第2話 石板の謎

「とりあえず今日は、この部屋を使え」

 なんだか、疲れ切った騎士様と、名残惜しそうな神官さん。


「ああ、そうだ。お前達は、気にしていなかったようだが、一応の説明をしておこう。予定されていた、……召喚される勇者は本来一人だった。今回、何かの間違いで、三人も来たようだが……。すでに、王国では予定ができていてな……。初期の弱い勇者を鍛え、一緒に魔王を倒しに行くチームも万全で、すでにかなりの強さになっている。あとは、勇者が入り、浅いダンジョンから順に回れば、すぐにでも深層まで行けるだろう。その間、お前達は。いや、しばらくは城に居られるだろうが……、勇者にかなり経費が使われる。各国の寄付もあるが、貴族院と連合国の議会がどんな判断を下すのか、今のところ分からない。申し訳ないが、城から追い出される覚悟もしておいてくれ。だから…… 城に居る間に勉強をしておくが良い。本当にすまない……」


 女騎士さんは、言いたいことを言って、出て行ってしまった。


 だが俺は、それどころではなく。

 ずっと膝の中で、好実がぐりぐりと動いていたからさ。

 高校生、それも二年の性旬真っ盛り、多少元気にもなるのよ。


 女性神官さんも、ガン見していたぐらい反応していたし、好実も気がついていただろう。

 なにげに、彼女が座っていたところ。お漏らしでもしていた感じで、なにかで、濡れ濡れだし。

 ズボンが濃い色だから、良いようなものの、薄い色なら事案だよ。


 ドアが閉まり、俺は床に座り込む。

 ベッドにもたれかかるように左腕を掛け、その腕に頭を乗せる。


 こちらの時間が少し進んでいるようで、腕時計を見ると今はまだ、十四時過ぎだが、外は夕暮れ。

 この部屋に入って来たときに、窓から見えた風景から察するに、結構立派な城郭都市だった。


 さっき聞いた話もあるし、異世界転移。

 それと、普段の態度。好実ちゃん、ひょっとして俺に気があるのかもと思っていた。あーうん。俺の願望も込みで、こっちに来る前からなんとなく予想は付いていたが、混乱の中で突然の告白。


 当然、頭はぐちゃぐちゃ。


 ぼーっと、部屋を見回す。

 床も石造りだが、見たことのない動物の毛皮が敷かれている。

 部屋は意外と広く、五メートル四方くらい。

 

 ベッドが一つ。

 見たことない道具が、部屋の隅に二つ、

 ソファーとテーブルが、一セット。

 謎のカゴが一つ。


 部屋の中は、そんなものだ。


「お風呂とか、食事とかあるのかしら?」

 俺が座り込んだのを見て、入り口近くから、こちらへ歩いてくる。

 多少、もじもじと遠慮しながら。


「さあ、どうだろうな?」

「あのう。靴、脱いで良い?」

「いいよ」

 そう言うと、靴を脱いでポーンと体をベッドに投げ出す、好実ちゃん。

 壁に背中を預けているが、この角度、この高さ。俺の位置からだと、もろに下から、覗いている感じになるんですけど。


「あっ、思い出した。はいっ」

 そう言って彼女は、恥ずかしそうに俺の額へ、足をげしっと置く。


「何これ? それとパンツ見えてる」

「えっ、あっ、ごめん。美葉が言っていたの。お兄さんが、美葉がコレすると喜ぶんだって。たまに、お小遣いまでくれるって。えっと、嬉しくないの?」

「マジかよ。光吉さん何やってんだよ。今度会った時、顔を見られないよ。それと、美葉の言ったことは、九十九パーセント嘘だ。忘れろ」

 そう言うと、嫌そうな顔をする。

 この顔は、どっちなんだろう?


「えー。じゃあ忘れる。お兄さんも、お知り合い?」

「そう。幼馴染みで、昔から遊んでいたから」

 そう言うと、また、好実の顔が曇る。


「聞いていい? 美葉から聞いたけど、手を繋いだのも、キスしたのも、えっと、 ……えっちしたのも、美葉が初めてなんですって?」

 とっても、機嫌悪く聞いてくる。


「いやまあ、いくつかは、覚えがあるけれど、エッチはしていないはずだぞ?」

 そう言うと、好実はさらに怪訝そうな顔になる。


「結構最近だよ、夏休みにお家に行ったら、暑くて血が騒ぐからやらせろって、そう言われて。望がどうしてもって言うから、仕方が無く。じゃあ一回だけだよって、体を許したって」

 そう言って腕を組み、私プンプンですと、お怒りポーズだ。


「どんな、ガバガバ設定だよ。暑いからやらせろって、俺はどんなサイコな奴だよ。家に来たって言ったって、最近はあまり来ていないから。えーと。夏休みの最後は、宿題を写しに来たのが、五日間。その前は、うちのばあちゃん家の町で花火があるから、いつもの様に来たのと、後は、プールの後に寄ったくらいだな」

