ダンジョンのための助走期間

第8話 いざダンジョンへ


「じゃあれいちゃんと住めるお家を探さないとね!」

「……Whyそうはならんやろ?」




 それからのことは嵐のように目まぐるしく、一瞬の間に過ぎ去っていったように感じられた。


 まず生活環境極悪の借間から2LDKのマンションへと引っ越すことになった。


 自分から出せるモノなんて何一つないので当然市希が全額支払い、彼女に言われるがままルームシェアをして実質同棲生活ということに……最近の若い子たちの間ではこれくらい普通だと押し切られてしまったが騙された気がしないでもない。


 しかし金銭面で一切役立っていない身で彼女の要望に異を唱えるのも気後れする。


 妹に聞いてもなんの反応も返してもらえなかったから実は陽キャにとっては当たり前の感覚なのかもしれない。陰キャには馴染みのない文化だ……みんな進んでいるんだな、全然知らなかった。


 無職ニートと化していた事実もバレてしまい、探索者シーカーにジョブチェンジするまでの下準備期間中ずっとお金を払ってもらうヒモ生活に甘んじることとなったのは一生の恥だが、必ずいつか返すので利子をつけて待っていてほしい。




 探索者シーカーとなるにはいくつかの条件が存在する。


 自動車免許などと同じだ。無許可で潜って事故でも起こしたら誰が責任を取るのかって話。自責賠償を満額でポンと出せるような奴は一般的にはいない。あと保険とか税金とか色々と面倒な話も絡むので……。


 とはいえ取得条件自体はそう難しいものでもない。

 成人済み(18歳以上)であること、探索者シーカーに関する講習を座学で10時間、実技で20時間ほど行った上で実力試験を合格すれば認定証が贈られる。受講料は補助金などで安く抑えられており最安値なら1万円ほど。


 地元では大体の人間がとりあえず取っておくくらいの感覚で取得していた。

 普通自動車免許の方が実生活において密接なので重要度は高いが、それに負けず劣らずといったところか。

 当然自分も親に勧められて両方取らされた。


 前までの自分の問題は初期資金が確保できず(真っ当な業界の融資はすべて断られた)装備と配信環境を揃えられなかったことが敗因だが、一般人なら少し高い投資程度で済むだろう。


 ……ソロでどうにかできるほど甘い業界じゃないだろという陰キャにとって最大の難問はさておき。


 市希への借りはすでに相当重い。


 生活環境の一新と生活費のすべて。

 コスパ重視と銘打ったミドルスペックの配信ドローンを3機と、上層にいる間は十分に通用する新品の装備一式。


 十万や二十万では利かない負債となっているのは明確で背負わせすぎだと直接口に出して伝えもしたのだが「これかられいちゃんに命を預けるのにどうしてそのためのお金なんか惜しむ必要があるの?」と心底不思議そうに問われては返す言葉もない。


 返済は当然するとして、それとは別に実際の働きでまずは借りを返していくべきだろう。




 ……買い物と散髪に行った話は特に語ることもないので置いておいて。




 我々に立ち塞がる問題はまだまだ山ほどある。


 まず現在のパーティーは紙装甲の前衛である市希とどことも言えない中途半端な立ち位置の初心者の2名しかおらず、これではどちらかが怪我しただけでお互い命の危機に瀕する可能性がある。


 実力的に1階層では少人数でも億単位の宝くじや飛行機が墜落する程度の確率でしか事故は起こらないとはいえ、危険がないわけではない。一度や二度はともかく戦力不足のまま習慣として通い続けるなんて論外だ。


 仲間を募る必要がある。


 市希がわざわざ都会にやってきたのも、ここでなら他の探索者シーカーも臨時で組むことが多く良い相手が見つかる可能性が高いからだ。人材の流動性が高いのは良し悪し両方あるが、こちらも贅沢を言えた身ではなかろう。






【4月26日/14時23分始~Live中

 元気いっぱいにやっていくよ! 二人旅からリスタート!】


「というわけで、私の幼馴染にして新しいパーティーメンバーのれいちゃんです! 今日はまだお試しだけどこれから二人で再出発をしたいと思ってまーす!」

「……よろしく、お願いします」


 だからっていきなり配信をやる羽目になるとは思って……いやもうやることはやったしいい加減始めないといつまでもヒモ生活を続けていただろうが。

 市希も再びダンジョンに潜るのはあの日以来らしいが、表面上は落ち着いて見える。


 ちなみに配信は義務だが、何も視聴者にアピールする必要はなかったりする。

 煩わしいから挨拶なんてしないしコメントやSNSでの反応なども一切見ない人もたくさんいるらしい。

 命を懸けてやっているのだから本人の気が散るようなことはしないに限る。


 もちろんそうでない、配信者たらんと興行的に盛り上げようとする配信スタイルも存在する。


 視聴者が配信者に応援の気持ちとして送金する投げ銭文化などは昔から変わらず残っているし、有名な配信者にはスポンサーが付いたりもする。広告とお金が密接に絡むのは情報社会ならどこの業界でも変わらないものだ。


