第3話 ブルズアイ・カジノ

「……!」


 ぐちゃぐちゃに散らかったベッドの上ではっとアリスが目を覚ます。全身が汗ばみ着ていた下着が張り付いて気持ち悪いし、ひどく疲れていた。


「またあの時の夢……ホンットサイテー……」


 水を飲もうとベッドのすぐそばに転がったボトル手を伸ばすとアリスは自分の手が震えているのに気付いた。薬をうたなきゃ……とつぶやくとベッド脇のナイトテーブルから震える手で青い薬品の入った自動注射器を腕に刺し、中の薬品を注入した。


薬が体をめぐるとアリスは高揚感と多幸感に包まれた。しばらくふわふわとした感覚を味わった後、アリスがゆっくり息を吐き、注射器を腕から抜くと手の震えは止まっていた。


「これで多少はマシになったかな…あとは熱いシャワーをあびれば完璧…」


 着ていた下着を適当に脱ぎ捨てると部屋に備え付けられたシャワールームに入る。壁に備えられたコックをひねるとシャワーヘッドから熱めのお湯が出る。……出なかった。アリスは軽く舌打ちし、壁をガンガンとたたくとようやく熱いお湯が体を濡らした。


傷だらけの体の上をお湯が流れる。その傷一つ一つがアリスがくぐりぬけてきた戦いの歴史だった。アリスが腹部にあるひときわ大きな傷に指をわせる、その傷だけが深い後悔となってアリスの心にのしかかっていた。


 シャワー室から出るとアリスは散らかってる下着の中から比較的きれいなものを身につけ、いつも着ている白のTシャツと青のジーンズ、着古された革のジャケットを羽織ると部屋を後にした。薄汚い電灯が照らす通路を歩いていく、その途中にセレスティアと殴り書きされた落書きが目に入る。それはアリスが書いたものだった。


貨物船『セレスティア号』――旧式の貨物船をアリスたちの手で改造した愛すべきオンボロ船、もとい家。そのところどころ傷んだ通路を通り、リビングスペースに入るとなんとも香ばしい匂いがアリスを包んだ。みるとテーブルの上にはきれいな黄色のスクランブルエッグとカリカリに焼けた(しかし焦げてない!)ベーコンが皿に乗せられていた。


「ボリス? すごい。めちゃくちゃいい匂いしてるじゃん! ちゃんとやれば料理できるんじゃ――」


「やっと起きたんですか? せっかく朝食用意したのに冷めそうだったから起こしに行こうと思ってたんですよ?」


 突然、台所から現れたレイにアリスが驚いてとびのく。ついでにファイティングポーズをとると歯をむき出しにして威嚇した。


「ちょっとアンタ、誰!? なんでここにいるの! 強盗する気? あいにくだけどここには盗むほどの価値あるもんはないぞ! ……言ってて悲しくなるな」


「何言ってるんですか! 私ですよ、レイですレイ! 昨日海賊から助けてもらってここにお世話になってるんじゃないですか! 業務用スーパーってとこで買い物もしましたし!」


「あれ、そーだっけ……?」


「そうですよ、ここにきたら宴会だ歓迎会だなんて言い始めて、つまみたくさん作らせて一人お酒浴びるほど飲んで勝手に寝たじゃないですか……」


「あー……、確かにそんな気がするかも~~? いやぁ、悪いね。朝食まで作ってもらってさ。あ、このスクランブルエッグおいしー」


「なに何事もなかったように食べてるんですか……」


 カウチソファに座り朝食を食べるマイペースなアリスの様子にレイが大きくため息をつく。これ以上怒る気にもなれずレイは向かい側の椅子に座ると自分の朝食を食べ始めた。


「ほんとこれおいしー、合成ベーコンとは思えないね」


「これ、合成だったんですか? 見た目はお肉そのものなのに」

 

 レイが焼けたベーコンをまじまじと見る。合成食品――人口が急増した人類のため様々な栄養素から成る万能ペーストを形成してできた食品で、大量生産で値段も安く長期保存も可能な夢の食品。レイは話に聞いていたが実際に口にするのは思えばこれが初めてだった。


