! 死ぬまでにいっぺんやってみたかったんやけどどうや、わいって最高にかっこええやろ!?」

 ――見知った者の死に顔を見た。


 ダンジョンが現れたその時からいくらでもある、よくある話だ。


「あぁぁぁくっそ! わいがこんなとこで死ぬわけがッ! あいつら残して死ねるわけねぇだろうがァ!!」

 ――親しかった先輩の最期を見た。


 探索者シーカーの死亡率の高さを考えれば、それもありふれた悲劇に過ぎない。




 あれはいくつの頃だったか。


「おわぁぁぁ本物やァ!? ………………え、それ地顔なん? ありえんやろなんやそのスジモンの迫力。ナチュラルメイク? ほーん……ヤバいわ。パないわ」


 あぁ、彼とは学園祭で出会ったのが始まりだから……高校に通っていた頃か。クラスの催し物であるお化け屋敷で遭遇した時のインパクトは彼にとってかなり大きかったらしい。


 幼い頃に両親を失い、弟と妹の学費を稼ぐために億万長者の探索者シーカーになると豪語していた1年上の先輩。

 彼にはいくつもの優れた【技能】という才能が有った。その上で努力を惜しまず、面倒を厭わない素晴らしい人間性をしていた。

 仲間にも恵まれ、地方都市で期待の新人として活躍していることを自慢された。


「怜も探索者シーカーになるやろ? なるよな? なりたいもんな? なるって言えや。おーよしよし、ほな、そん時になったらわいが先輩としてしっかり面倒見ちゃるからな! 覚悟しとき!!」

「わいはな、数字取れるようになったらはっきり言ったるんや。関西一の大都市大阪のお好み焼きと所詮は地方都市に過ぎない広島焼きを一緒にするな、ってな! ――いや冗談やでなんやその眼はわかったわかった笑えん火種ぶちまけたわいが悪かったからあんま睨まんといてや」

「わいの妹可愛いよな? 怜の妹ちゃんも中々に可愛いけどな、世界一可愛いやん? けどな、これがな、最近彼氏できたゆーて帰りが遅くってな……どないしたらええと思う?」




 彼の配信を見ていたのはたまたま……そう、偶然にも暇があって、彼が配信している日時であることを思い出しただけ。


 何階層に挑み、何と戦っていたかももう覚えてはいないが。

 ――彼が仲間の命を救うために最後尾で踏み止まり、濁流のような死に呑み込まれていった光景だけを覚えている。




 葬式は手慣れた者たちによってつつがなく執り行われて終わった。

 彼の家族弟妹と何かを話した気もするが――それを聞いた時の深い悲しみ以外に思い出せることは何もなかった。


 もしかしたら自分は案外薄情者なのかもしれない。

 彼から受け継いだ遺志は無く、彼との思い出も記憶の中に眠るだけ。


 いつか自分も死んだ時にそうなるのかと考えると……それ自体は別になんとも思わない。


 だが同時に思い起こされるのは寂しがり屋で気分屋で楽天家な幼馴染のこと。

 彼女を悲しませるのは少し……いや、かなり心が痛む。

 泣かせたくない。


 では、もし立場が逆なら?


 もしも彼女が死に至るようなことがあれば。

 自分はその現実を許せるだろうか。受け入れられるほど心を強く保てるだろうか。


 彼女の姿が消えてしまう――考えたくもない。

 彼女の笑顔が見られなくなる――息が詰まる。

 彼女の声が聴けなくなる――呼吸ができない。


 そんなの、絶対に――――――











「みぃ、ちゃん…………よう……ちゃん…………いかないで……」


 頭の上から聞こえてくる小さな声で目が覚めた。

 しかし目の前は真っ暗闇だ。


 どうやらベッドに寝かされていたようで上下感覚がやや怪しい。

 身を捩ろうにも手足ががっちりと固定されて……いや拘束されていて身動きが取れない。

 潰れた肺で辛うじて息をする。

 目の前に広がる柔らかな闇がほんのり温かみを増す。


 なるほど。

 どうやら市希に抱き締められている状態と見た。

 昔からよくある事故だ。寝相の悪さは相変わらずらしい。


「……いっちゃん」

「ゃだ…………なんで………………まって……」

「いっちゃん」


 関節が悲鳴を上げるのも構わず片腕だけなんとかして抜け出した。

 その腕でできることなんて、たかが知れているけど。

 彼女の背をそっと叩き、頭を撫でる。

 大昔、妹がうなされている時にやったように。

 優しく触れて、一人じゃないことを伝える。


「れいちゃん…………どこ……」

「どこへも行かない」


 死ぬことも、死なせることもしない。

 一度は諦めかけた彼女との関係をもう一度繋ぎとめる。


 怖くないはずがない。痛いことはできるだけしたくない。

 だが、それでも。

 彼女を失うことに比べればなんてことはない。


「えへへ………………れいちゃん…………ずっと…………いっしょ……」

「一緒にいよう」


 彼女の気が済むまでは離れない。

 熱を失い、故郷へ帰る時が来るならそれもまたひとつの結末だ。

 あるいは燃え尽きるその時まで世界の真理へ至らんと潜り続けるとしても、その隣にいよう。

 幼馴染だからの一言では済まないし、じゃあ他にどんな感情と関係なのかは自分でもまだよくわからないけれど。長いこと距離を取っていた分、これからの時間で埋め合わせをしていきたいと思っている。


「れいちゃん……れいちゃん……!」

「いっ………………」


 ぎゅ、と抱き着いていると言えば微笑ましく素敵な光景だと思うだろう。

 実際は関節をしっかりとキメて抱き締めている体勢である。

 そして力が強まれば当然こちらが苦しく………………。




 ずっと一緒にいるとは宣言したが。

 本当にそのまんまの意味で常にくっついているわけにはいかないと改めて強く実感した夜であった。

 入眠と気絶は違うのだ。そのことをよく覚えておいてもらいたい。


 一晩で2度も意識を失う自分が断言する。


 気絶で寝るのは、やめた方が良い。

 寝心地が悪い。











Tips:ダンジョン内での死亡件数は全国の交通事故による死者よりも多く、それゆえに探索者シーカーとして認定する能力基準の引き上げを求める声も出ている。また一部には死亡率の高いダンジョンを封鎖して地上での迎撃に努めるべきとの意見も挙がっているが、間引きを行わずに起きるスタンピードの発生が該当ダンジョンのみに留まらず他ダンジョンへ伝播する事例を踏まえて非現実的だと却下されている。

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