第7話 スペース・サイドストーリー/PARTⅢ

 ボリスの拳が男の顔面に突き刺さる。男は勢いよくぶっ飛ぶと棚に激突した。棚の電子部品がバラバラと男の足元に散らばる。


「なんだって手を貸せねぇっていうんだ、あぁん!?テメェ俺が刑事デカのとき見逃してやった恩を忘れたってのか!」


「ち、違うって旦那!旦那への恩は忘れちゃいねぇし、手を貸してぇのも山々なんだができねぇんだよ!」


「なんだと?もっぺん言ってみろ!」


 ボリスが偽造屋の男の胸ぐらをつかんで持ち上げる。小柄な男の足は地面につかず、虚しく宙をバタバタと蹴るばかりだった。


「く、苦しい……、息ができねぇ……」


「ボリス、放してやって」


 アリスがボリスの腕をつかむがボリスは聞かずに男を締め上げる。


「コイツが協力するって言うまでは放さねぇ!」


「だ、から、ぬ、ぬすまれ」


「なんだ!」


「ボリス、首が締まってるって!これじゃ話したくても話せないから!」


 アリスが叫ぶとボリスはあぁ、そうかとつぶやいてようやく手を離した。男がむせかえりあえぐと息を肺いっぱいに吸い込む。


「ったく、元刑事のクセに手荒いんだから。それでなんて言おうとした?」


「そ、それが偽造に使う機材一式をみんな盗まれちまったんだ、だから手を貸したくてもできないんだよ」


「盗まれた?誰に?」


 アリスの問いに男が頭を横に振る。


「わ、わからねぇ!ランカだとか何とかいう金髪の男に取られたんだ!」


「ランカ?なんかどっかで……?まぁ、いいか」


 アリスは一瞬、思考をめぐらせたが思い出せないのですぐにやめた。


「にしても機材がないならどうしようもないな……、ボリス、他に偽造できるやつは知らないの?」


「いや、ここらじゃこいつが一番腕がいい。ほかの奴はよく知らねぇし信用もできねぇ。偽造なしで何とかするしかないな」


 ボリスが頭をかきながらぼやく。とりあえずモーテルに戻り次の手を考えようと思ったその時、アリスのスマートデバイスに着信が来た。モーテルに残してきたレイからだった。


「レイ?何かあった?」


「それが、モーテルに黒服の人たちが来てます。二人を探してるみたい」


「ちっ、もうそっちに来てるのか。レイ、二人を連れてセレスティアに戻って。道はわかるよね?」


「はい、わかります。偽造IDはどうなりました?」


「そいつは無理だった。とりあえず今はセレスティアだ。そこで次を考えるよ」


「わかりました、それじゃ今から二人をつれ  

て……、まずい!」


 レイの声が緊張した声音こわねに変わる。どうやら追手がすぐそこに迫ってるらしい。


「レイ!いますぐそこから離れろ!」


「はい!ジュリアさん、ジーノさん!窓から逃げますよ!」


 レイが叫んだ瞬間、大きな物音と共に大勢の足音、レイの叫び声、ジーノの雄叫びがデバイス越しに響いた。


「レイ?レイ!クソっ!」


 アリスは途端に偽造屋から飛び出し、モーテルへの道を走り出した。道を歩く人々が慌てて道を飛びのく。走りながらアリスの心臓がざわざわ騒いだ。なにが追手は来ないから大丈夫だ、レイたちを残してきた自分に腹が立つ。もしレイに何かあれば自分で自分を許せないだろう。


