第9話 特に理由のない小鬼殺し文化がゴブリンを襲う


 両国ダンジョン1階層――環境固定平原型。

 モンスターパターン――亜人種。




 自宅からまぁまぁ近く、程々に人気があり、なおかつ環境が安定していて、危険なモンスターがいないという条件で絞った候補地から二人で選んだダンジョンだ。


 収入という点では他のダンジョンの方が優れているが、今回の目的は小銭稼ぎではないので考慮する必要もない。




 雑草としか呼ばれない芝のようなダンジョン特有の草をさくさく踏みしめて歩くこと5分弱。

 多少の勾配や茂み、エリアごとに密集している木々によって遮蔽は存在するが不意打ちを受けるほど複雑な地形でもない。


 故に、見下ろす視線の先に小さな人型モンスターの姿をこちらが一方的に認識できたのも特筆するほどの出来事とは言えまい。

 相手の感知能力が低く、こちらは二人という少数でどちらも防具が布製で静穏性に優れているから、という点も後押ししている。


「亜人種低級の代表『ゴブリン』だね。見たところ1体しかいないし武器もオンボロのダガーかな? それじゃあれいちゃんの魔法がどんなものか見せてもらいましょーっ」

「……【パニック】」


 自身の魔力に意識を集中させる。

 腕を伸ばし、照準を定めて詠唱による魔法の行使を開始――複雑な魔法ではないので発動は一瞬。対象が持つ無意識化での抵抗力とこちらの魔法力がぶつかり合い、拮抗することなく突破を確認。


 ゴブリンと呼ばれる、身長が小学生低学年ほどしかなく緑がかった浅黒い肌の小人が目を見開き泡を吹きながら叫び出す。モンスターの言語は地球上のあらゆる言語と違う上にそれを言語として認識できないのでなんと言っているかはわからない。


 この魔法の効果時間はおよそ1分。それまでに仕留めなければ死に物狂いで襲い掛かって来るし、そうでなくともあれだけ大声だと他のモンスターが寄ってくる可能性もある。


 緩い坂から駆け下りて距離を詰める。

 戦闘開始からまだほんの数秒。だがその数秒で変わる生死などいくらでもある。


 もっと早く、もっと力強く。

 魔力を全身に巡らせて足の回転を高め、【身体強化】と呼ばれるダンジョンでの基礎技術を身体に思い出させる。

 並行して【武装強化】の強度を戦闘時の状態にまで上げる。


「ふっ!」


 背負っていた短槍を両手で抜き、まずはリーチと遠心力を活かして隙だらけの頭部に上段からの一撃。

 全力で案山子に打ち込んだ時より軽い手ごたえ。

 相手の頭がひしゃげ、脱力して崩れ落ちる様子から視線を逸らさず半歩引き、真っ直ぐに伸びる突きを転がったゴブリンの胸部に差し込む。腕と手首の回転により肉を抉り身体を穿つ。

 生物らしい肉の抵抗はあるが、藻掻くような生き物としての抵抗は感じず。


 ――死亡を確認。


「終わった……」

「おつかれさまー! なーんだ勘が鈍ったって言ってたのに動きいいじゃん!」

「……魔法を使えば、当然」


 闇魔法の【パニック】は意思のある相手の抵抗を抜いた上で有効な発狂が発動すれば後始末は誰にでもできる。

 たまに凶暴化する欠点があるため不安定な戦況では使いたくないが、そもそも上層のモンスターとのタイマンなど講習段階で済ませることなので今更である。


:魔法アリでゴブリンに負ける奴いるぅ!? いねぇよなぁ!!

:まぁ普通だよな

:普通か? 初心者とは思えないほど手際が良かったが

:返り血を浴びてないのはスマートな殺し方

:魔法の発動速い……速くない?

:発狂顔なのも合わさってゴブリンくんの顔面ぐちゃぐちゃなんですが

:いいうごき!

