第6話 スペース・サイドストーリー/PARTⅡ

「それで、若い二人は敵対するファミリー同士で恋人になったってわけね」


 さびれたモーテルの一室で二人から事情を聞いたアリスとレイがうなずいた。


「えぇ、こんな関係は最初は戸惑いましたし、いくら抗争が落ち着いたとはいえ、敵対してる家の者同士……。けして許されるものではありません。それでも、私はジーノを愛しているんです」


 ジュリアが手当を受けベッドに寝かされているジーノの手を握った。ジーノの顔と身体は包帯を巻かれ痛々しい姿になっていたがジーノはジュリアを心配させまいと笑顔を作った。


「ジュリア、オレもだよ。今度また奴らが来たらぶっ飛ばしてやるよ」


「もう、無茶しないで?今頃アリスさんがいなかったらどうなってたことか……」


「あたしは通りすがっただけさ、レイがフラフラ路地裏に迷い込まなかったらあんたらには気づきもしなかった」


「ならレイさんにもお礼を言わなくてはいけませんね、ありがとうございました」


「え、いえいえ!気がついたらあそこにいただけで……」


 急に話題を振られたレイが頭と手をブンブン振る。そんな様子をみたあとアリスがふーっとため息をついてジュリアに向き合う。


「話はもどすけど。それで結局、結婚は認められないだろうから二人で駆け落ちってわけ?でさっきのやつらは大方あんたらどっちかの家のやつらってとこか」


「ええ、大筋はそうですけど……実はそれだけではないんです」


「それってどういう―――」


 アリスの声をさえぎってジーノがポツリとつぶやいた。


「オレの親父が死んだんだ。自分の部下に裏切られて」


 その言葉を聞いてジュリアがさっと目を伏せる。


「なるほど、さっきの男が言ってたボスってのはそいつか。駆け落ちを連れ戻すにしては手荒い扱いだと思ったけど事はもっと大きいみたいだな」


「そうさ、裏切ったのは長年ファミリーの相談役だったアンソニー・トマシーノ。やつが親父を病死に見せかけて殺したんだ。」


 ジーノが吐き捨てるように言った。その顔には悔しさと怒りがにじみ出ていた。


「トップが死んだなら今はそいつが仕切ってるのか?」


「いや、ファミリーを継いだのは二番目の兄貴なんだ。一番上の兄貴は冷静だけど二番目の兄貴はトマシーノの口車に乗せられて継いだんだよ」


「そう、ならその長男を味方につけることはできないか?」


 アリスの問いかけにジーノは頭を横に振る。


「だめだろうな。一番上の兄貴はとっくの昔に縁を切ってる、多分コンチネンタルあたりじゃないかな…」


「そうか……、状況はかなり悪いわけね。そのトマシーノがボスを殺した証拠でもあれば……」


「いや、正直オレはファミリーなんてどうでもいいんだ、ジュリアさえいてくれたらそれでいい」


 そういうとジーノはジュリアの手を握ると二人は照れくさそうに笑った。


「それじゃ、あんたらは全部捨てて逃げようってわけだ。自分たちの家族やら責任やら放りだして」


「アリス、そんな言い方……!」


 レイがアリスに注意しようとするがジーノが手をあげて止めた。


「いいんだ、そう言われても仕方ない。アリスさんの言う通りだ。それでも覚悟はしてる、オレはジュリアを守って一生添いとげるつもりだ」


「ジーノ……」


 ジュリアのジーノを見る目が熱くなる。完全に二人の世界に入り込んでいる。まったくタチが悪い。


「……はぁ〜。つまりあんたらの依頼はここから逃げ出す手助けをしてほしいってことね?周りはマフィアだらけのこのブルズアイから」


 アリスの問いかけに二人がうなずく。アリスは再びため息をつくと目頭を押さえてうなだれた。その時不意にドアがノックされた。


「誰か来た。みんな洗面所に隠れて」


 アリスにうながされ三人は洗面所に隠れると身をかがめて息をひそめた。

アリスはそれを確認するとドアの横に背をつけ声をあげた。


「誰だ?」


「俺だよ、ボリスだ」


 声を聞いて洗面所から出ようとするレイ。それをアリスは目で制すると再び声をあげた。


「合言葉は?」


「はぁ?何いってんだよ。早く開けろよ、とっておきの情報があるんだ」


「合言葉は?」


 外からの声を無視してアリスは続ける。


