第14話 改めて向き合う

 明け方に隣町から医師が戻ると残りの処置をした。

 

 死に至る量の毒はあらかた中和されていたが、体内に残ったわずかな毒を排出する毒下しの薬を飲ませた。3日もあれば全ての毒が体外から排出できるそうだ。

 また傷口を治癒させる作用の薬草を塗る。適切な応急処置がされていたので一週間で傷口は閉じられるとの事。

 いずれにしても1週間は絶対安静が必要だった。


 アールと処置を終えた医者を見送り礼を伝える。


「礼は不要です。それよりも私が来る前の応急処置が素晴らしかった。処置は全て奥様がされたと伺っておりますが、もしや奥様は蟲読みでいらっしゃいますか?」


 医師の言葉に、「ちょっと齧っただけよ」


「そうですか。あまり蟲読みの方とはお会いする機会がないものでして」

「クエル国には蟲読みはいないのですか」


「いえいえ我が国にもちゃんとおりますが・・・」


 そう笑った後、ふーとため息をつく。


「いないというよりもどちらかと言いますと、魔術じみてしまうことが多くなかなか医療に向けられることが少ないのが現状です」


 アールも、すっと視線を落とし「蟲読みとは灰薬を使用するのでどうしてもみな抵抗があるのです。化け物を体内に取り込むなんて、と・・・」


 蟲読みは、灰薬を調合して体を治す。

 蟲の脅威的な生命力は人を襲い恐怖を与えてきた。しかしそれと同時に圧倒的、莫大な生命力は弱き人間の病を治す力を秘めていた。

 強すぎる力ゆえ、熟練された知識を有する蟲読みと呼ばれる者たちが灰薬を使い人々を救っていた。

 

 ただ、灰薬とは死んだ蟲の灰だけでなく、死骸をミイラ化させた物、中には糞尿や体液と言った物も全て灰薬と呼ばれる。漠然とそれを恐れ拒否したい者がいるのもわかる。


「いくら体にいい、病が治ると言われても蟲の触覚などを煎じて飲むのは抵抗があるものが多いのです。特に蟲に家族を殺された者からしたらその薬は悪魔の薬です」

「そうですね、灰薬はとても効果の高い良薬でもあり、一歩間違えれば毒薬になります」


「なので西国の多くでは毒薬として禁止薬物扱いや媚薬などとして真っ当な扱いをされない事も」

「そうですか。私の祖国では灰薬は昔から皇族も蟲狩りも使用しております」


 アールとの会話を黙って聞いていた医師がふむふむと言った様子で頷く。


「人を襲い喰らう蟲から、人を救う薬を生み出す。蟲に襲われた蟲狩りが灰薬でその傷を癒し戦う、まさに魔を持って魔を制すっと言った具合でしょうか」


 そうか、西国の人々はそう考えるのか。

 たがそれは近いようで違う。


「違います。蟲読みは魔を封じ制圧するのではなく、陰と寄り添い共存するのです。蟲もまた陰であり、陽なのです」





 翌日、大方毒が抜け回復したとアールから知らせがあった。

 医師はその回復力に驚いていたという。

 流石並の人間ではないよう。蟲狩りとして最前線で戦う者はそこらへんの人間とは違うようだ。

 アールがライナス様の寝室をノックする。


「旦那様、奥様がいらっしゃいました」


 しばらくして、「入れ」

 アールが扉を開けれ、少し頭をさげて部屋へ入るように合図する。


「失礼致します」


 部屋に入ると、予想はしていたがライナス様は仮面をかぶっていた。

 まだ療養中の身なので、ガウン姿に狼の仮面とは、おばあさんの格好をした赤ずきんちゃんの狼のように、ミスマッチな姿だった。


「きたか」

「何か必要な物はございますか?お茶を新しいものに変えましょうか」

「いや、いい」


 その言葉を聞いて、後ろで控えていたシイラに下がるように指示を出す。

 パタンと音がして、部屋にはライナス様と私だけになった。


「いつまで突っ立ている。かけろ」


 顎でくいっとベット横の椅子を指す。

 しばらく考えて「そちらにかけても?」

 広いベットの指差す。

 ライナス様は少しだけ驚いたように見えたが、すぐに「好きにしろ」

 お言葉に甘えて、私はベット脇に腰を下ろした。


 顔は仮面で見えないが、瞳には生気が戻り首筋の肌も血色がいい。

 あれだけの怪我を負った人とは思えない。本当に強いお方だ。

 そう思っていると、ライナス様の手が仮面を掴む。


 そして外した。


 ライナス様はまっすぐこちらを見ていた。

 驚いて言葉がでず、ただ見つめ合う。

 ライナス様の真一文字に結んだ口も何も言わない。

 目は仮面越しと変わらず、刃のように鋭い。無駄のないすっきりとした顔立ち。張りのある頬に幼さを感じる。


 やはり、若い。

 20代で間違いはない。

 生気が戻ったせいか、肌や髪の艶もよく余計に青年の若さと溢れる生命力を引き立てていた。


 言葉が次々と溢れてきて、何からいえばいいのかわからず何も言えなかった。

 何も言わずじっとしている私を見て、少し寂しそうな顔をしてふぅーと長い息を吐く。


「驚いたか」

「あ・・・その・・・」

「治療の際、もう見たのだろう。一度素顔を見られているのだ、もう隠す意味もない」


 そらしていた目を一瞬こちらに向けて「何を思った?」


「噂通り見つめの化け物だと思っていたか。それとも顔の半分を蟲に食われていると思っていたか」

「いえ。ただ・・・」


「あ?」

「お若いと・・・思いました」


「そうだ。隠していたからな」

「実際はおいくつで?」


「23だ」


 23か、そうだ確かにそのくらいの年だ。


「なぜ年齢を偽っていらしたのですか」

「俺は隊長だ。兵士の多くは20から40の男。23の隊長では兵士はついてこない。自分の命を預ける隊長は威厳があり、逞しくてはならない。23の若造ではないのだ」


 その目は悲しげに影っていた。

 23歳の若者の背中に仲間の兵士の命が重くのし掛かっていた。この人は重積に苦しむ顔を仮面で隠していたのか。

 私は急にその幼さの残る頬が愛おしくなった。


「聞いてもいいか?」

「はい、なんでしょう」


「屋敷に運ばれた時、俺は何かを言っていたか」

「何か・・・どうでしょう」


「命乞いをしていたか?」


 命乞い、その言葉に脳が氷で刺されたようにちくっと痛む。

 ライナス様が執着していた言葉だったから。


「ライナス様、命乞いがお嫌いなのですか」

「ああ、嫌いだ。命乞いなど無意味だ」


 怒りに満ちた目をする。


「今までどれだけの部下が命乞いをして死んでいったか。蟲に襲われる瞬間、みな『助けてくれ死にたくない』そう叫びながら死んでいった。蟲に命乞いは通用しない。だから俺は嫌いだ。命乞いなどせず、死ぬか生きるかその二つだけで戦っている。その間はない」

「ライナス様は隊長として戦うために仮面を・・・」

「それもある。だが全てではない」


 そうだ。だったら花嫁にまで素顔を晒さない理由にならない。

 隊長の威厳の為なら、私に素顔を見せない理由になってないもの。


「教えてやろう。俺の生い立ちとやらを」


 にっと笑う。その表情に背筋が冷たくなる。

 諦め、自嘲、悲壮、その全てが入り混じる笑みを浮かべて語り出した。

 

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