画面の向こう側の自分 ~ダンジョン配信で変わる世界~
泉 燈歌
話が動き出すまで
第1話 躓き挫けて駄目になった時
※よくあるダンジョン配信ものです。書けるだけ書いておいた分で半月ほど毎日更新した後、続くかは未定なので長編や完結をお求めの方はご了承ください。
――季節は春。
新学年、新社会人、新生活、世間では新しい自分を始める区切りの季節として賑わっている。
しかしそんな光の裏には闇もあり、非情な現実に打ちひしがれている者だって少なからず存在する。
「もう、ダメだ……」
そう、四畳半の狭い部屋で湿気った布団に包まっている自分のように。
カーテンを開ける気にもならずこうして寝転がって何もしないをしている落伍者。最低限の生命維持を続けているだけの生ごみ。
何故こうなっているのかと言えば部屋の隅に退けられたちゃぶ台の上に積み重なる紙切れが原因だ。枚数は三十だか四十だか、途中から数えることをやめた。
――不採用通知。
最初はそういうものだと割り切っていた。都会の競争率は故郷の比ではない。
覚悟が足りなかったのだろうか。それとも努力か。あるいはそのどちらもか。
そこそこの大学を出て、そこそこの会社に就職して、安全で安泰で安寧の都会生活ができればいいなぁなんて甘い考えをしていた過去の自分を殴り飛ばしたい。社会を舐めるな小童が!
……と、自分で自分に責任を押し付けてもなんにもならない。実に無意味だ。
何故この紙切れが未だに電子化されていないのかを考えるのと同じくらい意味のないことだ。全データ電子化の文化はむかしむかしに大規模な損失を受けてから消えてしまったのだ。その名残のようなものだろう。こんな送って終わりのものこそただのデータでいいと言われたらそれはそう。自分如きが考える話でもなし。異議なし意義なし。
ため息ひとつ。
「……戻りたい」
家族と仲良く付き合えていたあの頃に。気心の知れた友人に囲まれていた学生時代に。将来性があると無邪気に信じていた若かりし自分に。
思い返すのは子供時代。嫌なこともそりゃもちろんあったが、それはいつの時代でも思い当たるところがあるので仕方なし。一番幸せだったのは何歳の頃か、そんなことばかり無為に考えてしまう。
都合の良い奇跡など起こらない。
神様になんて会えないし、隠されし力に目覚めることもなかったし、昔別れた相手との運命的な再会もなかった。……あと宝くじに当たることもなかった。
後悔したところで時は戻らず、では先を見据えてみればどうか。お先真っ暗で夢も希望もお金もない。
そう! お金が!! ないのである!!!
まだ最初は大学の繋がりで紹介してもらったアルバイトでどうにか生活できていた。貧乏ではあったがそれも就職するまでの辛抱だと自分に言い聞かせて働いていた。
しかしいつまでも就職先が決まらず、ある日突然バイト先が潰れた。理由はよく知らないし教えてくれる相手もいない。今の世の中よくあることらしい。
当然のことながら失業保険を申請し、しばらくはそれで凌げた。
だが失業手当とは働く意思が認められてこその制度であり、
もちろん職安の斡旋先の業種によっては向こうから「こんなやついらんて」と返される場合もあるし自分もその例に漏れずほとんどの面接官から採用を見送られた。
曰く――
「人殺しの目をしている」「(緊張で震えているのが)ヤク中かと思った」「声が小さい」「背が低い上に貧弱」「愛想がない」「陰気で厄が移りそう」「で、前科は?」「笑顔は本来攻撃的なモノだと思い知らされた」「地味」「なんか嫌」「客が減りそう」「用心棒としてなら」「ヤった数より殺った数の方が多そう」「うちカタギ商売なんですんまへん」
すべてが直接言われたものではないが、それにしたってただの一般人に対して辛辣にもほどがある。そりゃあ昔から似たようなこと――目つきが悪いとか――は言われていたが、それだって小学校中学校と長く付き合っていればクラスメイトたちも生まれつきそういうものなのだと馴染んでくれた。……それでも若干距離があったような気はしないでもないが、それ以上を求めるのはわがままに過ぎる。
話を戻そう。
