第4話 路地裏での出来事

二人でアイスを堪能たんのうした後、ボリスと合流するためアリスとレイは酒場に向かっていた。道路には車通りも少なく、あわただしいカジノ街と比べると町はのんびりとした穏やかな雰囲気だった。


「ボリスさんも喜んでくれるといいですね」


「まぁ、当分は過ごせるほど稼げたんだから小言ばっかのボリスでも文句はないでしょ。それよりこんだけあればちょっと使っても大丈夫よね~、前から飲んでみたい酒があったんだよね~」


「……早速無駄遣いしようとしてるじゃないですか」


 アリスが無駄遣いに妄想を膨らませている様子にレイが目を細める。まったくかっこいい時とそうじゃないときの差が激しいんだから…


「ジャック・マイケルにスカイ・ウォーカー、梅鶴なんかもいいよねぇ。あ、酒にこだわるならつまみなんかも……」


「ほんとに使いすぎないでくださいね? せっかく稼いだのに……」


 そう言いかけて不意にレイが立ち止まった。アリスが振り返り声をかける。


「どうした、野良ネコでもいた? 早く酒買いたいんだけど」


「……なんだか声がした気がして」


「声? なんも聞こえなかったけど気のせいじゃ―――」」


 アリスが言い終わる前にレイがフラフラと路地裏の道に入っていく。まるで何かに誘われたかのようなレイの様子に慌ててアリスが後を追う。


「なっ、待ちなよ、勝手にどっか行くな!」


「何か感じる、行かなきゃ……」


 レイはアリスの呼ぶ声も聞こえない様子で初めて来たはずの入り組んだ路地裏を迷うことなく進んでいく。


「なぁ、もういいって。ふざけてんでしょ?もう十分わかったから表に戻るよ、ここはよくない連中もいるんだからさ」


「行かなきゃ……」


「あーっ! もう何だってんだよ!」


 レイの様子にイライラをつのらせるアリス。レイの後ろを歩きながら大きく手を振りながら大声でわめき始めた。


「突然一体どうしたのさ! なんか頭のネジでもとんだ!? なんか感じるってコミックやアニメじゃあるまいしそんなことあるわけ―――」


「さっさとその子渡せ!!」


 突然路地に響いた男の怒声にアリスはぴったりと口を閉じた。そして声のしたほうへと向かうと路地の突き当りに二人、スーツ姿の男が見えた。


「アンタたちには渡すもんか! もう放っておいて自由にさせてやれよ!」


 男たちの間からまだ若い男の声がした。よく見ると女をかばうように若い男が大人たちに立ち向かっている。


「まーじでそんなことあるんだ……」


「あ、あれ……? ここは? アリスあの人たちは?」


 アリスの後ろでレイがきょろきょろとあたりを見回す。ここにきて正気を取り戻したようだ。


「ちょっと野良ネコ追いかけたらこんなとこまで来ただけ。さ、表に戻るよ」


「で、でもあそこ何かトラブルが起きてるんじゃ……」


「余計なことに首を突っ込まないの、どうみてもカタギじゃないし変に巻き込まれたら」


 その時アリスと青年の後ろに隠れていた少女の目が合った。その瞬間、少女が大声で叫ぶ。


「す、すみません! 助けてください!!」


「……まずいことになる」


 少女の叫びで男たちが降り向いてアリスたちを見る。それに対しアリスはぎこちない笑顔で手を振った。


「なんだ、お前ら。今は取り込み中だ、用件によっちゃただじゃおかないぞ」


 男の一人がすごみを効かせていった。アリスはわざとらしく大きく身振りをしながら言い訳した。


「やぁ、こんにちは。ここら辺で猫見なかった? さっき逃げ出してさ~。見てない? なら失礼するよお邪魔したね」


 そういうとそそくさと去ろうとするアリスをレイが呼び止める。


「ちょっと! なんで行こうとするんですか!! ここはさっそうと助ける場面でしょ!!」


「バカ! なんで自ら危険なほうに飛び込むの! 一銭にもならないのに!」


 アリスの発言を聞いてレイがあきれた顔をする。ホントにこの人はかっこいい時とそうでないときの差が激しい……。


「へへ、そうだ。素人が首を突っ込むもんじゃねぇよ。さぁ、そろそろお遊びもおしまいにしないとな?」


 男の一人が青年へと近づく。青年はうおおっ叫ぶと男に向かって殴りかかる……が、男にいとも簡単に止められ逆に顔面を思い切り殴られ吹き飛ばされた。


「ジーノ!!」


 少女が青年へ駆け寄る。ジーノは鼻からだらだらと血を流しながらも何とか立ち上がった。


「なんだよ、そんなへなちょこパンチ全然効いちゃいねーぞ……!」


「ガキがイキがりやがって。そんな舐めた口叩けなくしてやるよ!」


 ジーノは再び叫び、勇敢に立ち向かうが実際は一方的に殴られ続けた。男は格闘技の経験があるのだろう、ジーノの拳をかわしながら的確に拳を叩き込んでいく。ジーノの顔はみるみるうちに腫れあがり、青あざを作る。


