プロジェクト・スターライズ ~銀河群雄譚

霜月 由良

第1話 ファースト・コンタクト/PARTⅠ

 銀河歴 ぎんがれき152年――、人類が母なる地球を離れ、早や4世紀足らず。星の海を渡るすべを手に入れた人類は他所 よその太陽系へと進出、数々の惑星へと植民を開始しその生存圏を拡大していった。時に183年、惑星の資源をめぐり星間戦争 せいかんせんそう勃発 ぼっぱつ、各植民地惑星において凄惨 せいさんな戦争が繰り広げられることとなった。

 それから14年後、際限ない争いに疲弊 ひへいしきった植民地惑星の代表たちが集まり、銀河連邦を立ち上げ戦争に終止符を打つとようやく銀河に平和がもたらされた。後に銀河内乱戦争 ぎんがないらんせんそうと呼ばれる戦争から今日にいたるまで、銀河連邦とその軍は銀河の平和を担っているのである。


                                                                                                           ―――ジェームズ・バークレイ『人類の過ち 銀河連邦の誕生について』より抜粋




「人類の過ち……、かぁ」


 黒髪の少女が読んでいたタブレットを脇に置くと腰かけていたベッドに倒れこんだ。

部屋の天窓には無数の星が光っており、ここが自分の慣れ親しんだ部屋ではないこと

を思い出させる。少女はゆっくりと体を起こすと部屋に備え付けられた洗面台の鏡の

前へと立った。

目の前の鏡には世間では間違いなく美少女といわれる美しい顔が戸惑った表情で映っていた。


「私、これからどうなるんだろ……」 


 少女は勢いまかせで窮屈 きゅうくつな生活から飛び出したはいいものの、その先の計画など全く立てていなかった。親に反発して客船にもぐりこんだ時点で万策尽 ばんさくつき、これからどうしたものかとため息をついた。


「大体お父様もお母様も過保護なのよ……! いつもいつも私のためといいつつ干渉ばかりして……!」


 少女の年頃にはつきものな愚痴 ぐちをこぼすと途端 とたんに腹の虫がクウッと鳴いた。


「悩んでいてもお腹は空いちゃうのよね……、仕方ないからお昼にしよう」


 少女は鏡の前で気持ちを切り替えると部屋の自動ドアを開け、通路に出ると食堂へと向かった。隅々まで磨かれた通路を通り食堂に入ると、給仕 きゅうじアンドロイドに案内され少女はテーブルに着いた。



