第17話 家宝

  その日からライナス様は変わった。同じベットで寝起きして、朝起きると私を抱きしめるのだ、なーんて事はなく、いつも通りの日々が続いた。  

 

 ライナス様は忙しく蟲狩りにいく日々だった。

 私はというと、昼食後、日課の書簡に一通り目を通し自室で読書をしていた。

 読んでいるのは珍しく恋愛もの。

 異国へ嫁ぐ令嬢と幼馴染の男との淡い恋が描かれている。

 宮中にいた頃は時折読んでまだ見ぬ未来の婚約者へ心踊らせていたっけ。

 まさかこんな未来が待ち構えているなんて、あの頃は夢にも思ってなかった。そして恋愛小説をまた読もうと思える日がくるとはね。


「奥様、よろしいでしょうか」


 部屋の外でアールの声がした。


「旦那様がお呼びです」


 ライナス様は今日は非番だった。先ほど一緒に昼食を食べ、残りの雑務をすると自室へ戻られたいた。

 何かしら?

 一応領民からの陳情書や出入りする業者からの領収書には目を通してお渡ししていたけど。気になる事があったのかしら。


「旦那様、エリーナです」

「入れ」


 ライナス様は背を向けて何やら机の上で作業していた。


「シイラは下がれ。他のものも」


 すすすっとシイラがさがり、パタンと扉の閉まる音がした。


「なんでしょうか。旦那様」


 くるりと振り返ったライナス様は美しい装飾が施された赤い箱を抱えていた。

 指で近くにこいと伝える。


「なんですの、この箱は?」


 ぱかっと箱を開くとそこには眩いばかりの首飾りとイヤリングがあった。

 これでもかと言わんばかりにダイヤを散りばめている。箱の底が黒地の布が敷かれているのも相まって、まるで満点の星のような輝き。


 こんな美しい装飾は宮中でもなかなかお目にかかれる品ではない。

 首飾りは3連にも細かいダイヤが連なり、先には一際大きなダイヤが鎮座している。

 イヤリングは雫の形していて、きらりと高貴な光を放っている。夢のような美しさだった。

 あまりの美しさに言葉を失っていると「気に入ったか」


「え?はい、とても美しい品かと思いますが、これはどうされたのですか?」

「この家に代々伝わる宝飾だ」


「家宝ですね」

「次の舞踏会にこれをつけるといい」


「そう簡単に私がつけてよろしいでしょうか。似合うかどうか・・・」


 普段は地味な装いが多いし、こんなでかい宝石をつけても私なんかじゃ釣り合いが取れないのでは。

 仕立て屋が今度仮縫いしたドレスと共に小ぶりなアクセサリーを持ってきてくれると言っていたから、それで十分だと思うのだけど。


「似合うか似合わないかはつけてみないとわからんだろ。ならつけてみるといい」

「で、でもあまりにも高価な品じゃ・・・」


 ライナス様は私の言葉を最後まで聞かずに、箱から首飾りを取り出すと「つけてやる」

 断る間も無く、私の胸元に首飾りを回す。首飾りはずしりと重い。


 イヤリングも持つと、耳元につけとうとしてくれた。ただつけ方が慣れてないのか、手元がもたつく。

 自分でつけますので、そう言おうと思ったが野暮な気がしてそのまま静かに時を待った。


 距離が近い。

 ライナス様の体温を感じて、胸の鼓動が早くなる。


「できたぞ。鏡で見てこい」


 姿見に映るのは儚さとは無縁な永遠を彷彿とさせる美しさだった。

 豚に真珠、なのはわかっている。

 でも思わず頬が緩む。角度を変えて何度も姿見を見入ってしまう。


 やっぱり私も女なのね。

 美しいものに包まれると幸福を感じる。

 祝宴が設けられると嬉しそうに着飾っていた母。そんな母はとても美しかった。

 懐かしい思い出が胸に広がる。


「どうだ気に入ったか?」

「はい、とても綺麗です」

「ああ・・・確かに。よく似合っている」


 驚いて顔を上げる。

 今似合っているって言ってくれたの?

 見上げるとライナス様は静かな瞳で私を見ていた。ドキドキしてすぐに目を逸らしてしまう。

 でも繋がっていたい。


 私はそっと手を伸ばす。一瞬の間があったが、ライナス様はその手を握ってくれた。

 改めて顔を上げる。ライナス様の目は真剣だった。その胸元にそっと身を委ねる。そしてライナス様の手が腰に添えられた———。


「旦那様!!!コーヒーの準備ができました!!」


 ノックと共にアールの元気な声が部屋に響く。

 ハッとして互いに手を放す。まるで密会を見つかった者のように慌てて離れた。

 心臓がバクバクしている。

 返事がないのを妙に思ったのか、アールが再度声をかけた。


「??旦那様」

「は、入れ」


 息切れして変な汗をかいている私たちを見て、アールが不思議そうに首を傾げる。


「どうかなさいました?」

「い、いやなんでもない」


「おや、奥様アクセサリーをおつけになったのですね、なんとも美しいことで」

「ありがと」


 慌ててアクセサリーを箱へ戻すと部屋を後にした。


「どうされました?頬が真っ赤でございますが」

「な、なんでもないのよシイラ。紅茶をお願い」


 私ったら何緊張しているのよ。だって夫婦なのよ。

 抱き合ったり、手を握るくらいなによ。

 当たり前じゃない。そう強がっては見たけれど。


「ん?エリーナ様、なにニヤニヤされているんですか?」


 だめだ、頬が緩む。



 

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