第11話 舞踏会

 夜、久しぶりにライナス様と夕食を楽しんでいた。

 昼間の任務がすぐに終わり、夕暮れ前に戻られたのだ。

 早いお戻りに、慌てて出迎えると「一緒に夕食でも取ろう」と誘ってくれたのだ。


 口には出さないが、口調や仕草から上機嫌で、任務がうまくいったのが伝わってきた。

 ライナス様が任務で駆除した蟲について語る。


「チャミネは全く悪臭がひどくてな。慣れるまで苦労をした。新人の中には臭いで途中で失神するものもいるからな」

「それでハッカを持参されたのですか?」

「ああ、それを嗅いで誤魔化している」


 最初は任務や蟲については「女には関係ない」と教えてくれなかったのに、最近は時々任務の話などしてくれる。

 私もまたライナス様に対する気持ちが変わってきていた。

 捻くれた狼の仮面の男を、少しづつ愛おしく感じ始めていた。

 素顔も知らない男なのに。


 この人の瞳は、冷酷で静かだけど、その奥に炎を感じる。

 強くて、温かい炎を。


「ライナス様。伝令蛍でございます」


 部屋に入ってきた使用人が告げた。


「どうされたんですか?」

「任務だ。ここ数日非番で休みだったが、呼び出しだ」

「そうですか、ではすぐに支度を」


 居間で旦那様の支度を手伝う。

 コンコン。

 シイラがトレーを持ちながら部屋に入ってきた。


「旦那様、お茶を入れました」


 トレーに青色の装飾が施されたティーカップを乗せていた。


「ご苦労。だが悪いがもう出立だ。下げてくれ」

「いえ、ぜひお飲みになってからお出かけください」

「悪いが蟲狩りの呼び出しだ。呑気に茶など・・・」


 何やっているのよシイラ。蟲狩りの呼び出しとなれば誰かが襲われているかもしれない。

 旦那様の言う通り呑気にお茶なんて飲んでる場合じゃないのよ。


「こちらのお茶はブルーベリーティーでございます。ブルーベリーは視界をクリアにして視力を向上させる作用がございます。旦那様はこれから視界の悪い夜間の蟲狩りへ。任務の遂行と無事のご帰宅の為、微力ながら少しでも助けになればと思い入れさせて頂きました」


 旦那様が反応する。


「確かに夜間の蟲狩りは視界が悪く、危険が高まる。なるほど」

「はい、ぜひこちらをお飲みいただいてから挑まれた方がよろしいかと」

「一理ある。気持ちを集中させるためにも一杯頂いてから向かうとするか」


 椅子に座るとシイラの入れた茶を飲み、旦那様は向かった。


「お気をつけて」

「ああ、先に寝てて良い」


「いえ、いつも通りお出迎えいたします」

 その言葉を聞き、悪戯っぽくニヤリと笑う。

「飽きないな。勝手にしろ」


「いってらっしゃいませ」


 旦那様が出発すると部屋へと戻った。

 シイラが旦那様と同じブルーベルーティを入れてくれた。


「さっきはありがとうね。あなたの機転にはいつも感心するわ」

「少しでもお嬢様のお役に立てて何よりです」


 シイラの鋭い眼光は、侍女としてはとても有能だ。

 カップを両手で包みこむ。温かい。

 神様、どうか今宵もライナス様が無事に戻られますように。  





「舞踏会??」


 ライナス様と領地に関する管理書類を確認していると、アールが王家から届いた手紙を読みあげた。


「はい、左様でございます。来月に王妃様の誕生日を祝い舞踏会が開かれるそうです。その招待状が届いたのでございます」


 舞踏会って事は踊るのよね?

 踊るって言われてもなあ・・・。

 嫁ぐ前に少しだけ教えてもらったけど。とても王様たちの前で披露できるレベルじゃないわ。


「ご安心くださいませ。私アールが指導いたします。私は社交ダンスのインストラクターの資格も持っております」

「あ、相変わらず多才ね・・・ところで旦那様は?」


「ふふふ、旦那様は名門スペード家のご出身ですから。当然ダンスは一通りこなせます」

「余計な事言うな、アール」


 肉を食べていたライナス様が饒舌なアールを遮る。


「俺はいかんぞ」


 おーっと、いけませんぞ、とアール。


「招待状には新婚のライナスと花嫁に会えることを楽しみにしていると王妃様直筆の手紙が添えられておりました。参加せぬ訳には参りません」


 ちっ、と舌打ちをした。


「では奥様には私が明日からダンスの稽古を致しますので、よろしくお願い致します。あとそれと・・・」


 まだ何かあるのかしら。


「舞踏会に着て行くドレスと靴を新調致しませんと。えーと旦那様、奥様のドレスはいかがいたしましょうか。エリーナ様は肌も白いし淡いピンクも似合うかと。黄色もマリーゴールドの様で華やかで美しいですね」