「本日はいかがなさいますか? メインディッシュを牛、魚、鶏からお選びください、当食堂ではどれも合成肉ではなく天然の物を使用しています」


「そうね……、今は魚の気分だから魚をお願いします」


「かしこまりました、それではしばらくお待ちください」


 給仕アンドロイドがテーブルを離れると少女は周りで食事を楽しむ乗船客を見渡した。少女が乗った客船は一般的に豪華客船であり、その客もいわゆるセレブであった。


「おひとりで旅行されてるのかしら?」


 不意にそう声がした方向に少女が顔を向けると、隣のテーブルに座る人のよさそうな笑みを浮かべた二人の老婆が目に入った。


「あ、はい、一人旅行です……」


 少女がたどたどしく答えるともう一人の老婆が口を開いた。


「ごめんなさいね、急に声をかけて。私たちの孫に歳が近かったものだからつい」


「あ、いえ、全然大丈夫です……。お二人は夫婦ですか?」


「そう、結婚してもう50年にはなるわね。この近くのコンチネンタルに住む孫に会いに行くのよ、あなたはどちらまで?」


 コンチネンタルとは開発の進んだ豊かな惑星でこの客船の航海の途中で立ち寄る星だった。


「あ、そうなんですか。それは早く会いたいですよね。私、私は……」


 少女が言いよどんでいると老夫婦はしばらく顔を見合わせたのち顔を輝かせた。


「もしかして意中の相手と落ち合うつもりなのね! なんて素晴らしいのかしら!」


「あ、え!? ち、違いますけど――」


 少女の否定の声をさえぎり夫婦の想像は加速する。


「私たちの若いころもそれはそれは情熱的だったわね!」


「そう! あの頃はお父様たちの目を盗んで、月夜の晩に合瀬 あいせを重ねたものだわ!」


「あ、あの……」


 少女が突然盛り上がった二人のテンションに圧倒されてると老婆の一人が少女の目をまっすぐに見つめた。


「いい? 今はもしかして迷いがあるかもしれないけど、大事なのは周りがなんと言おうとも自分の心に従うことよ。そうすれば真実の愛だってなんだって手に入れられるわ」


 見当違いな発言をもう一人の老婆がうんうんとうなずきながら聞いていた。


「……ありがとうございます、そうします」


 少女はなんだか自分のした行動が肯定 こうていされたような気がして先ほどまで感じていた不安感が薄れるような気がした。


「それじゃ、あなたに私たちのなれそめを――」


 老婆がそう言いかけた瞬間、食堂全体に赤い光と共にアラームが鳴り響いた。


「あらやだ、何かしら!?」


 慌てる老夫婦をよそに少女は食堂の窓に近づき外に広がる星の海を見渡すと、その海の中で黄金に輝く船が近づいてくるのを見つけた。


「船が近づいてくる……!」


「もしかして海賊!? そんな……!!」


老夫婦の言葉に周りの客たちもざわつく。中には給仕アンドロイドに詰め寄る客もいた。


「おい!海賊が襲ってくるだなんて聞いてないぞ!!私たちの安全はどうなる!?」


「私は給仕用に設計されています、あいにくですが海賊との交渉についてはプログラムされておりません」


「なんだと!? このポンコツめ!!」


 命の危機にあってはさしものセレブたちも余裕などどこにもなかった。海賊につかまれば最後、よくて身ぐるみをはがされるか最悪人質として拘束されるからだ。少女の隣の老夫婦も二人肩を寄せ合い、おびえた表情を浮かべていた。


「まさかこんなことになるなんて……」


「せめてもう一目 ひとめ孫に会いたかったわ……」


 少女は二人に近づくと妙に落ち着いた表情で言った。


「大丈夫です、何とかなりますよ。お孫さんにだって会えます」


「どうしてそう言えるの? あなた何か当てがあるの?」


 老婆の問いかけに少女は初めてフッと笑った。そしてはっきりとした自信をもってこう答えた。


「いえ、なんとなく勘ですよ。でも私の勘って当たるんです、すごく」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「あのさぁ……、今日のランチのメニューってなんだっけ、ベーコンと目玉焼きだったよね?」


 金髪のショートヘアの女が皿の上に乗った黒ずんだ物体を覗き込みながらボヤいた。


「うるせぇんだよ、アリス。ちょっと焦がしただけじゃねぇか」


 ところどころ汚れたエプロンを付けた男が反論するも、アリスと呼ばれた女がなおも抗議の声を上げる。


「ボリス、ちょっと焦がしただけってアンタこれで何回目!?もはや炭なんだけど!」


「うるせぇってんだよ!!だったらテメーで焼きやがれ!」


 ボリスと呼ばれた白髪交じりの短髪の男がエプロンを脱ぎ、床に叩きつけながらわめいた。


「大体この前の報酬はどうしたのさ、それがありゃ少しぐらい贅沢したって…」


「あの金は船の燃料や消耗品、オメーが無茶してぶっ壊した輸送船の弁償でぜーんぶパーだっての!」


「ぐ……!」


「……わかったらとっとと食え。洗いもんが片付かねぇ」


 ぐうの音もでないアリスが皿を持ち上げ、一気に卵とベーコンらしきものを口に放り込むとバリバリという音を立てて咀嚼 そしゃくした。


「まっずー……」


 当然の感想をつぶやいたとき、ボリスの叫び声が聞こえた。


「おい、アリス!この近くで救難信号をキャッチしたぞ!誰かが襲われてるらしい!」


「この近くで!? 金、じゃない人助けのチャンス!!」


 その叫びを聞いた途端、アリスははじかれたように立ち上がると格納庫へ走り出した。そして格納庫に駐機してある長年の相棒の宇宙戦闘機 スターファイター『ローンスター』のコックピットに乗り込み、すかさずインカムを頭に付けた。


「アリス聞こえるか?」


「ええ、聞こえる。信号の解析は?」


「聞いて驚けよ、どうやら信号を解析すると客船が海賊にあってるらしい。まるで大航海時代だな」


「ほんとに? 今時、酔狂 すいきょうなやつもいたもんね」


「それだけじゃねぇぞ。その襲われてる客船ってのが『暁の女神 ドーン・オブ・ヴィーナス』って名前なんだ。検索するとこいつはかなりのセレブたちを運んでるらしいぞ」


 インカムを通じてボリスの喜ぶ声を聞くと自然とアリスの顔もほころんだ。ひょっとすると今晩は炭でも合成でもないステーキにありつけるかもしれない。


「オッケー、それじゃひとっとびして世の中のためにひと肌脱ぎますか」


「格納庫の扉、開けるぞ」


 アリスの目の前の扉が開き、視界に星々の光が満ちる。アリスの乗った機体は電磁 でんじシールド(空気を密閉し船体に穴が開いても空気と人工重力を保つための機能)をくぐり、そのままカタパルトへと接続され発艦シーケンスに入る。


「ウィング展開、武器管制システムOK、姿勢制御システムOK。脱出システムは・・・まぁ、OK」


「よし、リニアカタパルト電力上昇。…アリス、今度は無茶すんなよ」


「わぁってるってボリス。それよりうまい店、探しといてよ!」


 アリスの食欲にボリスは苦笑しながらも発艦シーケンスを続ける。


「発艦まで5、4、3、2、1…!0!!」


「さぁ…アロンズィいくぞ!!」


 カウントダウンが0になった瞬間、カタパルトに青い電流が走りアリスの機体は宇宙を切り裂く流星のようにうちだされた。


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