ゆっくりとベーコンを口に運び咀嚼そしゃくする、カリカリとした食感と肉の香りが口に広がるが少し風味が薄いように感じた。


「いわれてみればちょっと風味が薄いような……」


「昔の合成肉だったらもっともっとまずかったけどね。でもそういうのがわかるっていうんならやっぱいいとこのお嬢様なんだな、アンタって」


「そういうつもりはないですけどね……。そういえばあの海賊から船を助けた後、謝礼金なんかが出たんじゃないですか? それでいいお肉だって買えそうですけど」


 レイの言葉にアリスが固まる。そしてゆっくりとフォークを置くとバツの悪い顔を浮かべた。


「それはそうなんだけど、あの船長、助けたはいいもののこっちは正式な組織じゃないからってだいぶ足元見てきてさ、あんましもらえなかったんだよね……、ホントとんだ狸だよ。」


「それじゃ、もらえた分のお金は?」


「そいつはたまった支払いや消耗品につかっちまったよ」


 二人の話をさえぎってボリスが汚れた格好で部屋に入ってきた。


「なに、その恰好? バッチィなぁ」


「そういうなよ。エンジンのサーマルパイプがもう限界だ、そろそろ新しい部品に交換しないといけねぇ」


 ボリスからそう聞くとアリスが額に手を当てて天をあおいだ。


「次から次へと金ばかりかかりやがる……」


「それでどうするんですか? お金の増やし方なんて私は知らないですし……」


「一つだけあるぞ」


 ボリスが手を洗いながらぶっきらぼうに答える。


「まさか、あそこ? あそこはいろいろまずいんじゃ……」


 アリスは思い当たるとこがあるのか渋い顔を浮かべて反論するが、ボリスにじゃあどうすんだよと言われると黙ってしまった。


「あの、あそこっていうと……?」


 一人状況が見えていないレイがおずおずと尋ねる。その問いにアリスが観念したようにため息をついた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 宇宙に浮かぶ巨大な輪っか、スペースゲイトに向けてセレスティア号が進む。このゲイトを抜けると目的の星系へとたどり着ける。ブリッジの窓からのぞいていたレイが感嘆の声を上げる。


