第4話 スペースサイド・ストーリー/PARTⅠ

 昼下がりのブルズアイ・ステーションの通りを人工の太陽の光がじりじりと照らしている。その通りを1台の黒塗りのリムジンが走る。その広々とした空間の座席に1人の少女とその父親が乗っていた。


「……それでねお父様、今度の夏休みは友達のアンジェラと一緒にコンチネンタルに行きたいの。アンジェラのお父様がヨットでクルージングするから招待されて」


 父親は手に持ったタブレットから目も上げずに短く、ダメだと答えた。


「え、でもお父様。せっかく招待してもらったのに……。それにヨットの操縦は一等航海士の方がされるみたいだから安全です」


 ジュリアが反論するとようやく父親はタブレットから目を上げ答えた。


「ジュリア。友達付き合いもいいが最近はずっとフラフラと遊んでばかりじゃないか。お前はコルチェッリの一人娘だ、普通の娘ではない。それにふさわしい振る舞いをしなさい」


「……わかりました」


 ジュリアがふてくされて座席に埋もれると父親は再びタブレットに目を戻した。そしてしばらくの沈黙の後、不意に車がとまった。


「到着しました。もう間もなく会合が始まるはずです」


 運転手がそういうと手元のスイッチでドアを開けた。父親はタブレットを脇に置き車を出るとジュリアもそのあとに続く、車から降りると初夏の熱い空気が肌に触れた。


「さぁ、ついてきなさい」


 父親がそういうと古めかしいレストランに入っていく。扉を開けると軽快なベルの音が鳴り、店主である白髪の男が笑顔で近づいて父親と互いに頬と頬Baciを合わせた。


「久しぶりだな、カルロ。商売のほうはどうだ?」


「ええ、おかげさまで順調ですよ、コルチェッリさん。おお、これはお嬢さんもずいぶんお美しくなられて」


「ありがとうございます。またお会いできてうれしいです」


 人のよさそうなカルロの笑みに少しふてくされていたジュリアの心も和らいだ。


「それで、スコティーニの連中は来ているのか?」


「ええ、二階に来ておりますよ、約束通り護衛も武器もありません」


「そうか。これ以上の争いは避けたいからな……。今回で話がつくといいが。場所を提供してくれて感謝するよ、カルロ」


「いえいえ、あなたとは長い付き合いですから。それにこちらとしても両ファミリーの争いは生活にかかわりますから」


「ジュリア、お前はここで待っていなさい。私は話し合いに行ってくる」


「はい、気を付けて……」

 

 ジュリアがうなづくと父親は階段を上がり二階へと向かった。後は話し合いがうまくいくことを祈るしかない。ジュリアが不安げな顔でいるとカルロが近づいておだやかな口調で話しかけた。


「大丈夫ですよ。今回は向こうもこれ以上の争いはやめたいと思っているでしょうから。このままでは共倒れになるのは目に見えている。うまくまとまりますよ。さ、こっちへどうぞ。家内かないのカンノーリでも召し上がってくださいな、お好きだったでしょう」


 カルロにそううながされてジュリアがテーブルにつくとカルロがカンノーリを目の前に置いた。甘く優しい匂いがジュリアの鼻をくすぐる。父親は心配だが目の前の甘い誘惑に誘われカンノーリをほおばる。優しい甘さと懐かしさが口いっぱいに広がると先ほどの心配も溶けていくようだった。


「相変わらずこのカンノーリは最高ですね……、心も満たされます」


「ありがとうございます、家内も喜びますよ」


 ジュリアの言葉にカルロが顔をほころばせる。幼いころからカルロを知るジュリアにとっては血はつながらなくとも叔父のような存在だった。カンノーリを食べ終わるとジュリアは暇を持てあまして店内を見渡す。大人たちがそれぞれの時間を過ごしている中、隣の席に座っている少年が目に付いた。


少年はパーマがかった黒髪と彫りの深い顔でどこかけだるそうな表情を浮かべながら机に頬杖をついて窓の外をぼんやりと眺めていた。ジュリアはその少年をなんとなくじっと見つめていると不意にその少年が振り返った。


「さっきからなんだよ、なんか言いたいことあるのか?」


 突然少年からそう言われジュリアはしどろもどろになりながら少年に答えた。


「あの、ごめんなさい……、なんとなくどこ見てるのかなって気になって……。それに子供はあんまりこの店に来ないから……」


「なんだよ、お前だって子供じゃねーか。この店に来たのはオレは親父に連れてこられただけだよ。ったく、大事な話があるなら自分だけくればいいのに目を離せないって無理やり……」


