死ねなかった男

第8話 古き友の便り

 惑星コンチネンタルの昼下がり。高層ビルが立ち並ぶ街を人々が行き交っている。その街の一角にあるカフェの店先でくたびれた格好をした三人の男たちがホログラムテレビを見ながらたむろしていた。


「さぁ、こいこい……!今月の飲み代がかかってるんだ!」


「いいや、無理だね。オメーか賭け方がへたくそなんだよ。先月もイチバチで狙って負けてたじゃねぇか」


「確かに。それで飲み代たかられたっけな……、まだ返してもらってないが」


「うるせぇ!このレースに勝てば全部色付けて返してやらぁよ!」


 男たちは浅黒い肌をした労働者たちでホログラムに映っているマシン競馬に熱中していた。……少なくとも一人の男は。


「さあ、こいこいこいこい……。バンコクテイオー!いけいけいけ!」


 男が血走った眼で見ているホログラムには銀色の体を持つ機械仕掛けの馬たちがレースをしていた。マシン競馬は銀河連邦公認のギャンブルである。大昔にあった競馬が動物愛護団体によって機械の馬に置き換えられた競馬で、銀河中の労働者階級に人気を博している。


「……さぁ、注目のレースは最終コーナーを回り最後の直線に差し掛かりました!先頭はバンコクテイオー、そのあとにバクソウシンガー、ギャッキョーブライが続きます!時速200キロを超える熱いデッドヒートが今まさに繰り広げられています!」


「いけー‼そこだー!ぶっちぎれぇ!」


 レースの実況に合わせて男が熱狂した叫びをあげる。その盛り上がりに残り二人の男たちも自然と前のめりになる。


「レースの残りはわずか500m!バクソウシンガーが追い上げる追い上げる!その後ろからギャッキョーブライも伸びてくる!並んだ!並んだ!ついに3頭が並びました!そのまま並んで今ゴール!!これは判定へと持ち込まれます!」


 3頭の機械の馬は最後のうなりをあげ一直線に並んでゴールを迎えた。男たちが固唾かたずをのんで判定を待つ。


「頼む、こいこいこい……。神様、仏様……!」


「判定結果が出ました。一着バクソウシンガー、二着ギャッキョーブライ、三着バンコクテイオー。残りはレース中に大破となります」


「んな……‼」


 無情にも画面に映し出されたのは男の飲み代はすべてなくなったという事実だった。周りの男たちもそれ見たことかという態度で椅子に掛けなおした。


「んななな……、ざけんじゃねぇぇ!」


 夢破れた男はあらんかぎりの叫びをあげながらテレビの乗ったテーブルをひっくり返した。あたりの通行人たちの視線が一斉に集まる。


「おい!何やってんだよ!落ち着けって!」


 男の一人が怒り心頭の男をたしなめる。もう一人の男がテレビを拾い上げ故障はないか調べる。幸いテレビは壊れておらず、少し前から行方不明になった小国の王女のニュースを映していた。


「よかった、壊れてない」


 拾い上げた男はほっと胸をなでおろした。


「この馬鹿!テレビも壊したらどうすんだ、俺たちに飲み代だけじゃなく弁償代もたかる気か!」


「うるせぇ!あのポンコツ馬が負けるのが悪いんだよ!本当なら今頃俺は金持ちに―――」


 その時、街の喧騒けんそうに紛れてかすかにサイレンが聞こえた。


「おいおい、誰が通報しやがった⁉俺は何もしてねぇぞ‼」


 男が道行く通行人に怒鳴るが、今更まったくの無意味でどんどんサイレンの音が近づいてくる。


「さっさと逃げたほうがいいのか⁉」


「馬鹿か!目撃者だらけなんだぞ、逃げたら罪が重くなるだろ!」


 男たちが言い争っていると突然道に突風が吹き荒れ、黒い大きな影が頭上を通った。男たちは慌てて身を伏せた。


「な、なんだってんだ⁉」


 男たちが頭をあげると大きなコンテナを抱えた派手な金ぴかの輸送船が、銀河警察Gセックの飛行機に追われながら高層ビルの間を駆け抜けていった。


「ヘッヘッヘー‼この金塊ちゃんたちはもうオレ様のモンなんだよ!鬱陶うっとうしいハエどもはどきなぁ‼」


 輸送船の主、ヤンカ・ブーン=ブーンは大声で高笑いをしながらビルの間を大柄な輸送船でくぐり抜けていく。見た目は鈍重どんじゅうな亀のように見えるヤンカの船だがヤンカの手により様々な改造を加えられたおかげで警察の機体が到底追いつけないほどの性能を獲得していた。


