【後編】聖なる夜。サンタクロースの少女に、恋をもらった。
物音を聞いた気がして、はっと目が覚めた。
あの後、冬空と別れ、家に帰ってきた僕は、最低限の支度を済ませ、一目散にベッドへ向かった。何かとハードな日だったこともあり、疲れていたのだろう。ベッドに身を預けてから眠りにつくまで、あっという間だった。
付近は真っ暗。時計を見ると、午前二時半過ぎだということが分かる。
零時を過ぎているため、今は十二月二十五日。クリスマスだった。
クリスマスの夜に、物音を聞いて起きる。既視感のある光景に思わず笑みをこぼしてしまう。
冬空は今頃、何をしているのだろうか。
中途半端な別れだったこともあってか、どうしても冬空のことが頭の中にチラつく。冬空のことで頭がいっぱい……とまではいかないにしろ、ついつい心配してしまう。
また会ったとき、改めて色々と話がしたい。
そんな事を考えながら、僕はもう一度布団の中に身をうずめ二度寝を試みる。
その刹那、
「花村くん!」
ガタンッ、と。勢いよく僕の部屋のドアが開け放たれた。
そこに立っていたのは、妹でも家族でもない。見覚えのあるサンタクロースの服装に、白銀色のロングヘアー。
そして、つい今晩、僕が貸した赤色のマフラー。間違いない。
冬空聖が、すぐそこに立っていた。
「なっ、冬空! どうして」
すっかり動揺してしまい、ロクな言葉を話せない。空いた口も塞がらず、ただただ呆然とすることしかできなかった。
冬空がいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「私はこう見えてもサンタクロースの孫娘ですからね。おじいちゃんにちょっと無理を言って連れてきてもらいました。ですから今回は事故ではありません」
「いやいや……」
そんなまさか。無茶苦茶を通り越してもはや笑えてきた。
もしかしたらサンタクロースはかわいい孫娘に甘いのかもしれない。
「だとしたら、冬空は何しに来たんだ? わざわざ僕の家まで来て」
「一つは、花村くんに借りたマフラーを返し忘れていたことに気がついたからです」
まじかよサンタクロース。これ、ただの職権乱用だろ。
呆れ返る僕に冬空ははにかみながら、巻いていたマフラーを解き、僕に手渡してくる。
促されるまま手に取ろうとして、僕はふと思い立ち、その手を引っ込めた。
「そのマフラー、冬空にあげるよ」
「え! いいんですか」
「うん、だって帰り道とか寒いだろ」
「ありがとうございます。大切にします」
予想外の展開だったのか、冬空が一瞬固まる。が、すぐに復活し、大事そうにマフラーを胸に抱える。
そんな冬空を見て、僕はふと朗らかな気分になった。
「それで二つ目の目的は」
「待って、二つ目があるの?」
「はい。むしろこちらが本題です」
完全に終わりの雰囲気だったこともあり、不意をつかれた僕は、思わず質問を返してしまった。
冬空は満面の笑みで話を続ける。
「二つ目の目的は、花村くんの助言を実践すること、です」
「助言?」
「はい。『冬空らしさを大事にして』と、今日、花村くんは私に言ってくれました。ですから私、自分にできる最大限のプレゼントを贈りに来たんです」
もう十分プレゼントは貰ったと思うが……。冬空がそう言うのだから、ありがたく受け取ろうかなと思い、「ありがとう」と返す。
それにしても、照れているのだろうか。なぜだか冬空の顔は、少し赤らんでいるように見えた。
「それで、ちょっと時期尚早かとは思ったのですが……」
「?」
「……引き延ばしてもどうにもなりません。受け取ってください!」
冬空が意を決したように顔を勢いよく上げると、僕に向かってずいっと顔を寄せてくる。
間近で見た冬空の顔は美しくて、やっぱり少し頬のあたりが赤かった。
唐突のことで声も出せない。そうこうしているうちに、冬空はどんどんと距離を縮めていって――
◇
冬空が出ていった後も、僕はしばらく冷静になれそうになかった。
冬空はあの後、時間が迫っているとかで、いつかの僕みたいに足早に去ってしまった。
「ではまた」と微笑む冬空の顔が、くっきりと脳裏に焼き付いて忘れられそうにない。
それにしても、と僕はそっと自分の口元に手をやる。
「それは……さすがに時期尚早だろ」
唇に微かに残ったぬくもりを感じて、余計に心臓の鼓動が早まる。
その日、冬空からもらったプレゼントは、絶対に忘れないだろう。
そう僕は確信した。
聖なる夜。サンタクロースの少女に、恋をもらった。 夜野十字 @hoshikuzu_writer
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