「?……あれはジュリア?」


モ-テルの道半分のところで路地でぐったりとしているジュリアを見つけ急いで駆け寄った。


「ジュリア!アンタ無事?けがはないの?レイたちは?」


 矢継やつぎ早に質問するアリスにジュリアは息も絶え絶えの様子で答えた。


「私、は……大丈夫、です……。でも、二人が……」


 その時再びアリスのデバイスに着信が入る。発信相手はレイだった。


「レイ?レイ聞こえる!?」


「ええ、ちゃんと聞こえますよ。残念ですがレイさんは取り込み中ですがね」


 電話口に出たのは知らない男だった。おそらくこいつがくだんの男、アンソニー・トマシーノだろう。


「アンタがトマシーノ?噂はいろいろ聞いてるよ」


「そうですか、それはそれは。よい噂だといいのですが。それで、そちらはどなたでしょうか?」


 やけに丁寧な口調ではあるが、トマシーノの声音には怒りの感情がハッキリと込められていた。


「なに、どなたでもないさ。ちょっくらカジノで遊びに来たよそ者だよ」


「なるほど、よそ者ですか……、カジノではついてましたな?かなりの額を稼いでいかれたようで」


 アリスは内心舌打ちをした。どうやら最初から目をつけられていたらしい。


「それで?つまらない探り合いはなしにしよう、何が目的なんだ?」


 アリスがたずねるとトマシーノは鼻で笑った。


「それはもうおわかりでしょう。こちらには可愛らしいお嬢さん。そちらには私の欲しい人がいる、交換いたしましょう」


 アリスの予想通り、いかにも悪役の言いそうなセリフをトマシーノが言った。もちろん言われなかったらこちらからいうつもりではあったのだが。


「オッケー、なら場所はこっちで決めるよ。構わないね?」


「ええ、もちろん。フェアな取引を期待していますよ」


「……そっちこそ、変なことは考えないことだね。30分後、宇宙港J-501区画のセレスティア号まで来な、そこで交換だ」


「わかりました、それではお会いできるのを楽しみにしていますよ」


 トマシーノの言葉には答えずにそのまま通話を切る。アリスはいつにもなく険しい表情で考え込んでいた。その時息を切らしてボリスが駆け込んできた。


「お、おい。ジュリアじゃ、ねぇか。二人は、ど、どうしたんだ」


「二人は捕まった。今それを解決する方法を考えてる」


「な、なん、だって!?それじゃ、ど、どうすん……悪い、息整えるわ……」


 ボリスがかがんでひとしきりぜぇぜぇと息を整えてからゆっくりと身を起こした。


「それで、どうすんだ?」


「とりあえず30分後にセレスティアで落ち合うことになってる。ホームでなにか解決策があるはず」


「そんなことができるのでしょうか……」


 ジュリアが不安げにつぶやく。


「ああ、このままじゃ俺たちみんな仲良く死体袋に押し込められることになるな」


「死体……そっか」


 ボリスのつぶやきにアリスがハッとした顔を浮かべた。


「ジーノとジュリアに死んでもらえばいいんだ」


―――――


 30分後、セレスティアの大部屋の中でテーブルをはさんで椅子に座り、アリスたちと黒服たちが向き合っていた。黒服たちの中で一番偉そうな、ボスであろう男が口を開いた。


「これはこれは。ようやくお会いできましたね。私がスコティーニファミリーの相談役を務めております、アンソニー・トマシーノと申します」


 痩せぎすで黒髪をべったりと後ろになでつけた男がニヤニヤを笑いながらわざとらしく挨拶をした。


「あたしはアリス。でこっちがボリスね」


 アリスはアゴでしゃくってボリスを紹介する。あからさまに失礼な態度をとるアリスにトマシーノは内心いらだつがあくまで礼儀正しい姿勢をとり続けた。


「さて、ここにはあくまでも取引のために来ました。お互いに大事なものを交換しようではありませんか?」


「その前に二人が無事であるかを見せてくれない?ジーノはともかくレイは巻き込まれただけなんだから」


「おやおや……、私としたことが、うっかりでしたよ。おい、二人を連れてこい」


 トマシーノが芝居がかった言い方で部下に命令すると黒服の男が部屋の外からレイとジーノを連れて戻ってきた。


「アリス、私……」


「レイ、けがはない?奴らに何かされなかった?」


「え、はい。大丈夫です」


 レイの言葉にほっと安心するアリス。しかしその時ジーノが叫んだ。


「なんでこんな奴と取引なんかするんだ!ジュリアを渡す気なのか!」


「そうだ、こうするしか手がないからな。悪く思うなよ」


 ボリスが悪びれもせず冷たく言い放つとアリスも黙ってうなづいた。


「なんだって……、この裏切り者!」


 そう叫んでアリスたちにつかみかかろうとしたジーノは黒服たちに床に押さえつけられた。押さえつけられたジーノはクソッ、クソッとつぶやきながら涙を流した。


「まったく、若いというのは厄介ですねぇ。では取引の続きということで彼女を渡してください」


「ああ、わかってる……、ジュリア」


 アリスがトマシーノにうながされるままにジュリアの名前を呼ぶと部屋の奥からジュリアが沈んだ表情で現れた。ジュリアの姿を見たジーノが怒りのままにうめく。


「だめだ、ジュリア……!」


「いいんです、これで。ジーノとレイさんをひどい目にあわせるわけにはいきません」


 ジュリアは姿勢を正し覚悟を決めた口調で続ける。


「トマシーノさん、私はどうなってもかまいません。ジーノの命は助けてあげてください」


「もちろん、あなたの頼みとあればその通りに。これから私の伴侶はんりょとなる人の頼みですからね」


 トマシーノの言葉にアリスがはぁ?と声を上げる。その様子を見てトマシーノがニヤニヤと笑って答えた。


「おや、ご存じありませんでしたか。二つのファミリーの間に平和的な繋がりを作るために私と彼女が婚約をしたのです。もろもろの準備は整い、いよいよ式も目前といったときにこの男が……」