「あー、そこら辺はお前に任せる。予期にはからえ!」

「では、ぬかりなく」


 すっと頭を下げた。

 

 次の日から、暇を見つけてはアールのダンスレッスンがスタートした。


「違います。奥様、ここはもっと優雅に。このダンスは女性の優美な美しさを表現しているのです。もっと手をこう・・・そう、このシイラのように」


 予想外だったのはシイラだった。

 シイラは西国の踊りにも精通していた。それもかなりの腕前で、お手本で踊る姿はそれは見事なものだった。見た目のごつさを打ち消すだけの技量があった。


 舞踏の嗜みは多少はあったが、思ったより難しいものね。

 日々のレッスンの成果で、まあなんとか人前で踊っても恥をかかない程度にはなったと思う。

 肝心のライナス様との踊りは叶わないでいた。

 ライナス様は相変わらず蟲がりに精を出していて、そんな時間は取れなかった。というか、取りたがっていなかった。


「ダンスなど男のやることではない。ステップ一つ踏む時間があれば剣を振っている」


 と追いかけ回すアールを一喝していた。


「やれやれ旦那様はつれませんね。なかなかの実力の持ち主ですのに。それはそうと、奥様午後には仕立て屋がきますので舞踏会でのドレスを選んでくださいませ」


 仕立て屋が持ってきた生地はどれも一級品だった。


「まあ奥様、ご覧下さい。こちらなんと真珠が縫い付けられております。しかも北東の海で取れた最高級の真珠をこんなにも贅沢に・・・」


 シイラは用意された美しい生地に感嘆のため息をついて、頬を上気させた。

 普段ポーカーフェイスのシイラが興奮するのも無理もない。逸品ばかりだ。

 だからこそ、躊躇していた。


 コンコン。

 誰だろうか。


「奥様、アールでございます。入ってもよろしいでしょうか」

「いいわよ」


「おお、流石見事な生地ですな。どうです、舞踏会のドレスに仕立てるのは決まりましたか?」


 私はいいえと首を振る。


「どれも最高級の品よ。母国では皇后たちに献上されるようなものばかりよ」

「はい、最高の品を持ってくるよう仕立て屋に伝えましたので」


「そこが問題よ。こんな高級な品とてもじゃないけど、私なんかのドレスにもったいなさすぎるわ」


 はははとアールが軽快に笑う。鮮やかで美しすぎる品々に囲まれていて、目眩がしそうで目をそらす。

 私はこの屋敷の主であり、正妻だ。

 でもそれは政略結婚をして得た地位だ。母国での私の立場を考えれば勿体なさすぎる品だ。

 アールはゆったりと微笑み語りかける。


「何をおっしゃいますか。これは全て旦那様の指示なのですよ」


 今なんて。旦那様の指示って?


「ドレスに関しては金は気にせずに最高の品であつらえよ、との指示なのです」

「本当に旦那様が・・・」


 まあ、とシイラが乙女のようにうっとりとした顔をする。

 もちろんでございますとアールは嬉しそうに笑う。


「でも」と渋るがアールは「領民の生活が安定していれば領主は安定した収入を得られるのです。ご覧の通り民は平穏で飢えのない生活をおくれております。我が屋敷の蓄えは十分ございます」

「そうかしら・・・」


「それに財を見せるのもまた名誉な事ですぞ。領民は奥様が日頃慎ましやかな生活をしているのを存じております。それゆえ、晴れの日くらい華やかな装いでお出かけくださいませ。領民もせっかくの機会に地味な姿の主は見たくないはず、ですぞ」とウインク。


「そうですわ。エリーナ様もご存知ですか。かつて質素倹約を掲げていた皇太后様がおりましたでしょ。あまりに行き過ぎた倹約ゆえ、妃嬪も地味な装い。それに伴い民の生活も暗くなり、税収が大幅に減り治安も悪化しました。行きすぎる倹約は時に生を失います」


 聞いたことがある。何代前かの皇太后だった。

 行き過ぎた倹約により宴会や祭り、高価な衣類は禁止。贅沢、娯楽は全て禁止された。

 すると人々の鬱憤が溜まり犯罪が増え、日々の活力を失った結果、農作物が壊滅的な打撃を受けたのだった。

 生を失う、か。


「そうね、あまりに見窄らしい格好ではスペード家の家紋に泥を塗ることになりますわね」


 仕立て屋に美しい生地でドレスを作るように指示を出す。


「ええ、それがよろしゅうございます。それに美しい装いの奥様を見れば旦那様の心をきっと燃え上がる事でしょう」


 そそそと近づいてきたアールが耳元で囁く。


「ちょっとアール、そんなつもりは!!!」


 そう言い返そうとした時にはアールはそそくさと部屋を出ていた

 全く、歳のくせに逃げ足は早いんだから。


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