「あのなぁ……、こんな辺ぴなところに呼び出しておいてふざけた真似してんじゃねぇぞ。さっさと開けろ!」


「いや、ダメだ。今は緊急事態なんだ、合言葉を言え!」


「合言葉なんざ知るかクソッタレ!!」


「オッケー」


 さっきとはうって変わって軽い調子であっさりとドアを開けるアリス。そこにはいつにもまして不機嫌極まりないボリスが立っていた。


「もう二度とやるんじゃねぇぞ」


「いやー、さっきも言ったけどいろいろと立て込んでて仕方なかったんだ」


 ニヤニヤと笑いながらアリスが言い訳をする。


「いいか?この際だからいっておくがてめぇは毎回毎回なにかしら俺をおちょくりやがっていい加減に―――」


「はいはいはい、その話はまた今度!レイ出ておいで〜、ボリスがいい情報あるってさ」


 レイが洗面所からおずおずした様子出でてくるとボリスがはぁ……と大きなため息をついた。小言を言うのは諦めたらしい。


「それで情報って?」


「あぁ、そうだな……。ちょいと小耳に聞いたんだが実はこの街を仕切ってる2大のファミリーの息子と娘が駆け落ちしたらしいぞ」


「あ〜、それならボリス……」


 洗面所をチラリとみて話そうとするアリスを手で制するとボリスは話を続ける。


「まぁまて、ここまでなら実にロマンチックな話だがそれだけじゃねぇ。どうやらスコティーニの方のボスが死んじまったらしい。今は次男坊が仕切ってるが噂によると駆け落ちを邪魔された一番下の息子がやっちまったんじゃねーかって話だ」


「いや、だからボリス……」


 ボリスが話しながら洗面所に向かおうとするのをみてアリスは慌てて声をかけるがボリスは再び手をあげて話を続ける。


「待てってアリス、カジノで稼いだわけだしさっさとここから出るべきだぜ?今からここじゃデカいゴタゴタが巻き起こりそうな予感がする、そんなときに下手に首を突っ込むようなやつは―――」


 ボリスが洗面所に隠れていた二人を見つけると一瞬にして石になったかのように硬直した。そして小さくポツリとつぶやいた。


「とんでもない大馬鹿野郎だ……」


 アリスが天を仰いだ。


――――――


「それじゃあ何か?お前らは路地で野良猫を拾うみたいにこの街で一番の火種を拾っちまったってことかよ!?このバカ野郎が!!」


 モーテルの一室にボリスの荒々しい声が響く。アリスたちがなんとかなだめようと事情を説明したがあまり効果はなかったらしい。


「いや、あたしはダメだって言ったんだけどレイが……」


「ちょっと待ってください!確かに私が最初でしたけどアリスだって乗り気じゃなかったですか!」


「あれはちゃんと依頼として契約が……!」


「二人とも黙れ!!」


 ボリスの一喝いっかつでアリスとレイが黙り込む。


「こうなった以上は仕方ねぇ、ここから逃げるってなると宇宙港しかないが偽造IDがいる。それも腕のいいヤツだ」


「偽造ID、すみません。その手のことは全然わからなくて……」


 ジュリアが申し訳無さそうにうつむく。ボリスは少し笑ってその肩を叩いた。


「大丈夫だ、昔馴染みのやつが一人心当りがある。ヤツには貸しがあるから快く手を貸してくれるさ」


「それじゃ、アタシたち二人でそいつに会ってくる。レイは二人を見てて」


 ボリスはうなずくがレイは不安げな表情を浮かべた。


「え……、でも大丈夫でしょうか。もし二人を探している人たちが来たら……」


「なぁに、大丈夫だって。ここまではまだ連中も来ないさ。それでも不安っていうなら……、ほら」


 アリスがレイに薄い透明な板を投げる。レイが板の表面に触れるとパァッと光り、アリスのデバイスと似たような画面が映しだされた。


「これで連絡とれるからアンタにやるよ。またフラフラとどっかに行かれたら困るしね」


「あ、ありがとうございます……」


 レイが画面に触れるとアリスへの発信画面が開く。それを見ているだけでも少し不安が和らぐ気がした。


「じゃ、すぐ戻るから大人しく留守番しといて」


「はい、行ってらっしゃい」


 アリスはレイの言葉に手をひらひらさせ答えるとボリスと共にモーテルを後にした。この判断が間違っているとも知らずに。









 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る