「あれがうわさに聞くスペースゲイトですか、ほんとに大きい……」


「実物を見たのは初めて? 客船にいたときは見なかったの?」


「あの時は船室にこもりっきりでしたから……」


 客船に飛び乗った時を思い出してレイの表情が少し曇る。その表情をみてアリスが声をかける。


「ほらほらもう少しで通過するからよく見といで。それでゲイトがどんなものか知ってる?」


「ええ、スペースゲイトは他の星系へ渡るときに使われるものですよね。同じ星系内なら船に搭載されたワープ装置で充分ですから」


「その通り、いわば宇宙の高速道路ってとこだな。それにしっかり通行料も払うしな」


 ボリスが操縦桿をあやつり船をゲイトに近づける。ゲイトの表面は波うち、神秘的な光を放っている。ゲイトの目と鼻の先まで船を寄せるとブリッジに案内音声が響く。


「こちらはスペースゲイト№4115です。ゲイトを通行する際は巡航速度を保ち、通行料金のオート引き落としを承認してください」


「ほらな、このまま待ってればゲイトの管制プログラムが働いて自動で航行できる。手動でもできるがそいつは非常手段だな」


「なるほど……」


 ボリスが船の操縦をしながらレイに説明する。


「通行料金の引き落としが完了しました。それではご安全な旅をお祈りします」


 案内音声と共にエンジンの唸りが大きくなる。これから別の星系へと旅が始まるのだ。


「レイ、ジャンプするから席に座りな、吹っ飛ぶよ」


 アリスに言われレイは近くの席に座ってシートベルトを付けた。ブリッジでみるゲイトジャンプに気分がソワソワする。


「ゲイトジャンプまで5、4、3、2、1……0!」


 レイがぎゅっと席のひじ掛けをつかむ。その瞬間セレスティア号が急加速し、レイの体はシートに押し付けられる。


「うぅ……!」


 レイが思わずうめいた。ブリッジの外では青く輝く渦が高速で流れていく。しばらく体に力を入れ、耐えてると不意に加速がなくなり体が自由になる。


「ひさびさにジャンプすると結構体にくるわ~~」


 アリスが席から立ちあがり、ん~と声を出しながら思いっきり伸びをする。


「船のほうもかなりこたえたみたいだ。あちこちアラームがついてやがる」


 ボリスがぼやきながらバンバンとコンソールをたたいた。装置に赤くついた光がついたり消えたりする。


「ま、こんなもんでいいか」


「大丈夫なんですか? そういうのってついてたらまずいような……」


「これから稼げばどうにかなるさ、ほら見えてきた」


 アリスが指さす先にキラキラと宝石のように輝く物体が宇宙に浮かんでいた。ブルズアイ・カジノ。宇宙ステーションの一つで、ステーション丸ごと一つがありとあらゆるギャンブルを遊べるカジノになっている。そのカジノから様々な宇宙船が出たり入ったりしていくつもの光の線が伸びているように見える。


セレスティア号はカジノに近づくとガイドビーコンに従ってドッキングコースに入った。


「ほんとにきれいですね……圧倒されます」


「まだまだ感心するのはこれからこれから。中身のほうがすごいんだから」


 アリスが船から降りる準備をしながら言った。


「俺のほうは新しい依頼につながりそうな話がないか、酒場を当たってみるよ」


「とかなんとかいって酒飲みたいだけなんじゃないの?」


「あのな、オメェとは違うんだよ。いろいろとツテを当たるんだ。依頼ってのは確実に足で稼ぐもんなんだよ」


「……古臭い考え方」


「あ? なんか言ったか?」


「いーえー? 何にも言ってないですとも」


 二人の応酬を見ていたレイが割って入った。


「あの、私もカジノに行ってもいいですか!」


「え、アンタが? カジノに?」


「こういっちゃなんだが、お嬢ちゃんにはまだ早いんじゃないのか」


 突然の発言に二人はレイを止めるが、レイはなおもついていきたいと発言する。


「私、すごく見てみたいです! 興味があります! 絶対ついていきます!」


 レイの言葉にあからさまにめんどくさそうな顔をするアリス。ため息をついて頭をかきながらしぶしぶ承諾した。


「オッケー、なら財布とか貴重品には注意しな。あと勝手にはしゃいではぐれないこと。いいね?」


「わかりました。気を付けます!」


 びしっと敬礼するレイを見ながら子守りなんてガラじゃないんだけど……とアリスはつぶやいた。



 船がカジノのドックに入港し、アリスたちは船を降りると高速エレベーターでカジノエリアに向かった。エレベーターが下がっていく中、一面ガラス張りの窓から外の景色が見えた。


「うあ……ほんとにすごいですよ! まるで街がそのままあるみたいです!」


 ガラスにかじりつくレイを見てアリスが苦笑した。いままで旅行なんてしたことないレイにとってきらびやかなカジノ街や湖、森が再現されたステーションは生まれてから初めて見るものばかりだった。


「すごいもんでしょ、ここはかなり繁盛してるステーションだからね。宇宙のセレブたちも御用達なんだ」


「ま、その裏じゃ二つのマフィアがここを仕切ってるんだけどな」


 アリスの後のボリスの発言にレイが首をかしげる。いまいちピンときてないようだ。

 

「マフィアってのはまぁ、簡単に言えばいろんな非合法なことを生業としてる裏の組織だ。ここはスコティーニとコルチェッリって二つのファミリーが仕切ってて前は抗争とか派手にやりあった時代もあったんだが今の代になってからは大人しくなったな」


「抗争ですか……」


 ボリスの話を聞いてからレイは再びきらびやかな街並みを見る。その街並みが少し違ったように見えた気がした。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 エレベーターがカジノエリアに到着してドアが開く。街はカジノを楽しむ人々であふれかえっていた。


「それじゃ、俺は酒場に行ってくる。また後で落ち合おうぜ」


「ああ、オッケー。いい話が聞けるといいな」


「気を付けて行ってきてくださいね」


 二人の言葉にボリスは片手をあげてふると雑踏の中に消えていった。


「さて、アタシたちも行こう」


「はい! よろしくお願いします!」


 アリスが歩き出した後を物珍しそうにきょろきょろしながらレイがついていく。時折アリスが振り返ってはフラフラと離れようとするレイを引っ張っていった。はたから見たら二人は仲のいい姉妹のも見えたかもしれない。


