第2話 ファースト・コンタクト/PARTⅡ

「船長! 船が一隻近づいてきます! 艦種かんしゅはガニメデ級輸送船、所属は不明!」


暁の女神ドーン・オブ・ヴィーナス号のブリッジに乗組員の声が響く。白髪交じりの髪の船長は大きくため息をついた。


「まったく来週には定年だってのに、なんだっていうんだ……!」


「船長、このままでは攻撃されるのでは……」


「慌てるんじゃない!海賊にせよ反乱軍にせよ、民間船をいきなり沈めてくることはないはずだ。呼びかけるぞ」


 船長は浮足うきあし立つ乗組員をたしなめると椅子に備えられたコントロールパネルから通信機能を使い近づく船に呼びかけた。


「こちらは暁の女神号船長だ、接近中の船舶せんぱくにつぐ。所属と目的を明らかにせよ。繰り返す、所属と目的を明らかにせよ!」


 船長が呼びかけると一拍いっぱくの間をおいて男の声が返ってきた。


「どーも船長さんよ、ごきげんよう! オレ様は悪名高きヤンカ・ブーン=ブーン!お宅の船をちょうだいしに来たぜ!」


 通信越しでも伝わる男のならずものの雰囲気に船長はうんざりしながら返答した。


「ずいぶんと時代遅れの海賊行為だな? この宙域はすでにコンチネルの惑星警備隊の警備宙域テリトリーに入っている。わかっているとも思うがすでに救難信号も出している、大人しく引き下がったほうが身のためだ」


「だはははは!お優しーい船長の心遣い誠に痛み入るぜぇ! だがよ。こっちは引き下がるつもりなんてこれぇーっぽっちもないわけよ!」


 ブーンが船長の警告を一蹴したその時、ブーンの船のレーダーが接近する4つの反応をとらえた。


「こちらは惑星警備隊、武装解除し大人しく投降せよ!」


「お、さすがは惑星警備隊。出しゃばってくる早さはピカイチだな」


 警備隊の警告を無視するとブーンは椅子のコントロールパネルを操作し、船体のコンテナを広げた。


「それじゃ、警備隊の諸君! 楽しんでくれよな!」


 そういいながらブーンが手元のスイッチを押すとコンテナから4つの黒い物体が飛び出し警備隊の機体へと襲いかかった。


「な、無人兵器ドローンだと⁉ 各機、散開ブレイク! 散開ブレイク!」


 警備隊の隊長機が叫ぶと隊員の機体はそれぞれ散らばるがドローンの放った赤い閃光が隊員の機体をとらえる。


「うわっ――――」


 断末魔の叫びをあげる間もなく隊員の機体は爆発四散し、宇宙に一瞬の輝きを放つ。


「隊長! 3番機がやられました!」


「くそっ! 2番機、後ろについてるぞ!」


「どこだ! 見えねぇ!」


 慌てる2番機の後ろにドローン容赦なく迫るがその瞬間、隊長機の放ったパルス砲がドローンに命中し爆散する。


「2番機、大丈夫か!」


「助かった、ありがとう隊長!」


 一瞬にして僚機を一機失った警備隊だが隊長機のリーダーシップで立て直し、ドローンに逆襲をしかける。


「さっきのお返しだ、食らいやがれ!」


「こちら4番機、攻撃します!」


2番機と4番機がそれぞれドローンを撃墜する。これでドローンの残りは1機。


「ほーん、なかなか警備隊のやつらやるじゃねぇか。払い下げの機体でよくやるよ」


 警備隊の戦いを船から眺めていたブーンがつぶやいた。警備隊の配備されている機体コメットⅢは軍からの払い下げ品で性能としてはドローンに勝っている点はない。しかしその性能差を隊長機が部隊をうまくまとめ上げ埋めているのだ。素直に感心するところだろう。だが次の瞬間、ブーンは口角を吊り上げコンソールをいじった。


