【中編】クリスマスイブ。僕からの贈り物。
「今日は本当に、ありがとうございます。非常に助かりました」
冬空が深々と頭を下げる。そんな彼女に僕は「別に、かしこまらなくていいよ」と返したものの、どうにも手持ち無沙汰になってしまい、手元のコーヒー缶をぎゅっと握りしめた。
ティッシュ配りは終わり、僕と冬空は、近くの自販機でそれぞれホットコーヒー(無糖)とホットココアを購入し、駅ナカのベンチに座って暖を取っていた。
雪もあれからどんどんと勢いを増し、結局途中からは駅の中で配ることになって、今に至るというわけだ。
現在時刻は午後十時。高校生が出歩くにしてはいささか遅い時間帯。
僕は別に大丈夫なのだが、冬空はどうなのだろうか。と、他人事ながら僕はふと不安になった。
「冬空、時間、大丈夫なのか」
「ん? ああ、それなら大丈夫です。私駅のすぐ側に住んでますから」
「マジか」
「マジです」
冬空は楽しそうにふふっと笑みをこぼした。先程までは沈んでいた彼女も、どうやら少しずつ回復してきているようだった。ホットココアのおかげだろうか。
「そう言う花村くんは大丈夫ですか? 花村くんの最寄り駅、ここじゃないですよね」
「別に問題はないよ。終電まであと二時間もあるし」
「えぇ……」
「親にも連絡はしてある。……どうかしたか?」
「花村くん。君はもう少し自分のことを労ったほうがいいと思います」
「十分に労ってるよ。毎日最低四時間は寝てるし、三食欠かさず食べてる」
冬空は冗談じゃないとでも言うような顔をしていた。特におかしなことは言っていない。あくまで事実を述べただけなのだが、どうにも煮えきらない感じだった。
そんな冬空の言葉に対して、僕は真っ向から異を唱える。
「そういう冬空も」
「?」
「もう少し自分を大事にした方がいい」
「花村くんに言われたくはないです」
「そっくりそのまま返すよ」
一通り言いたいいことを言い終わり、僕たちは一度息をつく。
少しの間の後、少し頬を膨らませて今度は冬空が先程の僕の言葉に異を唱えてきた。
「私はちゃんと健康的な生活をしていますし、自己管理も怠っていません」
「じゃあなんでこんな寒い日に、駅前で大した防寒もせずにティッシュ配りなんかしていたんだ?」
「うっ……」
痛いところをつかれた、というような顔をする冬空。重量のある空気が、僕たちの周りに満ちてゆく。
「それは、私にできることを考えた結果で」
「薄着でいるのも?」
「それはただ面倒だったからです……」
冬空がバツが悪そう身を縮こまらせる。普段敬語を使っていることもあって真面目で抜け目がない印象なのだが、昨年といい、実際は詰めが甘くなりがちな普通の少女なんだなと改めて気付かされた。
「冬空って、ちょっとおっちょこちょいだよな」
「心外です」
「いや、ただ微笑ましいなって思って。ごめん」
「謝らなくてもいいです。事実ですから」
横に顔を向け、隣にいる冬空を見つめる。
僕の目には、冬空が何かを諦めているかのように見えた。
「それに、私がおっちょこちょいなのが、そもそもの原因ですし」
「どういうことだ?」
「簡単に言えば、戦力外通告ですよ。昨年、私は君に見られるという失態を犯しました。そのせいで、今年はプレゼント配りの人員から外されたんです」
「そんなことが……」
「あるんです」
冬空にとって、この大仕事は一年の目標になっていたはずだ。
そこから追い出されたショックで、こんな投げやりな行動に出た……?
もしかしたらわざわざ薄着でいたのも、このことが関係しているのかもしれない。
「それで、何か暇をもらった私でもできることはないかと模索した結果が、これです。不特定多数の人に、もらっても迷惑にならないものをあげようと思ったから、沢山の人が集まる駅前でティッシュ配りをしていたんです」
分かりましたかとでも言うように、冬空はため息をついた。
その姿を見ているとどうにももどかしい気持ちになって。何かできることはないだろうか、と思案する。
だが、そんな短時間でベストアイディアが浮かぶわけもなく、結局どうもできないという情けない状態であった。
そもそも、僕と冬空では置かれた環境が違いすぎるのだ。僕は普通の男子高校生。しかし、冬空はあのサンタクロースの孫娘。共通項は年齢と出身校ぐらいである。
そんな、ただちょっと秘密を知っているだけのクラスメイトが彼女にしてやれることなんて……。
無言の状態が長く続く。お互いに手にした缶はとうに空になっており、気まずい空気だけが流れていた。
「じゃあ、そろそろ帰ります」
「……ああ」
良くない雰囲気を先に壊したのは、冬空だった。冬空はすっと立ち上がると、僕に向かって軽く礼をし、「今日はありがとうございました」と告げてこの場を立ち去ろうとした。
早急に判断を下さなくてはいけない。
相手が今にも去ろうとしているとき、焦燥に駆られて行うことといえば、いつも相場が決まっていた。
「冬空!」
ベタなラブコメみたく、僕は声を張り上げる。冬空が驚いてこっちを振り向いた。
「僕は、いいと思うよ。実に冬空らしいなって感じる。ティッシュだって、一部の人からしたらすごくありがたいものだし」
自分でも笑っちゃうくらい口下手である。何言ってんだ僕、と呆れるが、ここまで来て引き下がれるわけがなかった。
「つまりはさ、冬空は冬空らしさを大事にして行けばいいと思うんだ。そんな冬空も……こう……輝いて見える」
僕と冬空の間に、先程とは違った類の沈黙が降りた。
一気にいい終えて、どっと緊張が解け、急に気恥ずかしくなった。無音なのが余計に僕の心を抉る。付近に人が居ないことが、なによりの幸いだった。
羞恥心でかぁっと赤くなる僕とは対象的に、冬空はいつかのように呆然と僕のことを見つめてくる。パチパチとまばたきを繰り返した後に、そっと冬空は口を開いた。
「……ありがとう、ございます」
冬空が優しい笑顔を浮かべる。
控えめに発せられたその言葉と笑顔で、頑張って体を張った意味があったんだなと安心する。冬空のことも多少は元気づけられただろうか。
「それじゃあ、また今度な、冬空」
「え! あ、ああまた」
冬空を勇気づけられた。と確信した僕は、感傷に浸る隙も与えずに席を立ち、若干足早に改札へと向かう。
コーヒー缶をゴミ箱に放り込みながら先程の行動を頭の中で反芻し、流石にちょっと素っ気なさすぎるだろうか、と少し後悔する。が、こればっかりは致し方がないことだった。
これ以上冬空と一緒にいれば、照れや恥ずかしさで押しつぶされてしまっただろうから。
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