 市希は興行配信の方が「楽しいから」やっているそうだ。

 攻略中はそちらに集中するが、暇があれば視聴者の求めるものを提供する配信者の鑑。見習いたいとは思わないが邪魔だけはしないようにしたい。


 配信アカウントは前のパーティーで使っていたものが代表者である市希のものだったらしくそれをそのまま使っている。

 自分のアカウントもあるにはあるが……わざわざ連携して同じ映像を流す意味などなかろう。視聴者などという数字に興味もないし。


「れいちゃんってば緊張してる? ダンジョンなんて散々潜ってるし……配信だって何度も映ってるでしょ?」

「メインで話したこととかないし……そういういっちゃんだって硬い」

「こ、これは……ちょっと間が空きすぎてて鈍ってるかも、って思っちゃっただけ? だし……?」


 地元で親に連れられて世の中ダンジョンの厳しさを叩きこまれた時とか確かにあったが……あれこそ配信ではなくただの記録として残しているタイプだろう。アーカイブに残ってはいるだろうがそれを探すだけでも手間なのは間違いない。


 端末で空中に投影したコメント欄には凄惨な過去の配信から再起した市希への好意的な言葉が多くみられる。


 ……もちろんそれだけではないが、画面の向こう側のちんけな悪意に一々突っかかるほど暇でもない。市希も正面切って言われたのならともかくただの文字列に感情は向けないし。


「はいっ! それじゃあここでれいちゃんの技能を教えてもらいましょう! わーぱちぱちぱち」

「……闇魔法」

「うんうん!」

「………………以上」

「ありがとう! 頼りにしてるからねっ!」


:市希ちゃんの明るさが陰ってなくて安心しました

:毎日アップしてる写真のご飯もすっかりドカ盛りに戻って……

:技能1枠勢か。厳しいな

:ゆーて産廃技能じゃないからええやろ。ワイなんて――

:相手の精神や視界に干渉するって字面だけなら強そうな闇魔法くんさぁ

:モンスターが使うと実際強い

:なお無機物モンスター相手には……

:格上が格下に使って強い魔法って大体敵が持ってて意味あるんだよな

:いいとおもう!

:なよなよした陰キャ風情に市希ちゃんが守れんのか?

:男じゃないよな?

:いやこの紹介の仕方は彼氏だろ。失望しました市希ちゃんのファンやめます

:どっからどう見ても彼女でしょ。百合の花を咲かせていけ

:オスカル枠だよ

:市希ちゃんに男を寄せ付けない為オスを狩る女の子……オスカルってコト!?

:男食ってるやんけ

:デキてないならどっちでもいいよ

:むしろ二人でデキててくれた方が変なのに引っ掛からなくて安心する

:結局どっちなんだよ

:それ重要?

:顔が良いからどっちでもイケる

:この面で市希の隣に並ぶのは無理があるでしょ

:幼馴染は敗北フラグだってそれ

:また大惨事にならなきゃ誰でもええわ

:↑■すぞ

:冥ちゃんとはもう組まないのかな

:っていうか他の面子どうすんだ

:これもう実質デートだろ


「れいちゃん大人気だね!」

「……そう」


 嬉しくはない……いや、今まで言われてきたネガティブな評価の諸々を思い返すとかなり優しく言われてるのでは? 主に目つきとか雰囲気とか。陰キャ呼ばわりは自認する事実なので何も言うまい。


 ただのコメントに害があるわけではないし、まぁいいだろう。

 少し気になることはあるが実生活に支障が出る訳でもなかろうし。所詮配信の中のことだ。


 まずは目の前の課題からこなさなければ。


 意気込みは十分、まともな装備も貰ったとはいえそれだけで実際に足を引っ張らずに戦えるかは別問題なのだから。


「それじゃあれいちゃんの実力お披露目、やっていくよー! おーっ!!」

「……おー」











Tips:技能とはダンジョンの存在する世界に人類が適応した証の一つとされており、主にダンジョン内で力を発揮する特殊な能力を指す。技能数は先天的に1から5つほど保有し、後天的に体得する例も数多くみられる。なお戦いの基礎とも云われる魔力操作第三技術【身体強化】は技能の内に入らない。

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