「アリス! はやく助けないと!!」


 レイの声を聞いてもアリスは動かない。腕を組んだまま成り行きを見ている。


「アンタじゃないけどこれで助けたらまずいことになるってアタシの勘が言ってるんだよ。相応の対価もなしに手は出せないね」


「そんな……! そんなってないですよ!」


「あのな、レイ。行動には責任ってもんがつくんだよ。いい行いであれ悪い行いであれ何かをすればどういう結果を招くかわからないんだ」


「だからって……!」


「ジーノ!!」


 レイとアリスが言い合っているうちにとうとうジーノが地面に倒れこむ。少女が駆け寄り揺さぶるがジーノはピクリとも動かない。殴った男は息を切らしながら手についた血をハンカチでぬぐう。


「ったく、なかなかしぶといじゃねぇか。久しぶりに熱くなっちまったぜ」


「おい、やりすぎるな。殺すなって命令だ」


「わかってるさ、それよりさっさと連れて行くぞ。ボスがお待ちかねだ」


「……やめてください!」


 レイが大声を上げて男二人を止める。レイはアリスが思っている以上に勇気があった。


「さっきからごちゃごちゃ言いやがって。ちっとばかし痛い目をみないとわからねぇようだな?」


 ジーノを殴り倒した大男が指の骨をパキパキと鳴らしながらレイに凄みを効かせる。


「……どんな事情があるのかは知りませんけど、困っている人は見過ごせません」


 内心恐怖で震えながらもレイは毅然とした態度で男たちに対峙する。その姿にはある種の気品すら感じさせた。そんな状況にアリスは軽く舌打ちするとジーノの隣に座りこむ少女に声をかけた。


「なぁ、そこのアンタ。いくら金持ってんの?」


「えっ、お金ですか……?」


 いきなりの問いに少女が目を丸くする。


「おい、いったい何をいってやがんだ!」


 大男がすかさずわめくがアリスは一切相手することなく少女に話を続ける。


「この厄介な状況を解決するのにいくら払えるって聞いてんの。ほんとは書類かいて依頼してもらうんだけど緊急事態だから口頭契約ってことで」


「てめぇ、無視するんじゃねぇぞ!」


 大男が無視されたことに腹を立てアリスに叫ぶが


「黙ってなよ、今商談の途中なんだから」


 アリスが冷たく言い放つとその雰囲気に逆に気圧されてしまった。 


「で、どうする?依頼する?するならちゃっちゃと決めちゃって」


 アリスの言葉に少女は少しためらうが傷だらけのジーノを見ると意を決してアリスに答えた。


「お願いします!助けてくれるなら何でもします!!」


 その言葉を聞いてアリスがニヤッと笑った。


「オッケー、なら契約成立ってことで。じゃ、悪いけどそこお二人さん、アタシのクライアントから離れてどっか行ってくんない?」


 アリスがしっしっと手を払うしぐさをする。そのしぐさを見てついに大男がぶちぎれた。


「ふざけんじゃねぇぞ!あとからやってきてなめたマネしやがって!!ぶっ殺してやる!!」


「お、おい。落ち着け。死人を出すなって命令だろ……」


「黙れ!!ここまでコケにされて許せるか!!」


 仲間の制止にも聞く耳持たず大男がアリスに殴りかかる。


「このアマ、死ねーっ!!」


 大男の拳がアリスのが顔面目掛けて向かってくる。その瞬間アリスは身をかがめて拳をよけると大男の脇腹に思い切り拳を叩き込んだ。


「ぐっ……!?」


 おもわぬ反撃に大男がひるむ。その隙を逃がすまいとアリスは大男にとびかかり、頭をガシッとつかむと勢いそのままに膝蹴りを顔面に突き刺す。その膝蹴りで大男の鼻がボキッという嫌な音を立てて折れ、血がボタボタと流れだした。


「がっ……!うぐ……!」


「どう?少しは頭が冷えたかよ?さっさと医者に診てもらったほうがいいじゃない?」


「ぶ、ぶざげんなぁ!!がああっ!!」


「チッ、まだやんのかよ!」 


 流れ出る血もそのままに大声をあげながら大男がでたらめに拳を振るう。そのあまりの勢いにアリスは避けることしかできず、じりじりと行き止まりまで追い詰められていく。


「アリス……!」


 レイが固唾をのんでみている中、ついにアリスは行き止まりに追い詰められてしまった。


「さぁ、もうどこにも逃がさねぇぞ」


 大男がニタニタと笑いながらアリスににじり寄る。


「あー、まぁこんぐらいのハンデならくれてやってもいいさ」


「黙れ!!」


 大男の拳がアリスの腹目掛けて迫る。アリスは大きく後ろに飛びのいてそれをかわす―――。はずがすぐ後ろの壁に阻まれた。


「しまっ……!」


 大男の拳が腹にめり込むとアリスはカハっと小さく息を吐いた。すかさず大男の追撃がアリスの右の頬を襲う。視界ちらつき、キーンと耳鳴りがする。さらに大男がアリスの首を両手でつかむと壁に押し付け思い切り締め上げた。


