コインランドリーにて

1 コインランドリーにて

中に入った瞬間涼しい風が体に当たり、汗が一気に引いていく感覚がする。


少し出歩いただけでこの汗だ。

どうやら本格的に夏に入ったらしい。


向井哲は引越し作業で汚れてしまった服を洗うためにコインランドリーに来ていた。


ひげも何日か剃っていないし、

パジャマみたいな半袖短パンで来てしまったが、平日の午前10時だ。


誰にも会わないだろう。


後ろの扉がしまると、うるさいくらいだった蝉の声が一気に遠くなった。

近くに公園でもあるんだろうか。


前に住んでいたところより心なしかうるさい気がする。


後で気分転換代わりに散歩でもしようかと考えながら、空いている洗濯機の方へ向かった。


「あれ、初めまして。

 引っ越して来られたんですか?」


唐突に後ろから声をかけられた。

驚いて振り返ると、青色のワンピースを着た1人の女性が壁際の椅子に腰掛けていた。


人好きのいい笑みを浮かべながら首を傾げている。

誰も居ないように見えていたコインランドリーにはどうやら先客がいたらしい。


「あ、すみません。

 私よくここにいるんですけど、

 初めましての方だったもので。」


少し間が空いてしまったからだろうか。

女性は少し困ったように頭を下げた。


慌てて、いえいえ、と軽く首を振ってから

昨日引っ越して来たんですと答える。


すると、女性はなるほど、というように大きく頷いた。


「もしかして向かいのアパートですか?

トラックが止まってたのを見たんですけど…」


どうやら引っ越して来るのを見られていたらしい。

荷物も少ないので、軽トラを借りて1人での引っ越し作業だった。


「そうです、そうです

引越しで服が汚れてしまったんで洗いに来たんですよ。」


そう言いながら、ビニール袋に入れていた服をどばどばと洗濯機に移し替えた。


女性はそうだったんですね、と相槌を打つ。

それを横目で見ながら洗濯機の説明書きに目を走らせた。


えっと、、、、


「あ、私、この上で探偵をしている雨宮真子です。」


その言葉に一気に意識が引き戻された。

確かに2階にはなんでもお悩み受け付けます、みたいな文句が貼り付けられていた気がする。


しかし、この人が探偵とは。


もう一度、雨宮さんの方を見る。

探偵と言えば怪しそうな雰囲気の男だったり、

女性でも強そうなイメージがある。


雨宮さんはそのイメージとは似ても似つかず

優しい雰囲気をまとっている、いかにも'普通の人'だった。


「え、」


つい、声に出してしまう。

しかも、不躾にじろじろと見てしまった。


「皆さんに驚かれるんですよ。

でも、探偵って言っても、町の人の相談を聞いたりが主な仕事なんです。」


雨宮さんは困ったように笑う。

確かに、町の人の相談に乗っている姿なら容易に想像できた。


逆に、浮気調査などで尾行をしている姿は全く想像できない。


「俺もちょっとびっくりしました。」


そう言いながら財布から小銭を出して洗濯機に入れ、スタートを押した。

洗濯機が音を立ててまわり始める。


「やっぱりですか」


雨宮さんはちょっと残念そうに肩を落とした。



このコインランドリーは真ん中に机があり、その周りに丸椅子が置いてある。


壁際には2人がけ用のソファが置いてあり、そこに雨宮さんが座っていた。


自分も近くの椅子を引き寄せ座る。

何となく会話が終わったので周りを見渡すと机の上に何冊か雑誌が置いてあるのを見つけた。


よく分からないアニメのキャラが書いてあるもの

モデルがポーズを取っているものなど色々ある。

どれも、何回か読まれたのか折り目がついたりしていた。


向井はその中から、求人雑誌を手に取る。

この町に引っ越して来る時に仕事を辞めてしまったので、現在求職活動中なのだ。


中身を開いてみると飲食店のキッチンや、事務の仕事などが乗っている。

この近くの求人も結構載っていたので後で電話をかけてみよう。


「もしかして、お仕事探されてますか…?」


どの求人に電話をかけようか給与や待遇などに目を通し始めた時に雨宮さんに声をかけられた。


「あ、はい」


顔を上げて答える。


「もし良かったら、うちで働きませんか?」


その言葉に目を瞬いた。


「うちって、探偵ってことですか。」


雨宮さんはゆっくり頷いた。


「はい、時給制にはなってしまうんですけど…」


どうやらバイトのような形で雇ってくれるらしい。

引越しを1人で済ませたとはいえ、軽トラも借りてしまったし、最近出費が多い。


出来るだけ早く、次の勤め先を見つけたかった。


まぁ、慣れなかったら諦めて他の仕事をさがせばいいし、雇ってくれるならありがたい。


「ぜひ、働かせてください。」


二つ返事で頷いていた。

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