13

「さっき、陽子さんがゴミ捨て場を荒らしてしまっていたというお話をしたと思いますが、

それはあるものを探していたからなんです。」


真子さんはそう言うと、ね、と陽子さんに向けて口だけ動かした。


あくまで、真子さんの雰囲気は優しい。


陽子さんはお菓子を食べていた手を止めて、

困った顔をして俯いた。


「あの、、、」


「陽子さん大丈夫ですよ

日菜子さんはちゃんと聞いてくれます」


真子さんは陽子さんの前に移動して、手を握った。

大丈夫、と伝えるために手をさすっている。


二人で話していた時に、その話もしたのだろうか。


陽子さんは、日菜子さんをちらちらと見ながら考えあぐねているようだ。


やがて、意を決したように日菜子さんの方に体を向けた。


「あのね、ひなちゃん

ぬいぐるみをさがしていたの」


「ぬいぐるみ?」


日菜子さんはなんのことが分からずに首をかしげた。


「もう結構前にまとめて捨ててしまったけど、」


日菜子さんは困ったように眉をひそめた。


お尋ね者の茶色のくまのぬいぐるみ、ちゃたろうもその中にいたのだろうか。


「どんなぬいぐるみ?」


「ちゃたろうって名前の、くまちゃん、

私がカッとなって捨ててしまったの」


日菜子さんは必死に記憶を手繰り寄せているようだ。

陽子さんを見つめていた目が彷徨う。


ちゃたろう、と静かにつぶやいた。


「もしかして、私が小学生の時に大切にしてたやつ?」


俯く陽子さんの肩に手を置き、顔を覗き込んだ。


時系列はやはり曖昧らしい。

陽子さんはうーんと唸りながら言葉を続けた。


「分かんないんだけど、

ひなちゃんそれを捨ててしまってから元気がなくなってしまって、

あんまり笑ってくれなくなっちゃったでしょ」


自分で言って落ち込んでしまったのだろうか。

更に俯いてしまう。


「なんでそんな昔のこと…」


日菜子さんは眉をひそめながら首をかしげる。 


認知症で急にその事柄が昨日のことのように思い出されたとしても、ゴミを漁ってまで探すだろうか。


まあ、その疑問も、認知症だからという点だけで解決できるだろう。


「日菜子さん

失礼かもしれないんですけど、最近結構お疲れ気味じゃないですか?」


真子さんが陽子さんの手を握ったまま静かに言葉を発する。


たしかに、髪はほつれ気味だし、

よく見ると隈も見受けられる。


「えっと、はい、恥ずかしながら、」


養いながら介護をするのは、

想像もできないほど困難だろう。


体力的にも金銭的にも。


「お疲れ気味の日菜子さんと、

ちゃたろうくんを無くして落ち込んでいた日菜子さんが、重なってしまったんのではないでしょうか。」


「ちゃたろうが戻ってきたら、ひなちゃん

また、笑ってくれるかなって思って」


陽子さんが、俯いたままぽつりとこぼす。


笑って欲しかったからあんなに一生懸命に探していたのか。

優しさからきた行為だったのだ。

結果的には迷惑になってしまったけれども。


「良かったら、なんですけど」


真子さんはそう言うと、茶色のうさぎのぬいぐるみをいちくんから受け取って、陽子さんに差し出した。


いつの間に。

いちくんの間の良さには毎度驚かされる。


「ちゃたろうくんの代わりには為り得ませんが、」


真子さんはどうぞというふうに日菜子さんの方へ誘導する。


「ひなちゃん、これ、」


真子さんと一緒に陽子さんが、日菜子さんへぬいぐるみを、差し出す。


「ありがとう、お母さん」


日菜子さんが笑った顔は初かもしれない。

笑うと少し幼く見える。

その顔を見て、陽子さんの顔がぱあっと明るくなる。


「お名前何にするの?ひなちゃん」


ワクワクという表情で日菜子さんに問いかける。

母の表情でもあり、少女のような無垢な表情でもある。


「うーん、ちゃたろう2号」


日菜子さんから出て来た名前は予想だにしなかったが、ふたりとも満足そうだから良しとしよう。


陽子さんは、ちゃたろう2号だって、

と言いながら日菜子さんの手の中に居るうさぎをなでている。


「もう、明日自治会の皆さんに謝りにいかなきゃ」


その様子に日奈子さんは呆れたような、でも少し楽しそうな表情で天を見上げた。




こうして、ゴミ捨て場荒らされ事件

なみちゃんの悩みの種は解決されたのである。


ちゃたろう2号と事情を理解したなみちゃんの努力の賜物である。















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