しばらく大通りを歩いていくとひときわ立派なカジノが見えてきた。正面玄関には大勢の人が列をなして黒服の警備員が入れてくれるのを待っている。


「ここがこのステーションの名前にもなってるブルズアイ・カジノ。宇宙一のカジノさ」


「どうしましょう……入るにはかなり待ちそうですね」


 人々の列を見ながらレイがつぶやくと、アリスはついてきなと指で合図すると黒服の男に話しかけた。


「アリス・エンデバーだけど。通してくれない?」


 黒服はアリスが話しかけるやいなや頭を下げ扉を開けた。


「お久しぶりですね、今日は依頼ですか?」


「いや、単純に遊びにね。たんまりと稼がせてもらうわ」


「ははは、どうぞお手柔らかに……。ですがお連れ様は入ることはできません」


「え、どうしてですか!」


 驚きの声を上げるレイを値踏みするように黒服が視線を向ける。


「申し訳ありませんが未成年の方は入場できない決まりでして……」


「な! 未成年じゃないんですけど! 宇宙工学?の大学に通ってるんですけど!」


 レイのすっとんきょうな言い訳に黒服の目が細くなる。たまらずアリスが黒服の肩をたたく。


「まぁまぁ、ここはアタシの顔に免じてさ。社会勉強ってことで見逃してくれない?」


 アリスがそういうと黒服はあなたがそういうなら……と渋々レイを通した。


「ありがと、恩に着る。さ、いくよ」


 アリスがレイを連れてカジノに入るとそこにはレイにとって驚くべき光景が広がっていた。活気あふれる豪華な空間にきらびやかな格好をしたウェイトレス、身なりの整った人々がポーカーやルーレット、スロットなどに興じ、時折歓声が上がっていた。生まれて初めて見る光景に圧倒される。


「ほんとにすごい……カジノってまるでお祭りみたいですね!」


「ほら、きょろきょろしないの。ちゃんとついてきな。とりあえずポーカーで稼ぐから」


アリスがレイを連れて近くのテーブルに座る、広いテーブルにはディーラーと裕福そうな客が5人ほど座っていてレイはアリスの後ろに立つとそっとアリスに耳打ちした。


「ポーカーって得意なんですか? なんかみんな雰囲気が慣れてそうなんですが……」


「大丈夫、テキサスホールデムなら慣れてる。軽く稼いでやるよ」


 自信満々に答えるアリス。手首のスマートデバイスを操作しチップを購入するとアリスの手元にホログラムのチップが現れた。それを見たディーラーがアリスたちにカードを配る。テキサスホールデムはテーブルに3枚カードが表向きに置かれ、そのカードと手元に配られた2枚のカードで役を作っていくルールだ。テーブルのカードは最大5枚までおかれる。


カードが配られ、客たちがそれぞれ手札を確認した後、次々とチップを賭けていく。アリスも手札を確認する。手元にはAとQの2枚。テーブルには7、Q、10のカード。この時点でQのワンペアはできているのでアリスもチップを賭ける。全員が賭けるとディーラーが山札からテーブルにカードを置く。3のカード。それをみて2人の客が勝負を降りる。アリスはまだ降りずにチップを賭ける。レイが固唾をのんで見守る。


ディーラーが5枚目のカードをテーブルに置く。Aのカード。これでQとAツーペアになる。カードの強さも悪くない。勝負に残っている客が全員賭けるといよいよ手札の公開となる。アリスが場にカードを出す、QとAのツーペア。アリスは勝ちを確信した。しかし


「な……!」


 アリスは相手の出したカードを見て固まった。相手の手札は2枚の7。最初に場にあった7と合わせると3スリーカードになる。負けた……とつぶやくアリスの目の前で賭けたチップが持っていかれる。


「今のは? どうなったんですか?」


「いや、ちょっと相手がツイてただけ! ここから稼ぐから!」


 ルールのわからないレイに対して虚勢をはるアリス。しかし、次の勝負もまたその次の勝負もアリスは負け続けた。


「あなたの負けバストです、お客様」


 最後のチップも尽き、ディーラーがアリスに宣言する。アリスは納得いかないといわんばかりの顔をしながらテーブルを後にした。


「えっと……ツイてなかったですね?」


 レイのフォローにアリスは殺意を込めた目でにらみ返した。


「ちょっと、そんな顔しないでくださいよ! 私のせいじゃないです!……もうチップはないんですか?」


「……ない。全部スッた」


「どうするんですか……」


「こうなったら、奥の手だ!!」


 アリスがそう叫ぶとカジノの床にいつくばり何かを必死に探し始めた。周りの客たちも興味深そうにちらちらとみている。


「え、なにしてるんですか……?」


 レイがそう尋ねるとアリスががばっと顔を上げて叫んだ。


「アンタもチップ探しなさい!! 1枚ぐらいどっかに落ちてるから!!」


「えぇぇぇ……」


 自分の命を救ってくれた恩人の最高に情けない姿を目の当たりにしてドン引きしながらレイも床にチップが転がってないか探し始める。周りの客たちの視線が痛い。


「全然ありませんけど……」


「黙って探す!! ほらアンタ、足邪魔!!」


 スロットを打つ客たちをものともせず足元を探していくアリス。しばらくするとあった!!という叫びと共に高く上げた手にはほこりまみれのチップが1枚握られていた。


「よかった……。それでどうするんですか? またポーカー?」


「いや、チップ1枚じゃ参加すらできないからこのスロットにする」


 アリスがゆっくりスロットの前に座り、投入口にチップをいれレバーを引く。スロットが軽快な音を立てて回り始める。アリスが息を大きく吐き、止めようと手を伸ばすがその手は小刻みに震えていた。しばらくその状態で固まっているとレイが横から声をかけた。


「あの、私にやらせてください」


「え、アンタが?やったことあんの?」


 アリスの言葉にレイが首を振る。


「いいえ、やったことはありませんけどできる気がします」


「なに、お得意の勘てわけ? まぁ、ビギナーズラックってこともあるか……」


 少しの間考え込んだ後、アリスは席をたつとレイに席を譲った。スロットの前に座ったレイはあのを使うことにした。ズルになるけど仕方ない。


少し集中したあとレイがリズムよくボタンを3つ押す。スロットの回転が止まり絵柄が見える。777スリーセブン。3つの7がそろった瞬間、スロットが激しい音を立てて大量のチップを吐き出した。それを見たアリスが歓声を上げる。


「やった!! え、なになにすごいじゃん!! アンタもっとやって!!」


 子供のようにはしゃぐアリスにうながされるままにもう一度、スロットを回しボタンを押す。またも777スリーセブン。大量のチップがあふれ出す。


「なによ、最高じゃない!! こんなにすごい勘なら早くやりなさいよ!!」


「あはは……、まぁちょっと鋭いだけですよ」


 アリスはあふれ出したチップをドル箱につめるとテーブルのほうに目を向けた。ポーカーでは負けたが、この勘があるならルーレットで勝てるかもしれない。


「場所を変えるよ、ルーレットにいこう」


「ルーレットですか? やったことないんですけど……」


「大丈夫、ただボールがとまる場所を当てればいいだけだから! アンタの勘、頼りにしてるよ!」


 すっかり気が大きくなったアリスがレイを連れ、ルーレットのテーブルに座る。そしてほかの客たちが怪訝けげんな顔を向ける中、レイに耳打ちした。


「赤と黒の数字がかいたマスがテーブルにあるでしょ?今からルーレットを回してボールがどのマスに入るのか予想するの」


「スロットより断然難しそうですね……」


「アンタの勘があれば勝てるってば」


 簡単に言うアリスに半ば呆れながらレイは意識を集中して予想する。


「……黒の17」


 ぽつりとつぶやいたレイの言葉を聞いたアリスが持っているチップを黒の17にすべて賭ける。その思い切りのよさに周りの客たちもどよめく。


「え、全部かけて大丈夫なんですか!? もし外れたら……」


「まぁ、そん時は笑ってごまかすよ」


 アリスはニヤリと笑った。そしてついにディーラーがルーレットにボールを滑らせ勝負が始まる。ボールが回転する音が響く中、レイは心の中で当たりますようにと必死に祈った。やがて回転が落ち、ボールがマスにはいる。それを確認したディーラーが黒の17と宣言した時ルーレットの周りにいた客たちが歓声を上げた。もちろんアリスとレイもだ。


「フォー!!! サイコー!!! ドンピシャじゃない!!」


「よ、よかった!ほんとによかった……!」


 胸をなでおろすレイにアリスが拍車をかける。


「ほらほら! じゃんじゃん稼ぐんだからもっと当ててよ?」


「わ、わかりました……」


 それからの勝負はレイの力で連戦連勝だった。レイの予想はすべて当たりチップは雪だるま式に増えていく。いつの間にかテーブルの周りには人だかりができており、アリスたちが予想を当てるたび大きな歓声があがった。


「まじでサイコー!! 勝ちすぎちゃってもう負けを知りたいわ~~~!!!」


 大声で叫ぶアリスをよそにレイは体から力が抜けていくのを感じた。心臓がバクバクと早鐘はやがねのように脈打ち冷汗がふき出る。立っているのがやっとなほど足も震えていた。


「レイ。もういこう」


「……あ、は……い」 


 レイのそんな様子に気づいたアリスが先ほどと打って変わって冷静な声音で言うと、レイの腕をとりカジノの外にでた。


 

 カジノの外に出るとレイは比較的人通りの少ない近くのベンチに寝かされる。


「ここで休んでて。アタシはさっきのチップ換金してくるから」


 アリスの言葉にレイがうなずくとアリスが離れていった。レイはベンチに寝たまま一人、ぼんやりと青空を見上げた。


「……久しぶりに力を使うとやっぱり疲れる」


 レイのポツリとしたつぶやきはそのまま青空に吸い込まれていった。レイの家系に伝わる力。確かに特別な力ではあるのだが使えば使うほど死に近づいていく。そして力を使わなかったとしてもそう遠くない未来、この力に命を奪われる。それがレイに課せられた運命だった。


「……レイ?大丈夫?」


 不意に声をかけられ声のしたほうに目を向けると両手にソフトクリームを持ったアリスが立っていた。


「あ、大丈夫です。ちょっと興奮しすぎたみたいで……」


 レイがそういいながら体を起こすとアリスが隣に座りソフトクリームを手渡した。


「悪かったね、アタシもはしゃぎすぎたよ、まさかアンタの勘があそこまでとは……」


「それでお金はどうでした?そこそこ稼げました?」


 レイがそう尋ねるとアリスがニッと笑った。


「モチ、かなり稼げたよ。この前の謝礼金の3倍は儲かったね。最初からここにきてれば……ってアンタがいなかったら稼げてなかったか」


 レイはその言葉を聞いて安心した。自分の呪われた力でも人の役に立った。……できればもっと俗っぽくない使い方がよかったが恩人が喜んでいるのだからよしとしよう。


「これで当分はしのげるはず。アンタの取り分……ってわけじゃないけどそれ、食べちゃって。なかなかうまいんだから」


 そういいながらアリスがおいしそうにソフトクリームをほおばる。ちなみにアリスはチョコ味でレイはバニラミルク味だ。レイもアリスにならってソフトクリームを口に運ぶ。なめらかな食感をミルクの優しい味、バニラの香りが広がっていく。すごくおいしい。レイはもう一口運ぶと口を離した。


「どうした?口に合わなかった?」


「いえ、私言いたいことがあって―――」


 力を使いすぎると死ぬんです。その言葉が口元まで出かかったが、無理やり飲み込むと別の言葉をしぼりだした。


「これ、すごくおいしいですね。私好きになりました」

 

「でしょ~? アタシもここにきたらよく食べるんだ。ボリスは甘いもん苦手だから食べないんだけどさ……一度ぐらいは食べてもいいと思わない?」


 アリスのたあいない愚痴を聞きながらレイはまた一口ソフトクリームを口に運んだ。ずっとこの味を、この瞬間を覚えておこう。いつかこの命が燃え尽きるその瞬間まで。

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