 トマシーノがさげすんだ目でジーノをにらむ。ジーノはありったけの憎しみを込めた目でトマシーノをにらみかえす。


「あんたらの事情はどうでもいい、レイを解放して。そしたらあとは好きにしなよ」


 アリスが心底どうでもいいといった様子でいうとトマシーノがうなずいて手を上げた。それを合図に黒服がレイを解放すると代わりにジュリアがトマシーノのもとへと渡った。


「ジュリアさん、こんなのダメですよ!」


「いいんです、レイさん。手を貸してくださりありがとうございました。巻き込んでしまって、ごめんなさい……」


 ジュリアはレイの言葉に悲しげにほほえむ。その目には涙がにじみ、今にもこぼれ落ちそうだった。


「さて、取引は成立です。二人を連れて行きなさい。くれぐれも手荒なマネはしないように」


 トマシーノがそういうと黒服がうなだれるジュリアともはや抵抗もあきらめてしまったジーノを連れて部屋をあとにした。その様子をみてレイはアリスにすがりつく。


「アリス、どうして止めないんですか!」


「いっただろ、こうするしかないんだよ。そもそも首を突っ込んじゃいけなかったんだ」


「そんな……」


 言葉を失いぼうぜんとするレイ。畳みかけるようにトマシーノが口を開く。


「さて、取引はすんだことですしお暇することにしましょう。話の分かる方々でよかったですよ」


「アリス!やめさせてください、二人がどうなってしまうかわからないんですか!」


 レイの必死の訴えにもアリスは答えずただ黙ったままだった。いよいよトマシーノが席を立とうとしたとき、先ほど出て行った黒服の一人が慌てて部屋に戻ってきた。


「どうしました?一体何事ですか?」


「ボ、ボス、申し訳ありません。二人が逃げました……」


「なに?何をやってるんだ!今すぐ捕まえて……」


 トマシーノが声を上げた瞬間、セレスティアの船体に振動が走った。


「なんだ!?」


「ボリス、もしかして……!」


 アリスがボリスに声をかけるとボリスがうなづいた。


「ああ、あいつらつんでた船外作業用のポッドで逃げだしやがったな!」


「な、なんだと!さっさと二人を捕まえてこい!」


 トマシーノが怒りの形相でわめき散らす。周りの黒服たちは慌てるばかりで誰一人動きだすものはいなかった。ただ一人を除いて。


「オッケー!ボリス、ブリッジに行って準備して。戦闘機ローンスターを出すから」


「わかった、すぐに準備する」


「わ、私もブリッジに行かせてもらいましょう。あの二人を捕まえるまでは戻りませんよ」


「どーぞご自由に」


 ボリスがぶっきらぼうにいうとトマシーノたちと共にブリッジに向かった。


「アリス……、どうしてそんなに二人を追い詰めるんですか。逃がしてあげたらいいじゃないですか……」


 レイの言葉にアリスは真正面から顔をみて答えた。


「そうはいかない、ここで逃げても結局は一生追われる人生だ。だからここで決着ケリを付けなきゃいけないんだよ」


 それだけ言うとアリスは格納庫へと急いで向かった。残されたレイはただ一人立ち尽くしていた。


――――――


「ボリス、早く格納庫開けて!」


 愛機に乗り込み、通信装置インカムに叫ぶアリス。早くでないと二人に逃げられてしまう。


「ああ、わかってるよ!カタパルト準備いいぞ!」


「いいですか、くれぐれもあの二人を無傷でとらえてください、いえ男のほうはどうなってもいい!ジュリアを!」


「おい!勝手に割り込んでくるんじゃねぇ!!」 


通信に割り込んで叫ぶトマシーノ、それに怒鳴るボリス。アリスは舌打ちしながら機体をカタパルトに乗せる。


「まったく、どいつもこいつも……さぁ、いくぞアロンズィ!!」


アリスの機体はカタパルトから放たれ宇宙港から飛び出した。宇宙港に出入りする無数の宇宙船が目の前に広がる。


「まだ近くにいるはず……、あんなので逃げ切るもんか」


アリスはコクピットの表示に目を凝らし、作業ポッドの信号を探す……、見つけた。ポッドは入港する船の間をフラフラとおぼつかない操縦で飛んでいた。二人の乗ったポッドはあくまでも作業用、純粋な戦闘機であるローンスターより明らかに足が遅い。