「今回はこいつの試験運用も兼ねてんだよ……、そっちがその気なら第2ステージだ!」


 ブーンが再びスイッチを押すとドローンへ更新プログラムが送信された。


「よし、後ろについた!」


 警備隊の2番機がドローンの背後につくと狙いを定めた。


「3番機の仇だ―――なっ」


 2番機が攻撃した瞬間ドローンはふわりと反転し即座に2番機のコックピットを撃ち抜いた。


「隊長! 2番機が!」


「クソおおおっ!!」


 4番機の叫びに隊長機が呼応するようにドローンへと攻撃する。が、その攻撃はすべてドローンに命中することはなかった。


「こいつ動きが―――」


 隊長機が見せた一瞬の動揺を見逃さず放ったドローンの閃光が隊長機を貫いた。


「隊長ーっ!!」


 唯一残された4番機が叫ぶ。そして無情にもドローンは残る4番機を仕留めようと迫った。


「だ、誰か!誰か助けて!」


 必死に叫びながら回避機動をとるもドローンは闘犬ピットブルのように食らいついて離さない。


「いや……! 死にたくない! 助けて……、助けて!」


「どうやらここでチェックメイトのようだな、楽しませてもらったぜ」


 勝ちを確信してほくそ笑むブーンであったがその時、レーダーが接近する一つの存在をとらえた。その瞬間宇宙に青い閃光が走り4番機の後ろにいたドローンが爆発した。


「えっ……?」


「なんだって!?」


 4番機とブーンが事態に気づいた時には赤い機体ローンスターがブーンの船を攻撃していた。


「ぐわっ!!」


 攻撃の衝撃でブーンは椅子から投げ出され脇のコンソール装置に頭を打ち付けた。それから急いで立ち上がると通信機能を立ち上げありったけの声量で叫んだ。


「テメェ! いったいどこの誰だ! いきなりなにしやがる!」


「おや、一発で仕留めるつもりだったけどずいぶんタフなんだな!」


 ブーンのわめき声にもアリスは冷静に返した。


「女か!? テメェこのヤンカ・ブーン=ブーン様にちょっかいかけたらどうなるかわかってんのか!?」


「あっそ! 今時古臭い海賊野郎に言われるすじあいは、ないっ!」


「ぐわぁっ!」


 アリスの攻撃で船体が揺れまたしてもブーンは頭を装置に打ち付けた。


「チッキショー!全ドローン攻撃だ!!」


 ブーンがみたびスイッチを押すとコンテナから無数のドローンが飛び出した。


「へぇ、やることは古臭いのに道具はいっちょ前じゃない! そこの警備隊機、アンタは下がって!」


「い、いえ!私は……、私は惑星警備隊員です!職務を果たします!」


 先ほどまで取り乱していた4番機が反発してきた。意地でもここに残る気だ。アリスは舌打ちすると機体を加速させた。


「なら自分の身は自分で守って! 足引っ張らないでよ!」


「は、はい……!」


 ローンスターが真正面からドローンに突っ込むと2撃で2機を撃墜、さらにすぐさま反転し3機目を仕留めた。


「速い……!」


 4番機があっけにとられている間にみるみるドローンはその数を減らした。


「嘘だろ、ドローンが追い付かねぇだとぉ!? ……ふざけんなよ、こうなったら最終手段だ!」


 ブーンがコンソールに指を走らせ、最終手段…ドローンのさらなる更新プログラムを送信した。その瞬間ドローンに機体に赤い光線が走り、またもや機体を急激に反転させローンスターを撃ち…外した。いや、ローンスターが機体をひねり回避したのだ。そしてドローン以上の急旋回をかけると精確にドローンを撃ちぬいた。


「なん、だって……」


 ブーンがわが目を疑った。最新鋭のドローンで最高のパフォーマンスを発揮しているはずなのにそれがたった一機に蹴散らされている。まるでたちの悪い冗談か、悪夢を見ている気分だった。