「あ、私も同じです、ほんとは友達と遊びに行く予定だったんですが……」


「へぇ、そうなんだな~」


 そういうと再び窓の外に視線を戻した少年だったが、しばらく眺めたあとイライラしたように立ち上がった。


「あー、ただここに座ってるのも飽き飽きだよ。なぁ、お前一緒にゲーセン行かね?」


「えっ、ゲーセン?なんですかそれ?」


「なんだよ、行ったことねーの?ならおしえてやるから行こうぜ!」


「でも私はお父様を待ってないといけないから……」


「いいじゃん、ちょっとだけだから!ここにずっといたって退屈だろ?絶対楽しいから行こうぜ」


 そういうと少年はジュリアの手をつかむと半ば強引に引っ張って店の外に出た。


「ちょっと……!急にそんな!」


「ゲーセンなんて楽しいとこ知らないなんてもったいないって!行けばわかるから!」


 さっきまでの退屈そうな顔はどこへやら、今は目を輝かせて手を引く少年に内心苦笑しながらジュリアはゲーセンへとついて行くことにした。


「……わぁ、すごい」


 連れられたジュリアが見たのは今までに見たことないきらびやかな光と少し騒がしい音が鳴り響く空間だった。その空間をジュリアと同い年ぐらいの子供たちが楽しげな表情を浮かべてところ狭しと遊び回っている。


「さ、何からやる?クレーンかレースか、それともシューティングでもいいけど」


「えっと……、こういうところは初めてなんでお任せします」


「ああ、そっか。ならまずはこいつかな」


 そういって少年は近くにあったインベーダーバスターとかかれたゲーム機へとジュリアを連れて行く。少年はまぁ、見てなと言いながらゲーム機のシートへ座り正面にあるスティックを握る。するとゲーム機の画面がに照準が現れ、気味の悪いモンスターが迫ってくる。


「このモンスターが敵で、こいつらをより多く撃てばスコアが稼げるんだ」


 そういいながら少年はスティックをガチャガチャと動かして次々とモンスターを撃っていく。しばらくすると今までのモンスターより巨大なモンスターが画面いっぱいに現れる。


「なにかおっきいモンスターが……!」


「ああ、こいつがボスってやつだよ。こいつを倒せばクリアさ」


 ジュリアが息をのむ隣で少年が慣れた手つきでスティックを操作しボスに攻撃を加えていく。やがてボスが派手なエフェクトと共に爆発し、ゲームクリアの文字が場面に写される。