「おい、聞こえるか?二人ともすぐにとまれ!」


 アリスがポッドに向かって通信で呼びかけると、すぐさま通信がジュリアの声で帰ってきた。


「それはできません、このまま戻れば私はともかくジーノの命はないでしょう……」


「ちっ、大人しく取引にしたがったのは初めからこういうつもりだったのかよ!」


「だますような真似をして申し訳ありません、ですが取引に応じた時点であなたとの契約は解消されたものと判断しました。ですから最善と思える選択をしたまでです」


「あー、そうかい。なんとでもいいなよ!でもそんなポッドで逃げ切れると思ってんの?止まらないなら撃墜させてもらうよ!」


 もちろん脅しだがこうも言えば命惜しさに止まるだろうとアリスはふんだ。所詮は世間知らずのお嬢様、すぐに泣きつくと思ったがそうではなかった。


「わかりました、撃ちたければ撃ちなさい。戻るよりはそのほうがましです」


「な、本気かよ!」


「ええ、本気です。この通信を聞いているトマシーノにも告げます、私は戻る気はありません」


 ジュリアの言葉を聞いてたまらずトマシーノが割り込んでくる。


「何をバカなことを!死にたいのですか!」


「死にたいのではありません。戻ってあなたと生きたくないだけです」


「この……!」


 トマシーノが怒りのあまり言葉に詰まると別の声が通信に入ってきた。


「ジュリアさん、ほんとにそれでいいですか?」


「レイさん、ごめんなさい。私はもう決めたので……、ありがとう最後まで心配してくださって」


 ジュリアの決意を感じたレイはそれ以上何も言うことができずただうつむいて涙を流すことしかできなかった。


「そうですか、わかりました!ならお望み通り撃ち落としてしまいましょう!二人を撃て!」


 トマシーノがもはやなりふり構わず叫ぶ。完全に頭にきてしまったようだ。


「いいのか?ジーノはともかくジュリアは必要なんだろ?」


「構いませんとも!ここまでバカな娘なら使いようがない。先代のボスジーノの父と同じく消えていただきましょう!!」


「ちっ、わかったよ」


 アリスは舌打ちすると二人の乗るポッドに機体を向け、照準を合わせる。ポッドに回避する動きは見えない。


「アリスやめて、撃たないで!ほっといてあげて!」


 レイが最後の願いを叫ぶ。しかしレイもうすうすわかっていた。もう最悪の結果は避けられないのだと。


「レイ」


「はい……?」


「ごめん」


 アリスが引き金を引くと青い光がポッドへと放たれ、瞬く間にポッドは閃光にのまれた。


――――――


「これで取引は終わりです。今後、私たちはあなた達には関わりませんので」


 ポッドを撃墜げきついし部屋に戻ったアリスにトマシーノがつげた。


「こっちとしてもそのほうがいいさ、二度とアンタのツラは見たくない」


「ははは……、それはお互い様でしょうな。今回は見逃しますが、もうこのブルズアイには立ち寄らないことです、あとそれから私があなたなら、さっさと出ていくでしょうね。」