「バケモンかよ、テメェは!!」


 ブーンの腹の底から振り絞った叫びが響いたとき、最後のドローンが光を放ってぜた。チェックメイトだ。


「さぁ、これで手品は終わりでしょ?」


 ローンスターがブーンの船の目の前に停止した。いつでもブリッジを狙い撃てる位置だ。


「ああ…、ドローンは全部オシャカだ、もう品切れだよ……」


 ブーンが椅子に座りこみ、がっくりとうなだれた。


「いやに素直ね……」


 往生際悪くわめくと思いきや意気消沈するブーンに戸惑うアリス。そのアリスにブーンが問いかけた。


「そういやテメェの名前を聞いてなかったな。海賊行為は捕まったら一発死刑…、冥途の土産に教えちゃくれねぇか」


「そうね、ほんとなら犯罪者に教えてやる名前はないんだけど…わかった。私はアリス。アリス・エンデバーよ」


 アリスの名前を聞いた途端うなだれていたブーンが肩を震わせて笑い始めた。


「はぁ? いったい何がおかしい――」


「テメェの名は覚えたからな! テメェも覚えとけよ!」


ブーンが叫ぶと船から閃光弾がはなたれアリスの視界を奪った。


「く……!」


 まばゆい閃光が消えるころには短距離ワープで逃げたのだろう、ブーンの船は影も形もなかった。


「ったく……やることも古けりゃいうことまで古いんだから」


 アリスがつぶやくとコックピットの装置が通信を受信したことを告げた。暁の女神号からだった。


「こちらは暁の女神号だ。どこのだれかは知らないが危機を救ってくれてありがとう。こちらはこれよりコンチネンタルの宇宙港に入港する。そこで礼がしたい、一緒に来てくれるか?」


「もちろん。そのために助けたんだから、タダ働きはするつもりないわ」


「そ、そうか……、なら先導する」


 アリスのはっきりした物言いに少し面食らったようだがそのぐらいは大目に見てほしい。窮地をすくったのだから乗客たちも喜んでお礼を出すだろう。今夜は豪勢な夕飯になりそうだとアリスは顔をほころばせるのだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 コンチネンタルの宇宙港に到着すると乗客たちは我先に船を降り、命があることを喜んだ。中には号泣しながら宇宙港職員に抱き着く客もいた。


「ああ、生きてこの星に降りられるなんて……」


「ええ、私たち無事でよかったわ……」


 先ほど黒髪の少女と話していた老夫婦が抱き合いながらお互いの無事を確かめ合っていた。少女は安心すると静かに離れ、とある人物を人々の群れの中からさがした。今回の事件を解決したあの赤い機体のパイロット。客船の窓から見た強烈なまでに魅せられた人。あの人に会いたい。


 宇宙港内部は乗客と職員、事件の通報を受け乗り込んできた銀河警察G‐SECとそれに便乗したマスコミでごった返していたが少女の目に船長らしき人物と話す金髪ショートヘアの女性がとまった。その時少女は直感した、きっとあの人だろうと。そして急いで荷物を持って女性に近づいた。


