第5話 胃もたれするような話


「……いっちゃんはなんで――」


――ジリリリリリリ。




 何の目的で来たのか尋ねようと思った矢先に出鼻を挫かれた。


「あっ!! お腹空いちゃっててさっきピザ頼んでたの忘れちゃうところだった! すぐ取りに行きまーす! れいちゃんちょっと待っててね、フロント行ってくるから!!」

「取りに行くなら一緒に……」

「そんな恰好で外出ちゃダメでしょ!? 鍵かけておくからね、知らない人が来ても開けちゃダメだからね!!」


 言いたいことだけ言ってぱたぱたと軽快に駆けていく背を見送ってため息を吐く。

 相変わらずマイペースだしその上に運が良いのか機先を制する才に恵まれているのも変わっていない。


 別にバスローブ姿で外に出たって問題は………………あるか。すぐに着替えられるものもないし。


 まぁしかしだ。こちらとしても脳にエネルギーが足りていない問題が浮かび上がっていたから丁度良いタイミングだ。

 「ピザ」って言葉の響きだけで食欲が湧いてくる。

 つまりピザは魔法の言葉じゅもん


 そうして待つこと1分強。戻ってきた彼女の両手には『ピザのデリバリーはピザデリーにお任せあれ』のキャッチコピーで有名な全国チェーン店の箱が――4つほど積み重なっていた。

 さらにその上にはサイドメニューのフライドポテトとクリスピーチキンとナゲットの容器が天守閣のように乱立し、中央には塔のようにそそり立つ黒い炭酸飲料のペットボトル(1.5リットル)が鎮座している。

 その置き方は箱が潰れるからやめよう。


「………………何人分?」

「やだなぁれいちゃんったら。ここには私とれいちゃんしかいないんだから二人で食べる為に頼んだに決まってるじゃん!」

「太――」

「らないの! 食べた分だけ動けばいいの!!」


 そんなわけあるか。全国でダイエットに悩む人間から石を投げつけられてしまえ。


 とはいえ、自分は体格相応の小食だがここ最近はまともな食事にありつけていないのでありがたく頂くことにする。

 食べられる時に食べておかねばこの先生き残れない。


「これがテリヤキでー、こっちがペパロニでー……マルゲリータにクアトロフォルマッジ!」


 手際よくテーブルに並べられていくピザピザピザピザ。どう見ても2人で食べきれる量ではないのだが、健啖家には常識なんて通用しないので問題ない。


「いっただっきまーす!」

「……いただきます」


 こちらが一切れ食べている間に彼女の射程圏内にあるピザは半分なくなっていた。しかもサイドメニューを摘まみつつ。


 だが焦ることはない。


 野生動物じゃあるまいしこちらがある程度食べたい分は後回しにして均等に食べてくれているのだから意識する必要なんてないも同然。

 自分のペースで食べたい物を食べたいように食べる。それが対等な関係との食事というものではなかろうか。


 ……いや対等も何も一方的に奢ってもらっている身ではあるけれど。











「ふぅ、お腹八分目くらいにはなったかな。ごちそうさまでした!」


 あれだけ食べてまだ満腹でないことに若干の恐怖を感じつつも自分用に残してもらったフライドポテトをもそもそと口に運ぶ。

 食べた比率で言えばこちらが1に対して向こうが9だ。なお食事ペースもそれに準ずるものとする。このまま加速していけばいつか残像が見えそう。


 ひとまず口元が落ち着きを取り戻した様子を見てから再び切り出す。


「いっちゃんは何をしに来たの」

「れいちゃんの安否を――」

「本命は?」


 そもそもの話、詰みかけの自分が言うのもなんだが安否確認なんて重要度としては低い内に入るはずなのだ。


 うちの家族がたかが数週間連絡がつかないくらいで慌てて人を寄越すとも思えない。


 事件や事故に巻き込まれているならとっくに警察から連絡がいっているだろうし、そうでないなら自力でどうにでもして生きているだろうと達観している。


 親の世代的に仕方ないことなのかもしれないがだいぶ修羅な価値観を前提にしているので心配された記憶があんまりない。


 自分の意思で選んだ道なら生き死にも自分で決めろ、ということだ。それで本当に死んでいたら人並みに悲しんではくれるだろうが見送った過去を悔やむこともないだろう。


「あー、んーと……れいちゃんのことがついでってわけじゃないんだけどね?」

「わかった」


 信じよう。

 二十年近い付き合いがある彼女のことは元から疑ってなどいない。


 ……一年二年会わないだけでも人が変わることは大いにありえるが、それも込みで彼女の善性を信じている。


 実は会うのが乗り気じゃかったとか言われてもそれはそれでショックなので都合の良い事実だけを受け取ろう。


「実は――DTuberだんちゅーばー始めたんだー!」

「おめでとう」

「ありがと!」


 DTuberだんちゅーばーとはダンジョン配信者を指す用語であり、YouTuberユーチューバーVTuberブイチューバーと古くから連綿と続く動画配信の新たな形である。なお配信サイトは別会社なのだがこれも一度染みついた呼び方は中々変わらないという証明なのだろう。ネットミームだって何十年も続くものがあるだろう(あるのか?)、それと一緒。