 トマシーノはニヤリと笑ってあからさまな警告を残すと黒服たちをつれセレスティアを降りていった。残された三人には気まずい空気が流れた。


「本当に撃つ必要があったんですか……?」


 沈黙をやぶりレイがアリスに問いかけた。アリスは椅子にすわってぼうっと宙をみているばかりで答えない。


「答えられませんか?アリスならあの二人を助けてくれると思ってました!それなのに……、それどころか二人を……、二人を殺すなんて……!」


 レイの目に大粒の涙があふれほほを伝っていく。握りしめた拳がかすかに震えていた。


「レイ、そのことなんだが……」


「やめて、ください、ボリス……!今はどんな言い訳も、なぐさめも、いりません!」


 ボリスの言葉を制しレイが涙をぬぐいながら言葉を続ける。


「あの二人はただ自由になりたかったんです、いろんなしがらみから抜け出して……!ただそれだけだったんですよ……!それがいけないことなんですか!!」


 顔をぐちゃぐちゃにして怒鳴るレイ。アリスは相変わらず宙を見ているが、どことなく何かを待っているようにも見えた。


「なあ、レイあの二人なんだが……」


「あの二人は!愛し合ってました!本気で!あんな二人をなんで撃ったんですか!!」


 もはやボリスの言葉は耳に入らない様子でレイが怒鳴り続ける。そのつぎの瞬間アリスが立ち上がりボリスにたずねた。


「もうやつらは行った?」


「あ?あぁ……、とっくに行っちまったよ。いい加減レイに教えたらどうなんだ?」


「はぁ……?一体何を……」


 レイが鼻をすんすんさせながら聞いたそのとき、部屋に死んだはずのジュリアとジーノが現れた。


「えっ?えぇっ!?」


 いきなりの展開に完全に戸惑うレイにジュリアが優しく言葉をかけた。


「私たちは無事です、ごめんなさい。騙すような真似をして」


「え、え、だってポッドで、アリスが」


 驚きのあまり口をパクパクさせるレイ。その様子に苦笑しながらボリスが説明する。


「乗ってなかったんだよ、二人はずっと船内に隠れてたのさ。ポッドは自動操縦で飛ばしてな」


「じゃあ、全部演技……?な、なんで言ってくれなかったんですか!!?」


「アンタのその調子じゃ、ほんとに死んだと思わせなきゃあいつらにバレてただろ?」


 アリスがふーっとため息をつきながら答えた。ちっとも悪びれる気持ちは無いようだ。


「レイさんが本気で信じてくれたからうまくいったんです。オレも直前まで知らされなかったんですよ?」


「ごめんなさい、ジーノも演技が上手いとはお世辞にも言えないから……」


 ジュリアの言葉にちぇーっとジーノがおどけてみせる。さっきまでの緊張感が嘘のようだった。


「で、あんたらはめでたく死人ってわけだけどどうする?死人には偽造IDもいらない、どっか人しれない星で一からやり直す?」


「それはジーノと話し合ったんですけど……」


「オレたち、コンチネンタルの兄のとこに行きます、そこでトマシーノにやり返すために準備をします」


「はぁ?あんたらファミリーから抜けるんじゃなかったの?」


「そうだったんですが……、オレたち気づいたんです、自分たちの運命から逃げたらだめだって」


「自分の運命……」

 

 レイが小さくポツリとつぶやいた。ジーノの言っていることは自分とも重なる言葉だった。


「はぁ……、どういう風の吹き回しなんだか。そういうことならさっさと行こうか。じきに連中に気づかれるかもしれないしね」


「はい、またよろしくお願いします」


 ジュリアとジーノが笑顔で答える。その様子を見て、この二人ならもう心配いらないはずだとアリスは思った。


「にしても、さっきのレイったら見てらんなかったね〜!」


 アリスがからかうようにいうとレイがたまらず反論した。


「だって、あんなのてっきり……」


「アタシが二人を殺したって?無抵抗な相手を後ろから撃つようなやつだって思った?」


「それはその……!」


 言葉に詰まったレイがう〜〜〜っとひとしきりうなったあとに叫んだ。


「知りません!アリスなんか!面の皮がラクダです!ラクダ!」


「はぁっ!なんだよそれ、言うに事欠いてラクダって!」


「おい、二人とも……」


 ボリスが割って入ろうとするもアリスとレイはヒートアップするばかりで聞く耳をもたなかった。


「大体アンタは騙されやすいんだよ!世間知らずかよ!」


「私が世間知らずならアリスなんかひねくれモノのマントヒヒです!」


「だからさっきからなんだよ、その例えは!?もういい、ジーノたちとコンチネンタルで降りろ!」


「いやです!それに私が降りたら誰が料理するんですか!さんざん汚したこの部屋を掃除したのは?アリスの脱ぎ散らかした下着を洗ってたたむのは?」


「あ〜!うるせぇうるせぇ!小姑こじゅうとかよ、アンタは!」


「もう勘弁しろよ……、つきあってらんねぇ、俺は船をだしてくるわ……」


 うんざりした様子でボリスがひっこむとアリスたちのほこ先はジーノとジュリアに向けられた。


「なぁ、こいつの例え変だよな!?ジーノ!」


「アリスってほんとだらしないんですよ、ジュリアさん!」


「えぇ……?」


 こうして困惑するジーノとジュリアを巻き込んでの大騒ぎはコンチネンタルまで続くのであった。














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