「あーあ、命を救ったのにお礼はこれっぽっち……?足元見すぎじゃないのあの船長……」


 少女が近づくと金髪の女性が手首のスマートデバイスを頭をきむしりながらうめいた。どうやら思ったより謝礼が少なかったようだ。


「とりあえず業務用スーパーでつまみ買うか……あぁ、豪勢な夕飯が……」


 想像していた姿を裏切ってかなりみじめなつぶやきをする女性に戸惑いながらも少女は意を決して声をかけた。


「あ、あの!」


「え? なに?」


 いきなり声をかけてきた少女に怪訝けげんな顔を向ける女性。その表情にしどろもどろになりながら少女が言葉をつなげる。


「あ、あの、さっきは海賊から助けてもらって、あの…、ありがとうございました!」


「ああ……、気にしないで全然ヘ-キヘーキ」


 手をひらひらとふって去ろうとする女性に少女がなおも話しかける。


「それで、私。お願いがあるんです!」


「お願い?」


 女性の何か魂胆こんたんがあるのか?という疑うような視線を受け顔を伏せる少女。しかし深呼吸をしたのち、顔を上げ声を出した。


「私! レイ・アルフォードって言います!!あなたのそばにおいてください!!」


 突然のレイの発言で女性がぎょっとした表情に変わった。


「え、なに?告白?アンタってそういう趣味?」


「え!? いや、ちが……解を慌ててレイが訂正する。レイの顔が恥ずかしさで顔が真っ赤になった。


「私、行くところがなくて…それで掃除とか洗濯とか私にできることなら何でもします!だから……」


「あー、なるほどそういうことね」


 レイの説明に女性は目を細めた。そしてため息をつくと頭を掻きながらこう言った。


「悪いんだけどさ、アタシにアンタみたいな世間知らずの小娘の面倒見るとかそういう余裕ないんだよね。今回みたいな危険なこともあるし、せいぜい退屈な人生にスリルが欲しいってクチでしょ。豪華客船に乗ってるし、着てるもん見る限りアンタ、いいとこのお嬢さんみたいなんだから親元に帰んなよ、それが一番だ」


 そう冷たく言い放つ女性にレイはたまらず反論する。


「スリルが欲しいんじゃありません!たしかに世間知らずなのは認めます、でもそれじゃいけないと思って私は……!」


「へー、そりゃご立派なもんですね。それでわざわざ下々の生活に触れてみようって?いい迷惑なんだよこちとら―――」


「私は近いうちに死にます。死ぬ運命なんです」


 レイの発言と真剣なまなざしに女性は言葉が詰まった。


「私はそれを受け入れています、だけど私はそれ以外のことも知りたい。私は私として生まれた意味を見つけたいんです!」


 レイは必死に涙をこらえて言った。てのひらに爪が食い込むほど強く握りしめた。この人にわかってもらいたかった。


「そう、どんな事情かはよくわかんないけどまぁ、気持ちは伝わったよ。でもそれってアタシじゃなくてもいいんじゃないの?」


「いえ、あなたじゃないとダメなんです。私の勘がそういってます」


「なにそれ、オカルト?そういうの信じてないんだけど」


「小さいころからの特技なんです、今日あなたが助けてくれることもわかってましたよ?」

 

 少し自慢げに話すレイを見ると女性は苦笑を浮かべた。先ほど自分が死ぬことを受け入れていると同じ女の子とは思えなかった。


「はぁ……。まったく、ほんとに今日は変な日だよ……」


 女性がそうボヤいたとき女性の腹の虫が大きく鳴いた。


「……アンタさ、料理はできる?」


「人並みにはできると思います……」


「……オッケー、それじゃこれから買い出しに行くからついてきて」


「え、それじゃ……!」


 レイの表情がぱぁっと輝く。が


「た・だ・し!」


 女性がびしっとレイの顔に向けて人差し指を突き付けた。


「掃除、洗濯、料理その他もろもろとことんこき使うから! ちょっとでも泣き言いったりいやだなんて言ったら小惑星帯に置き去りにするから!」


「は、はいっ!」


 レイがピンと背筋を伸ばし敬礼する。


「それとアタシの名前はアリス。呼び捨てでいいから」


 そういうとアリスは振り返り歩き出した。レイがあっけにとられて呆然と立ち尽くしていると


「ほら、早くしなよ! これだから世間知らずのお嬢さんは……」


 アリスの発言に我に返ったレイは慌ててアリスの後を追った。


「わ、私はレイです! さっき名乗ったじゃないですか!」


「人の名前おぼえんの苦手なの! 特に興味ない相手だとね!」


「ひどい!そんな言い方してたら友達なくしますよ!もっと思いやりを……」


「あ~あ~、うるせ~。もう放りだそっかなー」


 そんな言い合いをしながら二人は初めての出会いファースト・コンタクトを迎えたのだった。





つづく

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