:人型モンスターって心理的に殺しづらい人は一定数いるからな……ワイはそれで辞めた

:探索者が殺しを躊躇うんじゃねぇよ遊びじゃねぇんだ

:息も乱さず感情がフラットなまま殺してんのキリングマシーンか?

:探索者の日常風景

:1階層なんてこんなもんだろ

:なんなら攻撃魔法だったら初撃で終わってる

:しーっ!


 防水性の手袋と解体用のナイフに持ち替え、ゴブリンの胸元を切り裂いて心臓の代わりに存在する石のような物体を取り出す。

 くすんだ赤錆色でサイズは小指の爪くらい。

 これが過去の一次エネルギーから移行しつつある現代社会のエネルギー源となっており、ゴブリンの魔石は1グラム10円で買い取りがされている。いま取り出したモノであれば100円弱といったところか。サイズの割に中々重いが、密度はあっても純度が高くないので安いのだ。無駄に重いだけ。


 ……そう、ゴブリンなんてその程度のモノでしかない。だから探索者はより強大なモンスターと多額の収入を求めて深く深くへと潜っていくのだ。


 死体とそれに付随する装備はゴブリン如きではただのゴミだし、放置しておけば一塊のモンスター扱いでそのうちダンジョンに全部消えるのでいいとして。


 次はちゃんと魔法抜きで戦ってみたいと告げる。

 まだまだ魔力に余裕はあるが、できて当然のことを繰り返し確かめる必要はない。


「いいと思う! でも危なくなったら私がやっちゃうからもしもの時は巻き込まれないよう気を付けてねっ!」

「……わかった」


 直接的な殺傷能力を有する技能ではないが、うっかり範囲対象に入った日には怪我を負う可能性が高いので注意しなければ。


 ……なぜ危険を避けるためにより危険な手段が提示されているのだろう。


「加減すればいいのでは」

「いつもはできるんだけど…………咄嗟にやろうとするとつい、ね?」

「練習……」

「してるからいつもはできるんだよぉ!」


 普段通りのことができないからこその非常時なのであって、そのあたりは地道に慣らしていくしかないか。

 専業でもなく幾度となくダンジョンに潜っているわけでもないのに普段ちゃんと制御できているだけ上等な部類なのだし。これからだ、これから。


:市希ちゃんのアレは事故ったらどえらいことになるからね

:落とし穴に落ちそうになった時の最大出力無制御はヤバかったな

:あれはあれで正解だったと思うが。誰か一人でも落ちてたら死んでたわけで

:すごいよね!

:いつまでも制御できない時がありますじゃこの先やっていけないけどな

:年単位で毎週潜ってんのにできない探索者様たちにも言ってやれー?

:研鑽しようってなると参考にできる人のいない希少技能ってむずいねん……

:まだまだこれからだよ

:ダンジョンイレギュラーに殺されるその時までまだ余裕があると思ってんやろ

:は?

:あ

:不味い火種だ!

:核地雷さん!?

:死線を潜り抜けたサバイバー相手によく啖呵切ったなお前そのアカウント覚えたぞ

:なお当人はコメント様のこととか一切気にしない模様

:そういう問題じゃねぇんだよ


 にわかに流れが速くなったコメント欄から目の前の現実に意識を戻し、再び歩き出す。


 下手に焦る必要はないが……いついかなる時も生き足掻ける力が必須なのは誰に言われるまでもなく理解している。

 無駄に死にたくはないし、無力に死なせたくないからこうして命を懸けて強くなろうとしているのだ。











Tips:火力や原子力による発電は過去のものとなった。今の世界はより高効率かつクリーンな魔石で――――――タービンを回して電力を生み出している!!!

なお通常の発電所も稼働自体は引き続き行われているし、自動車や船舶、航空機といった乗り物は化石燃料で未だに現役。なんならそのへんもダンジョンから採掘されているので当分尽きない模様。資源枯渇による第三次世界大戦は起こらなかった。

――その程度のことで世界人間社会が平和にならないのは語るまでもない。

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