「まったくおせぇおせぇ!そんな腕前でオレ様に追いつけるかよぉ!」


 ヤンカは警察の追跡を引き離すと、街の上空に船の機首を向けた。


「じゃーな、間抜けなポリ公ども!見送り痛みいるぜぇ‼」


 ヤンカがコンソールのボタンを押すと船の大気圏離脱用ブースターが点火され、白煙をもうもうと巻き上げながら船は宇宙へと加速していった。


「ふっ、くくくく……、いーひひひ‼今回はオレ様の大勝利だぜ‼」


 大気圏を離脱するための加速によって、シートに押し付けられる苦しさを感じながらヤンカは勝利をかみしめた。これだけの金塊があれば船の改造や当面の活動資金に困らないだろう。さっそくあれやこれやと買うものを妄想するヤンカの妄想をレーダーの警報がうち破った。


「なんだよ⁉こんな時にいったい誰が―――、まてよ、そういやこの警報は……」


 身動きのできないヤンカはなんとか首だけをぐいっとレーダーに向けてその画面に映る機体を見た。すさまじい速度で追いついてくるその深紅の機体はみまごうことなき―――


「こんの馬鹿野郎‼さっさと止まれぇ‼」


 聞き覚えのある女の声が操縦席に響く。ヤンカはがく然とした。今接近してきているのはあのアリスと名乗った疫病神のような女だった。


「アリス!もうすぐやつの船は宇宙に出るぞ!宇宙にでてワープされたらおしまいだ!」


「いわれなくてもわかってるよ!今全力で向かってる!」


 ボリスの焦る声にアリスが怒鳴り返す。アリスはさらに機体のスロットルをあげ、ヤンカの船に接近する。


「てっ、テメェ!大気圏離脱中に追いかけてくるとかバカなんじゃねぇのか⁉」


「あぁ、そうかもね!でもアタシの目の前で銀行強盗するお前はもっと大バカなんだよ!ナンカ・ムーン=ムーン!」


「ヤンカ・ブーン=ブーンだっての‼ライバルの名前ぐらい覚えやがれ!」


「だれがライバルだ‼」


 アリスをヤンカは大声で怒鳴りあいながら宇宙へのデッドヒートを繰り広げる。ヤンカは歯を食いしばって手を動かしコンソールのボタンを押す。するとヤンカの船の貨物ベイが開きドローンが二機飛び出した。


「前回みたいにいくかよ、やっちまえ‼」


「この前みたいな同じ手を……!」


 アリスは歯を食いしばると迫りくるドローンの一機に狙いを定める。そして最小限の動きでドローンの攻撃を回避しながら、すれ違いざまにトリガーを引き、機関砲パルスバルカンを撃ち込む。撃ち込まれたドローンが火を噴くと大きく回転しながらもう一機のドローンに衝突して爆発した。


