第2話 運命的な出会いとはとどのつまり作為的なもの


 悩んでも悔やんでも微睡んでも現状は変わらない。

 ならば行動あるのみ、と言いたいところだがもうここまで追い詰められてしまった以上できることがあるのか怪しいところ。


 一人からでも収入を得られてこれまでの経験を活かせるという条件でヒットするダンジョンへ行くという最終手段も今となってはもう取れないのが痛い。


 一般人がダンジョンに潜るには運転免許証やパスポートなどと同じくお役所手続きが必要な上に、あらゆる事件と兆候を見逃さない為に義務化された『ダンジョン配信』なるものが存在し、配信に必要な機材をレンタルするだけでも最低5桁の出費を求められるだろう。

 ちなみに作業者ワーカーの場合は監督官が資格を有した上で人数に応じた比率のカメラを回していることでダンジョンへの立ち入りを認められている。人が死ぬのを見たければ作業者ワーカー管理会社のチャンネルを見るのが一番効率が良いと噂されているらしいが、そもそも人死にが出るような危険な配信は観たことがないので評価は保留とする。

 ……現場を見た限り事実だと思うが。




 ――このまま死ぬまでここで転がっているつもりか。


 否。

 断じて否だ。


 自分で言うのもなんだが、人並みの根性しか持ち合わせていない自負がある。

 そんなただの一般人が空腹のまま死ぬまで我慢できるか?

 絶対途中で耐え切れずに外聞も羞恥心も投げ捨てて誰かに助けを求めるだろう。それで助けてもらえるかどうかはさておき、死ぬにしても生きるにしてもそんなみっともない姿を晒すことには抵抗を覚える。


 そもそも死体を晒すことになったら誰が後始末をするのかとか事故物件になって大家がかわいそうだとは思わないのかとか両親に顔向けできない(直視に堪えない惨状の死体)とか思いとどまる要素が次から次へと溢れ出てくる。そんな死に方は真っ平御免だ。


 すでに散々な生き恥を晒しているだろと言えばそれはそう。

 でもそれはそれ。これはこれ。

 どれがどれだよ。


「――探すか」


 何かを。

 できれば廃棄食品をこっそりくれる親切かつコンプアライアンス意識の低いコンビニか飲食店を。エコロジーなんて概念はダンジョン発生によってすでに過去の産物でしかないが。


 ……それか、いつもと一味違う奇跡的で運命的で革命的な出会いか。






 築数十年のおんぼろアパートを出て、人気のない閑散とした住宅街を当てもなく歩き出す。


 夕日が丁度空から消えて辺りが暗くなってきている。

 逢魔時だ。年甲斐もなく少年心が刺激される。


 日差しが燦々と降り注ぐ昼間より目を凝らしても先が見えないような深い夜の帳が降りた夜間の方が好きだ。

 ……何時だろうがお巡りさんに見つかると問答無用で職務質問を受けることに変わりはないから避けやすい夜の方がいいとかそんな理由も少しはあるけれど。


 自動販売機を見かけるたびにお釣りが残っていないかを確認する。

 ダンジョン発生の混乱によって電子マネーが形骸化しかけた歴史的事件に負けず今日まで残っている文明的な機能を(恩恵を享受していた過去を置いて)恨めしく思ったことは一度や二度ではない。

 みんな普通は電子マネーで買う時代だ。いや本当にみんながみんなそうしてるかはなんともわからないところなのだが、自分ですら学生時代は現金で払っていた記憶がないのだからきっとそうだろう。しかし未だに現金で買えるのは災害時のことを考えてだろうか。ふと数瞬気になっただけの疑問なので答えとかどうでもいいのだが。


