第7話 夫婦の時間

 アールからの説明の通り、ライナス様はほとんど連日任務が続いていた。

 また任務が終わるとすぐに帰るわけではなく、王室への報告、負傷した部下の介抱、後始末、蟲による被害状況の把握など討伐後もやることは多岐にわたる。

 

 もちろん出迎えは続けている。

 相変わらず挨拶以上の言葉は交わさない。雑談なんてあっても一言、二言。

 それでもわかる。

 

 ライナス様の僅かに見える口元の動き。足取り、呼吸の荒さ、瞬きの回数、彷徨う視線。

 ほんの僅かに肩が内に入り、猫背気味になること。

 いつも叩く軽口も変わらないが、その声のトーン、言葉のリズム。

 

 その僅かな変化で旦那様の気持ちを感じ取り、無言の会話をしていた。 

 

 任務で疲れた時、ライナス様は片足を僅かに引きずるように歩く。アールから聞いた話では昔蟲狩りの最中に大怪我を負い、その時の古傷が今も時折傷むとのことだった。

 

 任務が順調に進み、上機嫌な時はいつも以上に胸を張り、足音大きく自信がみなぎり「戻ったぞ」の言葉に高揚感が見てとれた。

 

 悔しい思いをしたであろう時は、言葉は少なく語尾も短い。視線はやや下を向き、体中に無駄な力が入り、常に強張って見えた。

 

 そして私は旦那様の姿でその日の機嫌を感じ取り、それぞれ対処した。

 

 例えば疲れた時は、タバコと上等なワインと軽食を部屋に用意させた。もちろんアールにお気に入りの銘柄を聞いて。

 

 嬉しそうな時は、すぐには下がらず旦那様から「下がれ」という合図があるまでは部屋にいて共に過ごした。

 旦那様はスコーンと紅茶で一息つき時折私に軽口を叩いた。

 

 とりわけ悔しい時は特別だった。最も気を使う。急いで外套を受け取り、顔や手をふくタオルを渡す。それが終わると部屋にいる使用人をすべて下がらせ、素早く部屋を後にする。冷えた水とブランデーだけをテーブルに置いて。

 その日はなるべく使用人にも大きな音を立てないようにと指示を出す。

 

 何があったのかはわからない。だけども体から滲み出るあの方の苦しみが少しでも癒されるように、静かな夜を過ごしてもらうのだった。

 これが私たち夫婦の時間だった。

 会話に花を咲かせるような会話らしい会話もなく、互いの趣味も嫌いな物も知らない。

 食事も寝室も別。

 

 あの時間は束の間、としての時間だった。



「お綺麗ですね」

 

 朝日を取り込む為にカーテンを開けながらシイラがこちらを見てつぶやく。

 起床と共に届けられる目覚めの水を運んできたトレーに四葉のクローバーが添えられていた。青々とした緑が朝日に映える。

 

 今日も届けてくれた。

 ライナス様からの贈り物だった。

 悔しさ滲ませ帰ってきた夜、その次の日は必ず幸運の四葉のクローバーを届けてくれるのだった。

 ベットの上で寝転びながらクローバーを朝日に照らす。緑がキラキラと輝いていた。


「こちらも押し花にいたしますか」

「ええお願い」


 なぜ四葉のクローバーなのかはわからない。一度お礼を言ったが、「ああ」といつも通りそっけない返事しか聞けなかった。

 でもこのクローバーが届けられる度に「幸運を」そう告げられているとうな気がして嬉しかった。


「でも一体どなたがこの四葉のクローバーを見つけてくるのでしょうか。四葉のクローバーが出る確率は一万分の一とも言われておりますし、どこかで四葉のクローバーだけでも栽培しているならともかく、庭や森で探してくるとなると・・・それは骨が折れることでございましょう」


 後でわかったのだが、四葉のクローバー探し検定マスターのアールが旦那様の命を受けて庭で探していたらしい。

 一体どこで役に立つのか全く分からない資格だが、アールはものの30分程度で見つけてきてくるのだそう。

 そしてアールが忙しかったり不在の時は屋敷の使用人総出で、不眠不休で暗がりの中探したのだった。

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