短編 無口な男
杜鵑花
短編 無口な男
僕はとある中小企業の従業員だ。
仕事は普通にこなし、決して秀でている訳でもないそんな平凡な男だ。
しかし、僕は少し特殊な性格をしている。
それは、何かに1度興味を持つと何処までもその対象を追いかけるという物だ。
僕はそんな自分の性格を可笑しいとは思わないし変えようともしない。
今まではそう思っていた。
そう……今までは……
さっきまでカチカチと鳴り響いていた無機質なタイピング音は一瞬で鳴り止んだ。
それは、昼休憩に入ったからである。
さっきまでそこらに居た従業員が殆ど消え去っていた。
社内に残っているのはごく少数の人間だけだ。
その中には僕の嫌いな男も居た。
そいつは僕と同じ時期に入社してきた所謂同期というやつだ。
同期と言ったら仲が良い感じがするが僕は仕事間でのそういう関係は要らないと思っている。
特にそいつとの関係は要らない。
そもそも、そいつと同期というのも癪に触るぐらいなのだ。
理由は直ぐにでも分かるだろう。
「よう!久しぶりだな!って言ってもずっと社内に居たか!あははっ!」
案の定、そいつは俺に話し掛けてきた。
こいつの話は何時も理由の分からない言葉から始まる。
この時点で、僕は殴りかかりたくなるぐらいイライラするがここはグッと堪らえよう。
「そうか……で?何の用だ?僕は君と仲良しこよしする為に、会社に来てるわけじゃないんだが。」
1人で勝手に盛り上がっているそいつに対して、僕はそう冷たく当たった。
何時もこんな感じだ。
「用って程でも無いが1つ聞きたいことがあるんだよ。聞いてくれるか?」
「断る。」
「あそこに人が居るだろう?あいつは最近入って来た新入り何だけどな……」
「おいおいおい、君には耳がついてないのか?」
「あ!そう言えば知ってたか?耳が不自由な人は目がいいらしいぜ!」
こういう所が嫌いなんだ。
こいつの人に構わず思い付いたことをべらべらと喋る所が!
「そんな事は当然知ってるさ!目が不自由な人は耳がいいとか他にも色々あるな。一部が欠けている人は一部が秀でているんだ。まぁそんな事はどうでも良い。早く本題を言ってくれないか?昼食を食べる時間が無くなる。」
嫌いだとか思いながら結局話を聞くのは僕の性格故だろう。
「あの新入りは知ってるだろ?名前は、
「そもそも、新入りが居たことすら知らないな。僕は基本、人間とは喋らないんだ。」
「じゃあ、俺は人間じゃあ無いって事かよ?!」
「何だ?自覚してなかったのか?僕は君の事をただの有機物だと思っている。」
「ひでー。」
本当にそう思っているのかどうかもわからないぐらい腑抜けた声が響いた。
こいつにとっては僕にどう思われようと関係無いらしい。
「そんな事は良いだろう?あいつが喋ったら何かあるのか?」
「別に何かあるわけでも無いけどよ……あいつ、喋らないんだ。」
「は?」
思わず、口から素っ頓狂な声が漏れてしまった。
「喋らない?そういう性格だからだろう?!まさか、そんな事を話すためにこの僕をここまで引き止めたのかい?!」
僕はそんな怒号を飛ばした。
社内には既に僕とこいつしか居なく、声は異様に大きく聞こえた。
「いやいやいや、そんなわけじゃあないんだ。喋らないって言うのは、全くもって喋らないって事なんだ。もう無口なんてレベルじゃあない。」
「ほう。意外と興味深いじゃないか。気になってきた。彼は話し掛けられたらどうするんだい?」
僕の怒りは興味によって消え去り、僕はそんな質問をしていた。
「それが……全部紙に書くんだ。それも、恐ろしく速く。」
「それはとんだコミュ障だな!!」
「面接の時はどうしたって言うんだ?」
「噂では仕事の速さだけで入社してきたらしい。あいつは手だけは人の何倍も動くからな。」
「ふむ……そいつは奇妙な奴だな。」
「それに、あいつはマスクを何時も着けていて外さない。花粉症でも無さそうだからまじで気味が悪い。」
無口でマスクを着けていて、仕事は人よりできる。
僕がこれ程までに興味を持った人物は居ないだろう。
だから僕は言った。
「なぁ、君、彼のマスクを何とかして外してそれを写真に取ってくれないか?」
「いやいやいや、お前が行けばいいだろう?!何で俺なんだ?!」
「君は少しでも彼と関わりがあるんだろう?それに……君も彼の事、気になってるんだろう?」
「グッ……分かったよ。何とかするよ。」
そう言って、あいつは去って行った。
あいつが僕の視界から消え去ると同時に、昼休憩が終わった。
どうやら、僕は昼食抜きのようだ。
その後は、特に何かある訳でもなく、1日が終わった。
そして、翌日。
俺はリビングで「猫山晴彦さんが昨夜から、消息不明になっている」というニュースを見ながら、固まっていた。
猫山とは、あいつの事である。
僕は猫山の事は嫌いな為、消息不明になった事は然程問題じゃあない。
それよりも問題なのが猫山が田中についての情報を僕に伝える前に消えてしまった事だ。
非常に残念だ……ん?
僕がスマホを開けると、猫山から通知がきている事に気づいた。
それを見た瞬間、僕はこの性格を直そうと心に決めたと同時に、好奇心は猫をも殺すという言葉が頭にこびりついた。
最後に、僕から言えるのは彼は無口だったたったそれだけだ。
短編 無口な男 杜鵑花 @tokenka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます