幕間1 とある兵士の記録

 荒涼こうりょうとした大地を一台の車両が走る。二つの太陽が頭の上にギラギラと輝いている。グローブをはめた手の甲であごの下に伝う汗をぬぐう。時折吹く風に巻き上げられた砂はどこにでも入りこんで、乾いた空気が肺を満たす。カサカサに乾いた唇を舌でなめ水筒すいとうに口を付け火照ほてった体の中に水を流し込む。


 今いるのは砂漠の惑星だ。私たちは反乱軍の潜伏しているアジトを捜索そうさくするため、こんな不毛な大地に来ていた。この任務が終わったら休暇でも取りたい気分。アタラクシア《リゾート地》にでも行こうか、確か格安のツアー旅行の広告を見た気がする。


「……おい、きいてんのかよ?」


 肩を小突かれ、私は妄想から引き戻された。小突かれたほうに顔を向けると一人の男がハンドルを操作しながらこっちの様子をうかがっていた。ジョシュア・バーンズ(私はジョッシュと呼んでいた)、かけがえのない仲間であり、私の恋人。


「ごめん、一足先にこの任務が終わったあとのことを考えてた」


「おいおい、いくら簡単な任務とはいえ気が抜けてないか? しっかりしてくれよ分隊長さん」


 ジョッシュがいたずらっぽく笑った。ジョッシュにもあとで旅行の件を提案してみよう。


「だけど今回はほんとに貧乏くじだよな。こんな星に反乱軍がアジトを作るなんてよ。どうせ作るならリゾート地にしてほしいぜ。なぁ、マコ?」


 後部座席に座っていた黒人の男が隣に座っている気弱そうな若い男に話しかけた。私の分隊の隊員であるフランクリンとマコ。フランクリンはいつも軽口が絶えないが頼りになる。マコは最近隊に配属された新入りで、気弱だが将来有望な優秀な兵士だ。


「けど普通は見つからないようなとこにアジトは作るものだから……」


「んなことは言われなくてもわかってるよ、ほんとにオメーは優等生だな」


 そういうとフランクリンはマコのヘルメットをぐりぐりと押し込んだ。マコはやめてくださいよといいながらその手を払いのける。


「フランクリン。新入りで遊ぶな?ここはハイスクールじゃないぞ」


「なんだよ、隊長。退屈な任務だから盛り上げてやろうと思ったのに」


 ニヤニヤとしながらフランクリンが悪びれもせずに言い返す。


「分隊長命令だ、軍曹。新人で遊ぶな」


「サー、イエッサー!隊長殿!フランクリン軍曹は退屈な任務中に新人で遊んだりしません、サー!」


 仰々しく敬礼して見せるフランクリン。まったくこいつには手を焼く。


「サー、ひとつ報告してもよろしいでしょうか!」


「今度はなんだ、軍曹?」


「先ほど風に巻き上げられた砂粒がパンツの中に空挺降下くうていこうかして来たのであります!分隊長の援護を要請ようせいします!」


「ハッ、黙ってろ、フランクリン」


 いつもの軽口に苦笑しながら車両は大地を進んでいく。10分ほどたっただろうか、運転していたジョッシュが声を上げた。


「見ろ、煙が上がってる。なにかあるぞ」


「みんな気をつけろ、ここはもうやつらのテリトリーだ」


 煙に向かって車両を進めると小さな村が見えてきた。土でできた粗末なつくりの民家が数軒並んでいる。村の入り口に車両を止めると武器を構え、村へと侵入した。そこで私たちが見たのはこの世とは思えない地獄だった。


「こいつは……」


 ジョッシュが顔をしかめる。それもそのはず、村の中心にある小さな広場には住人であっただろう死体たちが積み上げられて燃やされていた。あまりにもひどい惨状さんじょうにさすがのフランクリンも押し黙っていた。


「やつらの手口だ。見せしめですよ」


 マコがつぶやく。前にも見たことがあるのだろう、その眼にはやるせなさと怒りがにじんでいた。私は死体に近づくとそばに落ちていた焦げた人形を拾いあげた。母親の手作りであろうその人形の裏にはシンシアと刺繍ししゅうされていた。


「なぁ、大丈夫か」


 ジョッシュが私の顔をのぞく。私は、ああとだけ答えて人形をもとあった場所に戻した。


「何か手がかりがないか調べよう。任務が残っている」


 私がそういった瞬間、近くの民家から物音が聞こえた。一瞬で分隊に緊張が走る。私のハンドサインで分隊が散開し射撃位置ポジションにつくと民家に向かって声を張り上げた。


「誰かいるのか! 両手を上げて出てこい!」


 銃の安全装置セーフティを外し、いつでも撃てるように民家の入り口を照準器サイト越しににらむ。緊張で鼓動が早まり、一秒一秒が永遠に感じる。何度も味わったがいつまでたっても好きにはなれそうにない感覚だ。しばらくの静寂せいじゃくの後、民家の中から両手をあげ出てきた人物を見て私はふぅと息をついた。別の分隊の隊長、ハーパー少尉だ。


「ハーパー! もう少しで撃つとこだった! どうしてここに?」


 私は分隊に銃を下ろさせるとハーパーに近づいた。


「悪かった。ここから東に5キロほど行ったところの村も襲撃されてな。反乱軍のやつらは村を焼きながら移動している、阻止しようとしたんだが…手遅れだったようだ」


焦土しょうど作戦のつもりか、無関係な人々も巻き込んで……」


「やつらは反乱軍とは名ばかりのテロリストだからな。もはやまともじゃない」


「早く止めないと、このままじゃ被害が広がる」


「ああ、その通りだ。手がかりを探そう」


 その時ハーパーの無線機から隊員の報告が入った。


「分隊長、マクフォードです。生存者を発見しました、女の子です」


「了解だ、マクフォード。こっちへ連れてきてくれ、反乱軍の手がかりが聞けるかもしれない」


 ハーパーは無線を切ると私に手で合図した。


「民家の中に入ろう。広場はひどいありさまだ」


 私は分隊に周辺を警戒するように命じると近くの民家の中へと入った。民家のドアは完全に壊され中は荒れ放題で、持ち主だった家族の痕跡こんせきが床に散らばっていた。胸がつまるような光景に呆然と立ち尽くしていると生存者を連れた隊員が中に入ってきた。


「隊長、この子がそうです」


 隊員が連れてきた女の子はまだ少女とすら呼べない幼い女の子で、ボロ布をまといひどく汚れ、ぼさぼさの髪でうつろな目をしていた。ハーパーは近くに転がっていた椅子をつかみ女の子を座らせるとゆっくりと女の子に反乱軍のついて問いかけた。しかし、ハーパーがいくら問いかけても少女は答えず、やがてしびれを切らしたハーパーが私を呼んだ。


「まったくだめだな、ショック状態だ。境遇きょうぐうを考えれば仕方のないことだが……」


「私がやってみても?」


「ああ、そっちのほうがいいだろう。本部に生存者を報告して回収してもらってから、もう一度作戦プランを立て直すとしよう」


「了解」


 私が短く返事をし、ハーパーが民家を後にすると、私はヘルメットを脱いで少女の前へしゃがみこんだ。


「大変な目にあったね、でも大丈夫。もう私たちが来たから怖い思いはしなくて済む」


「……」


「あなた歳はいくつ?」


「……」


 女の子はずっと黙ったままだ。私は近くにあった布を水筒の水でぬらすと女の子の顔の汚れをぬぐってやる。汚れをぬぐいながら私はとある秘密を打ち明けた。


「実はね、私お腹に赤ちゃんがいるの。まだ誰にも話してないんだけどね。いつか生まれて大きくなったらあなたみたいにかわいい女の子になればいいな」


「さぁ、きれいになった。女の子はかわいくなくっちゃね」


 私がほほ笑むと女の子もかすかに笑った。この子は強い、きっとこの出来事も乗り越えるだろう。


「隊長、本部と連絡が取れました。増援と回収機があと数分でこちらに来ます」


 マコが民家に入ってくる。私は女の子に、さっきの話は内緒にしてねとささやくと立ち上がりヘルメットをかぶった。


「わかった、私はハーパーとプランを練り直す。女の子を頼んだわ」


 マコが敬礼すると私と交代する形で女の子についた。私は女の子に軽く手を振って民家を後にする。外に出るとジョッシュとフランクリン、ハーパーと彼の隊員たちが集まっていた。私が近づくとハーパーが手首にはめたスマートデバイスから一帯の地図をホログラム投影して作戦プランの説明を始める。


「来たか。よし、全員聞け!村にあった手がかりと本部との情報を照合した結果、ここから北に20キロほど行った鉱山跡に反乱軍のアジトがあると予想される。本部からの増援部隊と共にこれを急襲、一気に制圧するぞ」


「敵の戦力の情報は何か入ってる?」


「それほど多くはないな。即席の戦闘車両と歩兵ぐらいだ、ろくな対空兵器もないだろう。こちらには俺たちの分隊と増援の部隊、航空支援のVTOL(垂直離着陸機)が2機つく。これだけあれば一時間もかからずに制圧できるだろう」


「ならさっさと終わらせて帰ろう、もう砂はうんざり。マコ、女の子を連れてきて。安全な場所に送ってあげよう」


 無線でマコを呼ぶと女の子を連れ民家から出てきた。ようやくあの子を安全な場所へ連れていける。そう思った次の瞬間、すべてが変わった。女の子が右手を上げるとそこには鈍く銀色に輝く装置が握られていた。その装置からワイヤーが伸び、つながっている先に見えるのは女の子の体にくくりつけられた無数の――爆弾。


 時間がゆっくりと流れる。私はあらん限りの声を上げてマコの名前を呼んだ。マコは一瞬、怪訝けげんな顔をして隣の歩く女の子に視線を向けた。そして逃げる間もなく女の子の爆発に巻き込まれた。爆風は私と仲間たちを乱暴に地面へとたたきつけた。



 目の奥に火花が散り、ひどい耳鳴りがする。全身の骨がきしみ、神経が痛みを訴える。誰かが必死に叫んでいる。周りではくぐもった銃声も聞こえる。やがてぼやけていた視界がクリアになるとジョッシュが叫んでいるのが見えた。


「隊長!しっかりしろ、隊長!!反乱軍の攻撃だ!ハーパーは死んだ!命令するんだ!」


 必死に叫ぶジョッシュのおかげで正気を取り戻した私は生き残っている隊員全員に叫んだ。


「広場を中心に防御陣形ディフェンスをとれ!!増援が来るまで耐えるんだ!」


 隊員たちは集まると遮蔽しゃへいの陰から反乱軍へ反撃する。気が付くと私たちの周りは反乱軍の兵士に完全に包囲されていた。こちらはマコとハーパーを失い生き残りは私を入れて6人。圧倒的に不利な状況だった。


「ちくしょう!ワラワラわいてきやがるぞ!」


「無駄弾を使うな!絶対に生き残るぞ!」


 次々と広場に押し寄せる敵兵たちを私たちは迎え撃った。できるだけ致命傷にするべく胸を狙い撃つ。敵兵の胸から血がき出し地面へと転がる。敵兵はまともに装備もなくただただ銃を乱射しわめきながら迫ってくる。その常軌じょうきいっした戦い方に私たちは恐怖した。


「隊長、このままでは押し切られます!増援は―――」


 ハーパーにマクフォードと呼ばれていた隊員が首を撃たれ、崩れ落ちる。手で首を押さえるものの指の間から赤黒い血がドクドクをあふれ出す。誰かがマクフォードがやられた!と叫ぶもどうすることもできない。


「くそ、グレネードいくぞ!!」


「グレネード!!」


 叫びながらジョッシュとフランクリンが敵兵にむかってグレネードを投げる。一拍おいてからグレネードが爆発し、複数の敵兵をバラバラにした。


「本部!こちらは反乱軍の攻撃を受けている!死傷者多数!至急援護を!」


 私は無線に向かって叫ぶが応答はなかった。


「本部聞こえてないのか!至急援護をまわしてくれ!繰り返す、至急援護を!」


 私が応答しない無線に絶叫しているとついに遮蔽から体を出しすぎたフランクリンが撃たれ倒れた。フランクリンは悲痛な叫び声をあげるがまだ生きている。


「フランクリンが被弾!隊長援護してくれ!」


 ジョッシュがそう叫ぶと同時にフランクリンを助けに走る。私はそんな彼を援護するため銃を撃ち敵をけん制する。ジョッシュがフランクリンを引っ張り私の近くまでへと戻るとフランクリンのケガを調べた。幸い肩を撃たれているが命にかかわる傷ではなかった。


「大丈夫か、タフガイ」


「クソッ、当たり前だ。だがよ、ほんとに今回は貧乏くじだぜ」


 ジョッシュの問いかけにニヤリと笑いながらいつもの軽口をたたくフランクリンに最悪の状況でも少しばかり安心感を覚えた。しかしそう思ったのも束の間、敵兵の中にロケットランチャーを携帯した兵士が現れこちらに向けて発射した。


 すぐ近くに着弾したロケット弾の爆発で遮蔽ごと吹き飛ばされ、私はまたしても地面へたたきつけられた。完全に骨が折れた感覚が脳へと伝わる、全身にすさまじい痛みが走り息をするのもやっとだ。起きようとしても体がいうことを聞かない。何とか頭だけを動かして周りを見渡す。


 私と同じように吹きとばされた仲間たちはうめきながら地面にはいつくばっていた。そこに敵兵たちが銃を手にゆっくりと近づく。よせ、やめろ!そう叫ぼうとするも口からはかすかな息しか漏れ出ない。まずハーパーの部下たちが撃ち殺され、次に立ち上がろうとしていたフランクリンの頭に銃弾が撃ち込まれる。血と脳しょうが飛び散りいつも軽口の絶えなかった男が物言わぬ死体となった。


 二つの太陽が頭の上にギラギラと輝いている。口からあふれ出たちがあごの下を伝う。敵兵がついに私たちに近づいてくるが、私はもうただ涙を流すことしかできなかった。すぐそばに敵兵が立つと銃口をこちらへと向ける。私は覚悟を決め、ゆっくりと目を閉じた。

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