「ぐぅ…っ!」


「やめて!アリスが死んじゃう!」


「おっと。悪いがなお嬢さん、そっちにはいかせるわけにはいかないんだよ」


 アリスに駆け寄ろうとしたレイの前にもう一人の男が立ちはだかる。


「通してください!アリスが……!」


「あんたらが余計なことに首を突っ込まなきゃこうはならなかったんだよ。あいつをキレさせたらもう手が付けられねぇ、あの女はおしまいだな」


「そんな……」


「このアマ、死ね死ね死ねぇっ!」


 大男がアリスの首をへし折ろうとばかりにギリギリと締める。アリスがうめきもがくが逃げることはできない。やがてアリスの動きがとまり腕がだらりと下がった。


「死んだな……」


「うそ……、アリス!!」


 大男がニヤリと笑いレイが叫ぶ。もう一人の男はやっちまったかとため息をついた。


「もう満足したか?死体の始末はお前がやれよ?」


「ああ、わかってるさ。久々に熱くなっちまった。最近は弱いやつばっかりだったからな」


 大男がアリスの首から手を離すとアリスの体はずるずると壁にそって崩れ落ちる。その光景を見てレイは力なくその場にへたり込んだ。


「そっちのガキはどうすんだ?ボスに渡すのか?」


「そうだな、見られたからにはほっとくわけにはいかねぇ、ボスに渡せばうまく処理してくれるさ」


「ならさっさと連れてくぞ。折れた鼻が痛くて仕方ねぇよ」


 大男がレイをつかんで立たせようと近づいたとき不意に背後から声が聞こえた。


「あ~あ、久しぶりに殴られると痛いよなぁ。前はあんなパンチよけられたんだけど」


 大男がその声に振り返ると確かに死んだはずのアリスが立ってきた。首をコキコキ鳴らしながら平然としている。その様子にレイがたまらず顔を輝かせる。


「な、なんだお前……!さっきオレが殺したはず……!」


「言ったでしょ、ハンデならくれてやるって。じゃあ、今度はこっちの番!」


 アリスがそう言うやいなや風のように大男に突進すると大男のあごにアッパーカットを食らわせた。大男は一体何が起こったのかわからないといった表情のまま倒れた。


「さ、いっちょ上がり!」


 アリスがパンパンと手を払うともう一人の男に向かって訪ねた。


「つぎはアンタだけどどうする?まだやる?」


 男は苦々しい顔を浮かべるとスーツの懐からバタフライナイフを取り出しアリスに向けた。


「こ、このバケモンが!誰だか知らねぇがこいつには致死性の猛毒が塗ってあるんだ!かすり傷一つでも負えばあっという間にあの世行きよ!!」


「わざわざご丁寧に説明ありがと。でもごちゃごちゃうるさい男って嫌いなんだよね」


 アリスが気の抜けた顔でつぶやくと男は激高した。


「て、てめぇ!元カノと同じこと言いやがって!こいつで切り刻んでぶっ殺して―――」


 男が言い切る前にレイが転がっていた瓶で男の頭を思い切り殴りつけた。瓶が派手

に砕け散ると男はナイフを構えたままの姿勢で大男の隣に倒れた。

 

「私を怒らせても手が付けられないんですよ。武器を使うなんて卑怯です」


「ナイス、スイング!やるじゃん、見直した!」


 アリスがレイをほめるとレイはアハハ……と苦笑いを浮かべた。


「さてそれじゃこいつらは片付いたしお二人さんはどうする?」


 アリスがジーノと少女に声をかけるとちょうどジーノがうめき声をあげ目を覚ますところだった。


「ありがとうございます!なんとお礼を言ったらいいか……」


「あ~いいっていいってお礼なんか言わなくて。それより報酬の話なんだけど……」


「アリス」 

 

 早速金の話に入ろうとするアリスを止めるとレイが優しい口調で話しかけた。


「困ってる人がいたら助けるのは当然です。助けられてよかった。遅れましたけど私はレイ、そしてこっちがアリスです。ジーノさん、でしたっけ。どこかで手当てできたらいいんですけど……」


「ならさっさと行ったほうがいいな。そいつ立たせて。誰か来る」


 アリスの言葉にレイは耳を澄ませると確かにレイたちが来たほうから男たちの声と足音が聞こえてくる。おそらく倒れている男たちの仲間だろう。


「それならこの近くに隠れ家があります。ご案内します。さ、ジーノ立てる?」


「あ、ああ。なんとかな……」


 少女がジーノを脇から支えようとするが非力らしくうまく立ち上がることができない。それを見かねたアリスがジーノをつかむと半ば強引に立たせた。


「いってぇ!無理やりすんじゃねぇよ!」


「アンタ男だろ!このぐらいで文句言うな!」


「アリスってば……。ごめんなさい、案内お願いしますね」


 少女がうなずくとアリスたちは追い立てられるように入り組んだ路地へと向かっていった。

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