 ちなみにダンジョン内での配信は法律で義務付けられているため探索者シーカーになることとDTuberだんちゅーばーになることはほぼ同義である。

 配信の義務化はダンジョン内での犯罪行為が多すぎたのが理由らしいが、生まれる前の話なので詳しいことはよく知らない。


「それでね、最初は近くのダンジョンで同級生の子たちと組んでたんだけど……」

「うん」

「5階層まではね、結構上手く進んでたんだ」

「うん」


 不必要な返答はしない。けれども相槌は欠かさない。

 彼女の纏う雰囲気がネガティブに傾いているのを感じる。常にネガティブな自分だからこそ――いや、幼馴染だからこそわかる違いということにしておこう。


「5階層っていわゆる中ボスがいるでしょ? ダンジョンにおけるチュートリアル最後の壁って言われてる」

「うん」

「それを相手にしてね、みんな必死に、全力で頑張ったんだけどなぁ…………そんなんじゃ甘かったんだなぁって」

「……うん」

「………………みぃちゃんとようちゃんが死んじゃった」

「……。」


 知らないあだ名だ。もしかしたら顔を見れば見覚えがあるかわかるかもしれないが……それを知ったところで今更何ができるわけでもない。


「……ダンジョン、嫌になった?」

「ううん全然?」


 そこはまったくと言っていいほどあっさりと、食べ物で嫌いな物があるかと問われた時と同じように答えた。当たり前のことすぎて疑問を覚えることもない、純粋な否定。


「私とめーちゃんはなんとか立て直そうって気持ちになれたんだけど他のみんなはそうじゃなかったみたいでね、そこでパーティーは解散しちゃったんだ」

「……そう」


 市希がダンジョンに行くからには十中八九妹も一緒だろうとは思っていたが自分に一切知らされていなかったのには些か不満を覚える。


 ……当の妹に言わせれば逃げたお前に知らせることなんてなにもない、だろうか。


「二人で再出発は?」

「それもちょっと考えたんだけど……ほら、私たちってどっちも斥候と回復ができない前衛でしょ? 安全を考えたら二人じゃ1,2階層を回るので精いっぱいになっちゃうし、他のパーティーに入るのも……私たちくらい若い子って他にいなかったし、一人ならちょっとしたお荷物で済むかもしれないけど二人一緒にベテランのとこにってなるとあそこじゃあんまりねー」

「あぁ……」


 自慢じゃないしなんなら自虐になる話だが、地元のダンジョンは全国で見ても五指に入るほどには難易度が高い。表に初心者お断りの看板が出ているダンジョンなんてそうそうない。


 主に人口に比例して多く発生するダンジョンの性質上、人の少ない田舎はダンジョンの数が減る代わりにダンジョンのリソースが集中するためかやたらと手強い構造になりがちなのだ。……本当はもっと色々な要因が絡んでいるそうだがまぁ基本的には人の多さでダンジョンの数が左右され、人の少なさで難易度が上がると思えばいい。

 田舎のダンジョンはモンスター然りギミック然り、都会とは比べ物にならないほど殺意に満ちている。立証されたことはないが誰もが体感でそう認識している。

 都会のダンジョンの難易度が温いかといえば当然そんなことはないが……どっちもどっちの上で、だ。誤差じゃねと言われたらまぁそう。その誤差でどれだけの命が失われるかというお話。




 ダンジョンの鉄則……とまでは厳格なものではないが、いい顔されない注意事項のひとつに『前衛を格下に任せるな』というのがある。


 例えばの話だ。


 前衛が熟練者ベテランで、後衛が新参者ニュービーだったとする。

 なんらかの理由で誤射の可能性が出たとして、ベテランであれば見てからでも回避や防御が間に合う。できない場合は実力差がそれほど開いていない可能性が高い。一概にはそう言い切れないがまぁそういうことにして。


 しかしこれが逆だったらどうか。


 そもそもベテランの後衛は誤射らない、なんて理想論は存在せず、前衛ニュービーが素人特有の危うげな立ち回りによって自分から遠隔攻撃に当たりに行ってしまう事故も起こるだろう。精密な誘導や咄嗟の自壊が可能な遠隔攻撃ならそんな事故も防げるだろうが、ベテランの負担になることは間違いない。

 よほど運が良くない限り、攻撃を受けた前衛は死ぬ――防御しない格下に通らない温い攻撃なんてしないので――直接的な死因でなくても大きな隙となるだろう。


 ……まぁ前後どっちにいても実力差がある以上足を引っ張ることに変わりはないのだが。連携力の問題でもあるし。


 理由はそれだけではなく、中堅に行き着く頃にはきっちり役割分担しないと人類より遥かに強力なモンスターとの戦闘なんて行えないので、前線の崩壊は即ち全滅を意味する。




 ――全員が前衛だったらどうか?

 常に広く動きやすい野外ダンジョン専門ならありではあるが、それにしたって1体を常に囲んで叩いて入れ替わってと動く戦法は効率的ではないとされている。結局前衛が前にいない時間を作るくらいなら初めから誰かしらが後衛としていればいい。

 群れを相手に個別で迎え撃つのも非効率だし、毎回全員で囲めるほど大型の敵ばかり相手にするとも限らない。遠隔要員はいつだって欲しいものだ。

 無論、この理論が絶対の正解だという話ではないが。


 一般論として、だ。




 前衛は自己の生存を大前提として攻撃や誘導を行い、後衛は前衛が敵を引き付ける前提で最大限力を発揮できるよう立ち回る。

 それが堅実かつ安全安定の一般的な探索者シーカー御一行パーティーであるが故に。




 ――世界は広いので単騎で全部解決する化物もいるにはいるが、例外を自分に当て嵌めることほど早くに卒業しなければならない病も他になかろう。











Tips:探索者シーカーの死亡率は高い。ダンジョンを舐めた奴は古典的RPGWiz系列と同程度には死ぬ。それでも探索者シーカーになる人間が後を絶えないのはダンジョン内での間引きが行われなかった際の災害スタンピードを誰もが知っているからである。

――それと、俗物的な言い方をするのであれば金と名誉と強さを得るためか。

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