第6話 私と契約して探索者になってよ


「……でも、一人ずつ入れてもらって力をつけたらまた組み直す手も」

「それもあったんだけどねー。でもうちのダンジョンにいる人たちって強いのが当然で強ければなに言っても許されるって風潮あるじゃない? 私あーいうの大っ嫌いなんだけど!」

「……まぁ」


 ないとは言わない。


 高難易度アクションゲームだろうとサクサク進められる前提で話をして、それについてこれない人種を下手くそと決めつけて切り捨てるのと同じような理屈をダンジョンに関して語る古い人間老害も一定数いる。

 ダンジョンが発生した激変の時代を戦って生き残った黎明期の探索者シーカーに多い印象だ。当時の動乱を思えばそうしなければ生き残れなかったのも確かだろうが、それこそ生存バイアスがかかっているだけではなかろうか。


 しかし当人たちの認識ではそれがただひとつの真実なのだろう。

 弱いやつが死ぬ。

 つまり死んだやつは弱かったから死んだのだと。

 才能や努力だけではない、時には運さえもなければ簡単に命が失われる世界に馴染みすぎた者たちの価値観。


「それでみぃちゃんとようちゃんのことでちょっと色々あってねぇ……いろんな人と喧嘩してきちゃった!」

「……冥は」

「めーちゃんも同じくらい怒ってたよ。でも、そんな連中の誰よりも強くなってあの子たちを馬鹿にしたことを後悔させて謝らせてやるんだって息巻いてた!」

「冥らしい」

「でしょー?」


 空元気とは少し趣が異なるが、それでも冥のことになると途端に明るい笑顔を見せだした。


 ちなみに我々の親は前にも話した通り、自由主義かつ実力主義みたいな育児方針をしているので我が子が死地に向かおうともそれが自分で決めた道なら快く送り出すような人たちである。

 市希の反発も妹の奮起も喜びこそすれど、不安や心配といった余計な親切心で止めるようなことはしなかったのだろう。そのぶん、妹の言葉に込められた――託された――想いが重くのしかかってくる。


「それでね、ここまで話したられいちゃんはわかったと思うんだけど……」

「冥はあっちで、いっちゃんはこっちで強くなりたいと」

「大正解! さっすがれいちゃん!!」


 これだけ語られたら出会って5分の赤の他人でもわかる。


 妹は気に入らない相手だろうが使えるモノはすべて使って己を高める性格だし、市希は価値観の合わない集団で窮屈に修行する生活は望まない。

 強くなるためのやり方が違う故に道が分かたれるのも当然か。


 妹の心配はあまりしていない。

 運動部のノリできつく扱かれるのもあいつがそれを望んでやっていることだし限度を越えれば父と母が黙っていない。

 作為的な不幸な事故を見逃すほど老いるにはまだ早いし、まぁなんとかするだろう。


「それでね、れいちゃんに相談……いやお願い――おねだり? があるんだけど……言っても、いいかな?」

「うん」

「わ、私と…………いっ、一緒に! 探索者シーカーにならないっ!?」

「うん、いいよ」


 市希がそれを望むなら喜んで手伝おう。


 ……正直なところ自分如きが力になれるかはだいぶ怪しいところだが、最悪サポーターとして身の回りの雑用くらいはやらせてもらおう。


「いいの!? あんなに嫌がってたのに! びーびー泣き喚くくらい!!」

「それは小学校入る前でしょ……」

「でもダンジョンが嫌いになったんじゃなかったの? だって、れいちゃんの――」

「怖いだけ」


 親から散々聞かされたダンジョン発生時の地獄のような闘争の話。幼い自分にはそれが遠い過去のことではなく今この瞬間にも起こり得る終末論のようにも思えたのだろう。

 その根源的恐怖は今でも変わらず残っている。

 今だってダンジョンで人が死んでいる。

 自らその道を選んだのだとしても、死にたくて死んでいるわけではないのに、殺されている。どれだけ努力していても、どれだけ万全を期そうと、死ぬ時は死ぬ。理不尽にも思えるような残酷さで命を刈り取るのがダンジョンという場所だ。


 死ぬのは怖い。当たり前だ。


 市希と再会するまでに考えていた最終手段だって本当に機会があったとして実行していたか怪しいくらいには恐ろしいことだと思っている。こんな死に損……もとい生き損ないだって命を無為に捨てたいわけではないのだ。




「でも……ここでいっちゃんを見送ってまた一人になる方がもっと怖い」




 市希と再会し、彼女の仲間たちの死を知ってその想いはより強まった。


 ダンジョンに絶対の安全はなく、しかし(ボスを除いた)モンスターとの戦闘は街中で交通事故に遭うくらいの確率でしか安全マージンあっての負けジャイアントキリングはあり得ないと言われている。

 一般の感覚ではそれくらいのリスクは滅多にない低確率だと思っているようだが自分にとってはそれすら恐ろしく感じられる。


 外で帰りを待つ暮らしをしたとして、いつ市希の訃報を受け取ることになるのか考えるだけで頭の中が真っ白になって何も考えられなくなる。

 自分が緩やかに死に向かっている時は考える気力すら湧かない真っ暗な絶望だったが、どちらが良いとか比べられず、今の自分にとってはどちらも抗わなければならない命運なのだと心が騒ぎ立てている。


 結局のところ、自分の与り知らぬところで幼馴染の命が潰えるのが嫌なだけだ。

 これまで見て見ぬふりをしていたことに、ようやく目を向けることにした。


 ……自分がいるからって何かが変わるかは怪しいところだが。


「れいちゃんっ! ありがとぉー!!」

「ぐぇっ」


 歓喜極まった市希に真正面から抱き締められ――息が、いやその前に背骨が悲鳴を上げている。

 辛うじて動かせる腕で小柄な背中をタップしてみるも意外と筋肉質な彼女が力を緩めることはなく。


「正直ね、昔はれいちゃんとずっと一緒にいられたらなーって思ってたんだけどね、大人になるにつれてわかってくるでしょ……そんなのは子供だから言えるんだって。だからね、こうしてね、大人になってからもれいちゃんとまた一緒にいられるって思ったらね、なんか、っね……ひっく……ふっ……うぅ……!」


 力強くホールドしている小さな体が微かに震え、バスローブの胸元を涙が湿らせるのを感じつつ――今生の別れにならないことを祈りながらそっと意識を手放す。


 やめてくれ市希、その抱擁は弱り切った身体に効く。


 ……ピザが出そう。




「……れいちゃん? あれ、れいちゃん!? だいじょ――ぶじゃない! しっかりしてれいちゃんどこも折れてないよちゃんと昔と同じくらいの力加減にしてたのにどうしてぇ!?」











Tips:人口ピラミッドは若年層を中心に伸び続け、毎年のように騒がれていたベビーブームを終えた現在でも国民全体の平均年齢の引き下げに一役買っている。そして増えすぎた人口を調整するかのようにダンジョンでの若者の死亡例も増加傾向にある。――実際は若者の割合が増えたから突出しているように見えるだけで、ダンジョン全体での死者数は大して変わっていない。

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