10
「あ、」
いちくんがスケッチブックから顔を上げて、ゴミ置き場の方を見る。
張り込んで何日目かのよる九時だった。
スケッチブックに描かれた名前も知らない雑草数がその時間を物語っている。
いちくんにつられて物陰から覗いてみると、
ゴミ置き場に入っていく、小さな曲がった背中が見えた。
「よし、行きますか」
真子さんが砂埃を払いながら立ち上がる。
今日の服装は夏っぽい涼やかなワンピースだ。
張り込みをする格好には間違っても見えないが…
まあ、真子さんのイメージにはぴったりだろう。
真子さんはなみちゃんに預かった鍵を使って
ゴミ置き場のドアを開けた。
「こんにちは」
声をかけられたおばあさんが、元々小さい背中を更に小さくしてこちらをみる。
「なにかお探しものですか?」
おばあさんの足元にはいくつか口の空いたごみ袋が散らばっている。
なにかを探していたのは一目瞭然だった。
「あの、ぬいぐるみを探しているの
娘のなんだけど、カッとなって捨ててしまって
それ以来笑ってくれないの」
おばあさんが言いづらそうに口を開く。
掴んでいたごみ袋がシャクッと音を立てた。
「どんなぬいぐるみなんですか?」
真子さんが優しく声をかける。
まさか、探すというのか。
あるはずもないのに。
「茶色のくまちゃんでね
ちょっと汚れてしまっているんだけど、
ちゃたろうって名前なのよ」
おばあさんは嬉しそうにちゃたろうについて話し始める。
話に夢中になっていて、ごみ袋からは意識が削がれているようだ。
そこで俺は真子さんの狙いに気づいた。
真子さんもうまい。
話に夢中にならせてごみを漁るのを忘れさせるつもりだろう。
「良かったら、ここじゃなくてお外のベンチでお話ししませんか?」
真子さんがすっと、話の腰を折ってゴミ置き場のドアの方をさす。
ドアのところに立ったままになってしまっていたので慌てて身を避けた。
いちくんは…
とっくのとうに避けていた。
俺にも教えてくれよ。
ジト目で見ると、テヘという表情で手を合わせられた。
思わず許しそうになる。
負けるな俺。
おばあさんは、少し悩んだ素振りを見せたがすぐに笑顔になって、真子さんに手を引かれながら外に出ていった。
「さあ、やりますか。」
いつの間にか隣に来ていたいちくんが、袖を捲り上げる。
目線の先を見て察した。
ゴミの片づけか…
少しの間だったとしても、かなり勢いよく探したのだろう。
一つのゴミ袋は完全に中がぶちまけられてしまっている。
「手袋とか持ってくるべきでしたね」
そう愚痴ると、いちくんも眉根を顰めて頷いた。
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