そんな自分が唯一採用されたのが
三十年ほど前に世界中で出現した『ダンジョン』と呼ばれる場所で新資源を採掘するだけの簡単な公共事業で笑顔が絶えずアットホームな雰囲気の職場です。
なお実態はダンジョン出現直後の混乱期に立法された――世紀の極悪法に数えられる――政府公認の民間委託会社によるブラックな職場とする。本来想定されていた用途ではまた違った側面もあるのだが、大多数の認識ではそうなっている。
危険度で言えば工事現場での肉体労働に追加で
それでも唯一残ったこれすら受けなければ手当が支給されなくなるし背に腹は代えられないと栄養の足りていない頭で能天気にも出荷されて――初日から死にかけた。
特に目立った能力も持たずそもそもどこにも行き場がないような落ちこぼればかりが集まる
ダンジョン内の雑草を抜いたり刈り取ったり、小石を退けて地面を均したり、道を塞ぐ倒木を退かしたり、歩荷よろしく荷物を背負って中間層に物資を運んだり地上に資源を持ち帰ったり、木を伐採したり山で採掘したり海や川で魚を獲ったり……やること自体は本当に単純なのだ。ちゃんとやり方を教えてくれるし。
――ただちょっと草刈り機で草を刈っていたら隣の列を担当していた同業者の首が飛んできたりするだけで。
その後すぐに監督官が自分では追いつけない速度の戦闘を始めて命拾いしたが、こんな職場では運の良さだけではいくつ命があってももたないだろう。自衛能力があればまだいいかもしれないが、それだけの能力があればそもそもこんなところにいない。
ダンジョンと呼ぶからにはそこにはモンスターがいて然るべき。
当然いる。何故かと問われてもダンジョン自体が理屈で説明できないモノなのでなんとも。そういうものだからそうなのだ。
現実に存在する動植物をモデルにしたようなモノ、童話や神話に語られる特徴を持つモノ、人類が今まで観測したことのない新種とも呼ぶべきモノ。
そのどれもがただの人類種よりも強い。
全部が全部人間よりスペックが優れているというわけではないが……切った張ったの殺し合いに慣れていない無手の人間など中型犬にも勝てるか怪しいので比較対象としては微妙なところ。人類の強みとはちゃんと武装した複数人による戦術があってこそなので。
そんな職場で一週間ほどは自分なりに頑張って働いていた。
幸いなことに頼りになる先輩に目を掛けられて安全の確保の仕方や監督官との付き合い方、すぐに守ってもらえる位置取りと立ち回りなど多岐にわたる役立つ知識をご教授頂き、そのおかげで今日まで生きてこられた。
ただ残念なことにその先輩は奇特な性癖の持ち主だったようで、突然対価を身体で支払うよう迫ってきたので逃げ出してきたというわけだ。
どこの世界にも変な人はいるものだ。ダンジョンで死んでてくれないかな。くれないだろうな。あぁいう手合いは底辺で生き足掻くことに関しては類稀なる才能を持つのだ。
人権というのは守られる価値がある者に適用されるもの(人権宣言の理想が叶わぬ現実)なのだ。
一般社会ならセクシャルハラスメントとして訴える手もあるだろうが、人命が簡単に失われるダンジョンでのセクハラのひとつやふたつ、それも
で、最底辺労働者ですらなくなった今現在。
通帳には無慈悲なマイナスと数字の羅列。
薄っぺらい安物財布には駄菓子を買えば消える程度の小銭がいくつか。
契約が切れて通じなくなった携帯端末。
振込滞納により止められそうな電気ガス水道のライフライン。
家賃滞納により今にも追い出されそうな借間。
頼みの綱である職安にはもう行けず。
生活保護なんて制度は過去の遺物。
「詰んだ……」
千川 怜(せんかわ れい)二十三歳無職、人生のどん底に到達。
二十一世紀半ばの春の事であった。
※水道が民営化されている世界線なので水道を止められる猶予が早まり電気とガスに並んでいる。
Tips:ダンジョンの出現による影響は文字通り世界を変える規模であり、その最初期に発生した動乱――ダンジョンからモンスターが噴出する『スタンピード』現象――
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