 そう言うと、思い出したようだ。


「プールは、一緒に行ったときのかなあ?」

「そうそう、七月の終わり」

「その時に、私ね望君のことを、好きだと意識したの」

 そう言って、彼女はベッドの端から、膝から下だけ垂らしていた足を引き上げ、体育館座りをする。


「だから、ぱん…… まあ、良いや」

 目が行かないように、俺自身が向きを変え、ベッドに背を預ける。


「あの時ね、プールから出た望君の体、かっこよかったの」

「そりゃどうも」

「やっぱり、理想は細まっちょだよね」

 そう言って、言葉が止まる。

 そう言われた俺も、どう返して良いのか分からないが。


「そう、その時に。美葉に望君のことを、好きなのか聞いて。別に付き合ってないって言うから、私好きになっちゃったって。わざわざ言ったのに。そのあとだよ、夏の暑さに負けた、望の性欲には贖(あがな)えなかったって。一回だけだから、興味もあったし、許したって。ひどいでしょう。私が、望君のことを好きって、きちんと言ったのに……」


 そう聞いて、思い浮かぶプールの後。

 美葉もひょっとして俺のことを、と、思ったがこの状態。口には出さない。


「あの日、『暑くて家に帰るまでに、脳みそが溶けるー』美葉がそう言って、家へ寄って。そうそう、勝手に冷蔵庫からジュース出して、グラスは二つだったけれど。飲んでいる間に、奴はシャワーへ行った。俺は疲れもあったのか、寝てしまったんだ。そうだ。あの時。入れてくれたのがジュースだと思ったら、美葉が入れたのがチューハイだったんだよ。後で分かって。まあ、良いけれど。それで目を覚ますと、一緒に、美葉が俺に抱きついて寝ていて、夜だから起こして送っていこうとしたら、今日は良いのって言って、一人で帰ったんだよ。珍しく。普段なら送っていけって言って、強引に連れ出されて、途中でアイスをおごらされたりして……」

 思い出しながらしゃべっていると、後ろから口を塞がれる。


「もういいの。分かったから。そうかぁ。悪い事をしちゃったなあ。でも、悔しいけれど、一番最初は譲ったから、もう良いかなぁ。ここには、美葉ちゃんいないし」


 その後、案内の兵士さんに呼ばれて、一応、食堂で味のない肉じゃが? と堅いパンを食べさせて貰った。


 廊下は暗いし、壁に刺さっている松明の明かりは揺れて怖いし、トイレは単なる穴だし、お風呂などないし。


 水を浴びるなら、教会の脇にある泉で浴びろと言われた。

 昼間なら、訓練後の兵士達も使っていると言われたが、夜だが二人で向かう。

 訓練後の兵士達、混浴なんだってさ。


 兵達は、裸を見られたくらいで、動きが止まると危険だからと言うことらしい。この世界って、けしからん。


 途中で、当然見張りの兵士に会う。

 僕たちの格好で、召喚された人間だと気がついたようだ。高校の制服。夏服だけど襟付きの服は、俺達以外見ていない。皆、襟刳(えりぐり)が丸く、かなり広い。


「どこへ行く」

 聞かれてとっさに、言い訳をしてしまう。


「ちょっと教会まで。お告げがありまして」

「なに、神からのお告げだと、それはいかん。急ごう」

 そう言って、手を引き、連れて行かれる。


「拝む前に、身を清めたいので、ここまでで良いです」

 そうお願いして、二人っきりにしてもらう。

 そう言ったのに、離れた所から見ているようだ。


 一応、中庭から、水浴び場は見えないように大きな壁があった。

 中に着込んでいた、俺の肌シャツを犠牲にして、タオルとして使う。


 彼女も、吹っ切ったのか、一気に脱ぎ。一気に体を洗う。

「ううっ、冷たい」

 湧水なのか、かなり冷たい。体を拭いて、服を着込む。


 一応、言い訳のために。正面から、教会へ入り中へ。

「こういう時代って、教会の力が強いから、うかつなことを言うと良くないね」

 雑談をしながら、一番奥まで進む。そして二人で、石板の前にたたずむ。

 明かりはないが、月の明かりがかなり明るい。


 段の上には、神様の像ではなく、幾何学な文様や文字の書かれた、ロゼッタ=ストーンぽいもの。かなり縦に長い、将棋の駒のよう。


 なんとなく、片膝を跪き。手を組み拝んでみる。


 当然、神は何も語らない。

 そんな、哲学的な言葉が、脳裏に浮かぶ。


 立ち上がり、ふらふらと謎の石板に手を触れる。

 やはり、何も起こらない。

「何も起こらないね」

 彼女も残念そうに、石の表面をなでる。


「起こっても怖いけどね」

 そう言ったのに、ついやってしまった。異世界定番、魔力供給。


 ええ。俺は、本当に深い考えも無く、そんな事をしてしまった。

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