 ……当然、お釣りの受け取り口は空っぽだ。

 周囲を見渡し、人がいないことを確認してから下を覗き込む。


 ――暗闇を彩る硬貨の輝きはなさそうだ。


 期待なんて元からしていないので落ち込むほどではない。


 伸ばしっぱなしの髪がアスファルトを撫でて汚れるだろうが、お風呂どころかシャワーすらできない生活環境で今更何を気にする必要があるのか。

 いや、好きでこんな惨状にしているわけではないので気になってはいるのだが。お金が無ければ文明的な生活ができないので致し方なし。






 ―――[分岐点、または岐路。それは物語となるための切っ掛け]―――






 暗がりを照らす自販機の光に集る虫のように引き寄せられて歩いていると、ふと気が付けば神聖な場所との仕切りである鳥居の前に立っていた。


「……神社?」


 こんな近所に神社なんてあっただろうかと記憶を漁ってみるが、地元民でもなく散歩が趣味でもなく周辺の地理を知り尽くしているわけでもない自分が知らなかっただけだろうという結論に至る。


 こんなザマのろくでもない人生だ。せめて最後に神頼みでもしてみるかと俗物的な思考の元、鳥居の前で一礼してから石畳の敷地内へと足を踏み入れる。


 境内に人の気配はなく、穏やかな流水と風が草木を揺らす僅かな音しか聞こえない。


 不気味に思うよりも安堵が先に来る。

 もし神主がいたら参拝者より賽銭箱を狙った不届き者と思われる可能性の方が高いだろう。


 手水で手を清めてから水を一口……これ無料なんだよなと考えてからもう何度か口元へ。流石にこんなところで髪を洗い始めるほど罰当たりな愚行を犯すつもりはないのでそれ以上は特に何もせず。

 手を振って水を切り、ハンカチなんて上品な物は持ち合わせていないので着古したズボンで埃を払うように拭う。


 雑草に侵食されかかっている寂れた参道を何の感慨もなく歩き、賽銭箱に1円玉………………しばらく悩んだ後に5円玉を投げ入れた。

 金属が木を叩く、ただそれだけの空虚な音が中で響く。


 二度頭を下げ、パンパンと手を叩く二拝二拍手。


「(もう贅沢は言わないので人並みの生活に戻れますように)」


 控えめで謙虚極まりない真面目な祈りを捧げ、一拝。


「よし」


 良いことがあるといいな。5円以上の価値の。


 ……というか神頼みをするくらいならヒッチハイクでも土下座でもなんでもして実家に帰って親に頭を下げるのが一番だと分かってはいるのだが、それでよし帰るかと思い切れるほど大人になり切れないからこんな都会で独りぼっちなわけで。

 とはいえ限界なのは認めざるを得ない現実なのでそれもひとつの選択か。


 回らない頭で考えるのはこれからのこと。

 考えるべきはなんだったか、先程まで何を考えていたのか。もうわからない。水で潤った喉だけが生き生きとしている。


 もしかしたら次の自販機には10円玉とか残っているかもしれないと淡い期待を抱いて鳥居を出ると――




「――れいちゃん、見ぃつけたっ!」




 ……なるほど。

 これも神様なりの優しさなのかもしれないが自分にとっては少々気まずい縁と繋がってしまった気分だ。

 向こうからタイトルを付けるとするならば『数年前に田舎を飛び出した幼馴染を都会で見つけたらやさぐれた浮浪者になっていた件について』とか。センス無いな。文章を扱う仕事に就かなくて正解だよ。




 ともかく。

 せめて昔と同じように片手を上げて、口下手な自分なりの親しみを込めた言葉を伝えよう。手遅れになる前に訪れた感動の再会なのだから。


「ひさじぃ”ぅゴホッ! げほっおえ”ぇぇぇ!!」

「わぁ……」


 めっちゃむせた。











Tips:ダンジョンによって世界中の宗教基盤は崩壊し、しかし再構築された。ダンジョンのある世界に適応した宗教のみが残り、それ以外は祈りを忘れられ風化していった。世界最大手の一神教は未だに健在である。

――この世界に神はいるのか。その問いの答えはまだ見つかっていない。

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