「おい、マジかよ⁉やっぱお前はバケモンだ!」


「やかましい!せこい手使いやがって、いい加減に終わらせてやる!」


 アリスが照準をつけようとしたその時、コクピットに警告音が鳴り響き、機体がガクッと減速した。


「なんだ⁉こんなときに!」


「アリス、大丈夫か?撃たれたのか!」


「いや、機体を無理させすぎたみたいだ。速度が出ない!」 


 ボリスの心配する声にアリスはもどかしい気持ちで答えた。ここまで追い詰めたのにみるみるうちにヤンカの船は遠ざかっていく。


「いーっひひひ!ここまでみたいだな、あばよぉ!」


「クソっ‼」


 ヤンカの高笑いが響く中、アリスは計器を殴りつけた。こうなったらとことんまでやるしかない。腹をくくったアリスはボリスに告げた。


「こっちの非常用予備ブースターを点火する。これなら追いつける!」


「なんだと?お前死にたいのか!今の状況で点火したらエンジンが暴走して爆発するぞ‼」


10テンカウントで決めるから大丈夫。アタシを信じて!」


「おい、ふざけんじゃねぇぞ!」


 ボリスとの通信を一方的に切り、タイムリミットのタイマーを設定してからアリスは深呼吸する。


「ハァ……、さぁ、行くぞアロンズィ!」


 掛け声で勢いをつけるとブースターに点火する。その瞬間、たたきつけられるような爆発的な加速であっという間にヤンカとの開いた距離を詰め、船を射程距離に収めた。その様子を見てヤンカが叫び声をあげる。


「冗談だろ、何だってんだ⁉」


「一回だ、一回だけでいい!狙いをつけさせてくれ!」


 激しく振動する機体を操縦桿で無理やり押さえつけ、あらゆる警告を無視してアリスはある一点に狙いをつける。カウントは残り7。


「あと、少し……!もう少し!」


 コクピット内の計器が異常を告げ、エンジンが悲鳴のようなうなりを上げる。カウントはどんどん進み、アリスの額から汗が噴き出す。残りカウント4――3――2――1――


「いま!」


 機関砲の照準が定まったその刹那、トリガーを引き機体を離脱させた。


「やっとあきらめやがった!オレ様の勝ちだぜ‼」


 ヤンカがほっと息をついたその時船全体に金属のきしむ不快な音が響いた。


「あん?一体何だって―――」


 次の瞬間、金塊の詰まったコンテナをつかんでいたアームがへし折れ、ヤンカの船とコンテナが離れ離れになった。


「ああああああッ‼オレ様の金塊ちゃん⁉」


「コンテナが離れた!ボリス!」


「はいはい、任せろ!」


 セレスティア号がフルスロットルで落ちていくコンテナの位置に潜り込むと、上部格納庫のハッチを開き、中に設置された反重力装置を起動する。その中にコンテナが落下すると反重力により衝撃が大幅に軽減され、多少の揺れはあったもののコンテナを無事に格納することに成功した。


「ナイスキャッチ‼」


「まったく、無茶苦茶しやがる!」


 ボリスの不満げな声に苦笑しながらアリスは機体の高度を下げていく。


「あ~あ、結局こうなっちまうのかよ……。ちくしょー……、覚えてろよぉ~~‼」


 ヤンカが捨て台詞を吐きながら宇宙そらへあがっていく様を見ながら、アリスは大きく息を吐きだした。今回はかなり無茶したと思う、機体も一度、オーバーホールに出さなくてはならないだろう。そんなことを思案していると、突然機体に通信が届いた。発信者は不明。その突然の通信にアリスは怪訝けげんな顔をしながらも通信にこたえる。


「誰だ?どうやってこの回線を知った?」


「……久しぶりだな、アリス」


 通信から聞こえてくる声にアリスは聞き覚えがあった。いや、そんなもんじゃない。それは決して忘れはしない相手だった。


獅堂しどう大佐……、なんでアナタが。もうアタシは軍とは関係ないはずです」


「そうだな、しかしこれは君にしか依頼できないことだ」


 こちらの有無を言わせないような口調にアリスは少しイラつきを覚える。


「またそうやってアタシを利用するつもりですか?今後は関わらないとあの時はっきり答えました。通信を切ります、どうかお元気で」


 アリスが通信を切ろうとした瞬間、一枚の画像データが送られてきた。


「一体これは何ですか?」


「これが君に依頼する理由だ、見ればわかる」


 獅堂に促されアリスはデータを開いた。コクピット一面に写真が表示される。おそらくパレードか何かの写真だろう。一見ただの群衆を映した、なんて事のない写真に見えた。しかし――、アリスはその群衆の中によく見知った顔を見つけた。もう存在しないはずの男の顔を。


「これは……ハーパー?」










 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る