「すごい、倒しちゃった!」


「まぁざっとこんなもんさ。スコアは9万点ぐらいか、久しぶりだからちょっと下がっちゃったな」


「スコア?」


「あぁ、スコアってのはプレイによって点数が付けられてランキングになるのさ。ここのランキングあるゲームならほとんどオレが一位なんだけどさ」


「ほんとにすごいですね……」


 どことなく誇らしげに話す少年にジュリアは尊敬の目を向けた。


「さ、次はやってみなよ。見てるより楽しいぞ」


「え、いえ私はやったことなくてできるとは……」


「大丈夫。みんなはじめからそんなにできないからさ、やってみなって」


 少年はジュリアをシートに座らせスティックを握らせるとゲームをスタートさせた。


「わ!わ!ちょっとまって……!」


 ジュリアがぎこちない手つきでスティックを操作しモンスターを撃っていく様子を少年はニヤニヤしながら眺めた。


「ま、さっきも言ったけど最初からはうまくできないさ。オレだって初めての時はまぁ1000ぐらいしか行けなかったしそもそもクリア自体できなかったからなぁ……」


 少年が物思いにふけるかのように目を閉じてうなづいた。その次の瞬間ジュリアが叫んだ。


「やった、倒せた!クリアできた!」


「えっ、嘘だろ!?」


 少年が驚いてゲーム画面をのぞくと確かにゲームクリアの画面と10万の数字が並んでいた。


「マジかよ……、ほんとに初めてか!?」


「え、今日初めてですけど……」


 少年はぶつぶつとビギナーズラックだの、今日は調子がいまいち乗らなかっただのつぶやいたあとジュリアに向かって指を突き付けた。


「よし、今からここのゲーム機を使ってどっちが多くのスコアをとれるか競争だ!」


「ええっ、どうしてそんな」


「いくらビギナーズラックだとしてもこのまま負けっぱなしなのはオレのポリシーに反するからな!」


 そういいながら少年は次のゲーム機へと足を進める。ジュリアは苦笑しながらそのあとについていった。


それから二人は店内のゲーム機を片っ端からプレイしてスコアを競った。結果としては僅差きんさではあるもののなんとか少年が勝利を収めた。


「よっしゃー!勝ったぞ!」


 少年がガッツポーズして喜びの声を上げる。今日初めてゲームをプレイしたジュリアに僅差きんさで迫られていることは頭の中にはないらしい。


「あー、久しぶりに楽しかったぜ。最近はいつも一人だったからなぁ」


「そうなんですか?」


 会話をしながら二人は休憩がてら店内に置かれたベンチに座る。


「ま、昔は親父とか兄貴たちといっしょに来てたんだけどな。……今は仕事が忙しいらしいし」


 そういいながら少し寂しそうに話す少年。その姿を見たジュリアは出会って初めて少年の内面に触れた気がした。


「あの、名前」


「え?」


「名前まだ聞いてなかったので。私はジュリアと申します」


「あ、オレ名乗ってなかったけ。すっかり忘れてたよ」


 顔をくしゃっとしながら笑う少年につられてジュリアもほほ笑んだ。ジュリアも知らないうちに少年との距離は縮まっていた。


「オレはジーノ。ジーノ・スコティーニっていうんだ」


「えっ、スコティーニ?」


 ジュリアはジーノの名前を聞いてハッとした。スコティーニといえばジュリアのコルチェッリと敵対していたファミリーの名前だった。


「あ!スコティーニって言っても全然オレ怖くねーから!兄貴たちみたいに家の仕事とかしてるわけじゃないし、どっちかっていうと遊びまわってるというか……」


「そ、そうなんですか、あはは……」


 二人の間にさっきまでとはうって変わってぎこちない空気が漂う。やがてその空気に耐えられなくなったジーノが飲み物買ってくると言って立ち上がり足早に去っていった。


「どうしよう、今更だけど大変なことしてる気がしてきた……。ジーノには悪いけどお父様のところに帰ろう」


 そう思ったジュリアが立ち上がり店から出ようと歩き出した瞬間、飲み物をもった男にぶつかった。飲み物がひっくり返り男のスーツを汚す。


「おい、なんだよ!オレ様のスーツが!」


「あ、ごめんなさい!前見てなくて……」


「おいおいおいおいどうしてくれんだよ、このざまをよぉ!スーツが台無しじゃねーか!」


「えっ、あの、クリーニング代は出しますから……」


「そんなんじゃ足りねーんだよ、慰謝料も貰おうか!あぁ?」


 男の理不尽ないちゃもんにたじろぐジュリア。拳をぎゅっと握り震える体を無理やりさえつけた。


「子供だからって容赦しねーぞ!なんたってオレ様はあの悪名高いヤンカ―――」


 男が胸を張り名乗ろうとした瞬間、いつのまにか男の後ろにやってきたジーノが男の股間を蹴り上げた。


「ぐわーーーっ!?なにしやがん……」


「こっち!早く出よう!」


 男が股間を押さえてうずくまるとジーノがジュリアの手を引いて店を飛び出した。それから通りを走りぬけ小さな公園にたどり着くと息を切らしながら二人で笑った。


「い、いまの、ありがとう、ございました……!」


「どういたしまして。今の見たかよ、マジで最高だったよな……!」


「私、こんなに、走ったの、久しぶりで、もう心臓、が破裂しそう……!」 


 二人で公園のベンチにへたり込む息を整えるとジュリアは覚悟を決めて話し始めた。


「改めてありがとうございました。あの、実は私、言いたいことがあって」


「ああ、もしかして自分がコルチェッリだって話?」


「えっ?」 


 あっけらかんとしていうジーノにジュリアは覚悟は腰砕けになった。


「あの、知ってたんですか?」


「いや、知らなかったけどさ。なんとなくそうなんじゃないかなって。あの店の主人と仲いいみたいだし、話し方もおんなじぐらいの女の子と違うしな」


「じゃあどうして」


「敵対してるやつを助けたかって?答えは簡単、かんけーねーからだよ」


「関係ない……」


「そうさ、親父とか兄貴たちはしらねーけどさ。オレはオレだしジュリアはジュリアだろ?コルチェッリとかスコティーニとか家のことかんけーねーよ。それにさ」


 ジーノはジュリアに向かって照れ臭そうに笑いながら言った。


「困ってる女の子助けないとかダセーだろ?」


「あ―――」


 ジュリアはなんとなく胸の奥底が軽く締め付けられるような感覚を感じた。今日一日ジーノと過ごし助けられ、ジュリアは心を寄せていたのだった。


「にしても走ったからあっちーよな」


「それならこの近くにおいしいソフトクリームを売ってるところがありますよ。行ってみますか?」


「それいいな!じゃ行こうぜ!」


 自然とジーノとジュリアは手をつないで人工の太陽がじりじりと照らす中、二人は様々なことを話しながら昼下がりの通りを歩いて行くのだった。

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